「 バス 」
ある田舎の駅、山の家々へと人々を送る為にバスが通る。
バスの最終便はいつも混んでおり、乗客の人々はお喋りを楽しみながら家路までの時を過ごす。
運転手は喧騒が苦手で、乗客のお喋りにイラつきを憶えつつも、それを意識しないようにと前方へ意識を向けながら日々運転をしていた。
山の途中途中で人々は降り、車内は段々と静けさを取り戻していく。
運転手は静けさを取り戻した空間と、今日の仕事を無事終える事への安堵感から、リラックスした自分へと切り替わっていく。
そして、最後の停留所。いつも、最後尾の左隅に座っている女性が降りる。
女性は二十代前半くらいだろうか?痩せており、物静かではあるが「ありがとう」と言って降りる。
運転手は、最後の乗客に言われる「ありがとう」が、とても嬉しかった。
ある日の最終便、車外は激しい雨が降り注いでいた。
雨の音のせいか、乗客のお喋りの声は霞み、運転手は普段よりもリラックスをして運転をしていた。
途中途中の停留所で人々を降ろし、最後の停留所へと辿り着く。
「ありがとう」いつもの女性が、そう言いバスを降りて行く。
駅へ戻った運転手が、運賃箱のメモリーを確認すると、メモリーの値がいつもより少ない事に気付いた。
今日の乗客は、いつもより少なかったかな?と疑問に思ったが、あまり気にはせず、そのまま流した。
ある日の最終便、乗客はお喋りを楽しんでいる。
運転手は、乗客のお喋りがいつもと違う事に気付き、聞き耳を立てながら運転をしていた。
乗客のお喋りの中で、「都会」「セールス」「引っ越し」などの単語が頻繁に出てきていた。
何気無くバックミラーに目をやる運転手。いつも「ありがとう」を言ってくれる女性に目がいき、その後にバス車内へと目がいく。
運転手は車内の乗客が減っている事に気が付いた。以前の乗客達は、山を捨てて都会に引っ越したのだろうか?そんな疑問を抱きつつ、バスは最後の停留所へと辿り着く。「ありがとう」いつもの女性が、そう言いながらバスを降りて行った。
最終便の乗客が段々と減っていき、静かな車内に運転手は内心喜びを感じていた。
ある日曜の最終便、乗客は「ありがとう」の女性だけであった。
静かな車内、バックミラーからの見易い位置に座る女性、いつもの「ありがとう」の言葉。運転手はついつい意識をしてしまい、バックミラーへと目をやり女性を何度と眺めていた。
女性はうつむき加減に大人しく座っている。いつも元気が無いような物静かさと、「ありがとう」と運転手を気遣ってくれる優しさから、女性の元気の無さを気に掛けつつ運転をしていた。
最後の停留所へと近付き、運転手は乗客の女性を気に掛けつつも、普段通りの対応をと心に留めていた。
停留所に辿り着き、いつものように女性が「ありがとう」と言う、運転手は普段通りの対応をして女性が降りるのを待つ。
が、女性は立ち止まったままであった。運転手は女性が立ち止まったままである事に疑問を抱き、女性の顔へと目をやる。
「ありがとう……今夜は、あなたの番よ」
あそこの山で、
2010年07月21日 作