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タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~  作者: ルッぱらかなえ
傾奇ブルワー、江戸に飛ぶ
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江戸のストーカー、麦をくれる 其ノ参

朝市にはたくさんの屋台があるが、なかでも「二八蕎麦 やまき」は一番人気の店だ。


「きっちゃん!いらっしゃい」


屋台の中を覗き込むと、忙しそうに立ち回る店主が笑みを向けてきた。


「おやじ、邪魔するよ。いつもの1つね」


「あいよ!お、そっちはお連れさんかい?」


なおの方に目を向けると、予想通り屋台の周りをちょこまかと動き回っていた。


「こんなに小さな店なのに、メニューいっぱいあるんだな!あんかけ、あられ、しっぽく、花まき……やべえ全然どんな味かわかんねえ」


「あんかけはトロミのある餡が乗った蕎麦、あられは貝柱、しっぽくは蒲鉾や野菜、花巻は海苔だよ!」


なおの独り言に対し、店主が威勢のいい声で答える。


ぐつぐつと湯気を立てる釜の中をかき回しながら、ネギを刻みながら、そばつゆの火加減を調整しながら、ここの店主は本当によく動く。


そしていつだってにこにこと客のことに気を配っていた。

味もうまけりゃ人柄もいいとくれば、人気が出るのは当たり前だ。


喜兵寿もここの蕎麦のことを気に入っており、三日にあげずに通っていた。


「うっわ、迷うな……あられかあんかけか……喜兵寿はなににするんだ?」


「きっちゃんはいつだって『ざる』だよな!はいよ、いつもの。海苔多め、ネギ多め!」


喜兵寿が答える前に、店主がざる蕎麦を差し出してきた。少し白みがかった蕎麦はつやつやで、その上にふんわりと刻み海苔がのっている。


「うっわ。うまそうだな、これ!おやじ、俺も同じので!」


「あいよ!」


店主は答えると、一瞬の後になおの前にもざる蕎麦を差し出した。


「え!?おれ今頼んだばっかなんだけど!」


「お連れさん『ざる』食べるだろうな、と思ったからさ。一緒に茹でといたよ」


「やば!ここのおやじ超能力者だ」


なおは大爆笑しながら、箸をとり「いただきます」と大きな口で蕎麦をすすった。


ズズ、ズズズっとすする音だけが静かに響く。


いままでのなおの言動から、「なんだこれ」とか「うまい」とか騒がしく食べるのだろうと警戒していた喜兵寿は、肩透かしをくらったような気持ちで自分の蕎麦に手をつけた。


「二八蕎麦 やまき」の蕎麦は、つゆもさることながらその蕎麦が抜群にうまい。


しなやかでなめらか。

でも噛みしめるとその中にキリっとしたコシがあるのだ。


喉を心地よく滑り落ちていきつつも、その繊細なうまみを口の中にしっかりと残していってくれる。

下の町に二八蕎麦の店は多々あれど、こんなにもうまい蕎麦を出す店は他になかった。


下の町一番の蕎麦。


かつて喜兵寿は、「この蕎麦をうちの店でも出したい」と交渉したことがあったが「うちに伝わる門外不出だから」とあっさり断られてしまった。


噂には多くの店がこの蕎麦の作り方を探ろうとしているらしい。

中にはその秘密を探ろうと、隠密を雇ったものもいるとかいないとか。


とにかく「二八蕎麦 やまき」は遠方にまでその噂が広まるような店なのだった。


なおは蕎麦をきれいにたいらげ、蕎麦つゆの最後の一滴まで飲み切ると「ふうっ」と小さく息をついた。


そして宙をぼんやり見つめると、人差し指で何かを書き出す。


「蕎麦は二八蕎麦。蕎麦粉に小麦粉、あとは……山芋に、この少し香る感じは、布海苔か。小麦粉がつなぎなんだろうけど、それに加えて少しだけ加えてるこいつらがいい味出してんだなあ!」


「!?」


なおのひとり言に、喜兵寿は驚いて蕎麦を喉に詰まらせる。


「げほげほっ…!ちょ、お前なにを…げほ」


「なにってこの蕎麦についてだよ。ってか喜兵寿大丈夫か?」


なおは笑いながら喜兵寿の背中をたたく。


「それにしても蕎麦つゆに味噌が入ってるのはびっくりしたよ。出汁は鰹節にしいたけか。材料はそんなに珍しいもんじゃないけど、おっちゃんは火の入れかたが最高にうまいんだな。それぞれのうまみが全部出てる」


「なんでそんなことがわかるんだ?あてずっぽうで言ってるんじゃ……」


喜兵寿がハッと店主の方を見ると、茫然となおを見つめていた。

その表情からなおの言葉が間違っていないことがわかる。


「あてずっぽうなわけないだろ!食ったんだからわかるっつーの。ほら、俺は舌はいいからさ!」


驚いて言葉が出ない店主と喜兵寿を前に、なおはどや顔で胸を叩いた。


下の町の多くの店、そして金儲けをしようとしていた商人たちがずっとずっと知りたがっていた門外不出の作り方を、なおはさらっと言い当てたのだ。


喜兵寿が口をぱくぱくとしていると、店主が大きな声で笑い出した。


「生きてきて40数年。こんなにびっくりしたのは初めてだ!まさかこんな人間がいるなんてな……すごいこった!でもお連れさん、申し訳ねえんだが、今の話は黙っといちゃもらえないか?作り方がバレちまったら商売あがったりだからよ」


店主の拝むような仕草に、なおはひらひらと手を振った。


「いいよ、ってか別にはなから言う気もないよ。おっちゃんが守ってきた味だろ。料理人の宝もんはベラベラしゃべるもんじゃないってことくらい、俺にもわかってるよ。ってかさ、いまさらだけど小麦粉あるんだな!」


店主や喜兵寿の驚きなんて、どうでもいいというようになおは話題を変えた。


「ところで小麦粉があるってことはさ、大麦もあるのか?!」


「大麦って……麦めしにしたり、飴にしたり茶にするあの大麦か?」


店主が答えると、なおは「その大麦だよ!」と大きな声で叫んだ。


「喜兵寿、大麦だよ!大麦はあるんだよ!」


なおの喜びについていけず、喜兵寿が眉間に皺を寄せていると、


「ビールだよ!ビールは大麦から造るんだよ!」


と再び大きな声で叫んだ。その一言に喜兵寿も「おおっ」と唸る。


「大麦か!」


「大麦だよ!」


「びいるは大麦なのか!」


「ビールは大麦なんだよ!」


店主はというと、自分の感情の置き場がわからずに、ただただぼんやりと二人のやりとりを見ていた。


「おやじ、お勘定!」


「お、おお……まいど」


「ごちそうさん!」


「また食べにくるわ!うまかった」


なおと喜兵寿。

ふたりは「大麦だ!」と叫びながら朝市へと戻っていったのであった。

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