冥皇隕星(プルーテオ)
魔族奮起の甲斐もあり、戦いは拮抗した。
至る所で爆炎が上がり、黒い血飛沫とともに下級使い魔の腕が宙を舞った。
しかし一方の連邦軍も被害は決して少なくない。
「敵は玉砕覚悟といった様子だね」
アール=アライア連邦の総大将・ロクは後方からこの戦いを見ていた。
ロクとしては、魔族は士気も低く一方的な狩りに終始する、と読んでいたのである。
戦場は濃黒の煙に覆われ視界は遮られていたが、敵の反撃が思いのほか勢いづいているようであることに不満そうであった。
「ちょっと面倒だなあ。じきに南のリリシア勢も到着するだろうから、一旦後退して、しばらく様子を見ようか」
窮地において、死を覚悟した兵は士気高く厄介なものだ。
しかし、その熱は長く保てるものではなく、時間をおけば自然と鎮まる。
ロクは味方の援軍を待つと同時に、魔族どものボルテージが消沈するのを見越したのである。
前線を徐々に退かせ、連邦兵はなお飛び込んでくる使い魔のみを相手取った。
次第に死屍累々となった舞台を挟んで、両者一旦の膠着となる。
この時を待っていた者がいた。
黒き砦にてこの衝突を見守っていた魔侯・ベラローズである。
「よう死んだ。使い魔どもよ、その魂、利用させてもらうぞ」
紫色の痩せ細った右腕を空に掲げると、人差し指を突き立てた。
突如、戦場に散った使い魔たちの死骸から、濃紫の靄のようなものが上がる。
方々から発生したそれは、吸い込まれるようにベラローズの指先に集まっていった。
指の先端に、黒紫の靄が塊となって球を形作っている。
「先立った同胞の魔魂が地獄に沈みゆくまでの僅かな時間、これを凝縮し放つ魔弾」
砦と同程度の大きさにまで膨らんだ黒球は、青白い稲妻状のエネルギーを纏っている。
「幾度も出せる技ではないが、死するを悟っておれば躊躇うに値せず」
天に向けていた指を半円状に下ろすと、連邦軍が密集している地点を指した。
「冥皇隕星」
飛んだ、というよりも、落ちた、という表現が相応しいであろう。
ズン、という重い音が響き、大地は揺れた。
黒球が連邦兵の一団に隕石の如くに突っ込んだのだ。
衝突した地点から黒紫の靄と化して宙に消えてゆく様は、巨大な球が地面に飲み込まれているようである。
十数秒の後、視界が少し晴れると、その円状の一帯には何も残っていなかった。
そこに確かに待機していた数百名の兵士は、初めから存在していなかったかのように影も見当たらない。
「何という…、ベラローズ、魔皇討伐戦線でシン国のリュウホ勇軍を全滅させた話は聞いているけれど、今なお健在なのか」
アール=アライア連邦軍の総大将・ロクは、自軍の2割から3割の兵が瞬く間に灰燼に帰したことに唖然とした。
「将軍、もう少し退きますか」
「いや、退きすぎてもよくないな。好機ととらえ打って出てくる可能性もある。待機しながらも、プレッシャーをかけ続けることをやめてはいけない」
「しかし、先程のような魔法、くり返されては甚大な被害が」
「心配ないよ。見ていたけど、あれは死んだ魔物の魂をエネルギーとして利用している。さっきの攻撃でこの一帯の"それ"は残っていないと見た」
ロクの推察は当たっている。
ベラローズが再び「冥皇隕星」を放つには、もう一度軍と軍の衝突がなされ、数多くの使い魔に死んでもらう必要があった。
幾度か、魔族側から突撃を仕掛けようとしたが、智将・ロクの采配によって巧く距離を取られ、大きな戦闘には至らなかったのである。
そして2日の後、南方からリリシア王国の軍勢が到着した。