序章
びゅうと風が唸り、妖鐘樹の葉を散らした。
紫色に沈む空に、霧のような雲が溶けてゆく。
血が渇いた跡のような大地に、生命の気配は感じられない。
クリムズ・デザート。
「紅い地獄」と別称されるこの不毛の地に、しかし一人の赤子が泣いていた。
脇には大きな鳥が斃れているが、こちらは息がない。
赤子は自ら立ち上がることも出来ずに、ただただ、しぶとく生命活動を止めない。
そういう状態が、ちょうど2ヶ月。
2ヶ月前。
英雄・ジャステスは、魔空城に君臨していた魔皇・デスザイアァを討伐した。
世に、200年来の宿願であった平和がもたらされたのである。
デスザイアァとその使い魔によって、大地は荒れ、海は腐り、国は滅びの一途を辿った。
人類の存亡が風前の灯とされた4年前、僅かに残った6つの国から、選りすぐりの戦士たちが魔皇討伐に乗り出した。
リリシア王国の戦士・ファーガの一行は魔空城に到達することなく門番ガラゴイルに討たれた。
シン国のリュウホ勇軍はガラゴイルを討ち倒すに至ったが、その時点で壊滅状態となり撤退。道中で魔侯・ベラローズの一団に一掃された。
しかし、真打は聖ジャスティア帝国の皇子・ジャステスであった。
聖魔法師・ホーリット、大戦士・パラキアを擁するジャスティア帝国のパーティーは、1年と費やさず魔空城に達し、魔皇の腹心であった邪導僧・堕天海を亡き者にすると、最上階に座するデスザイアァに迫った。
しかし、魔皇は自らの終焉を予期し、次期デスザイアァたる彼の嫡男を魔空城から脱出させていた。
次期魔皇を託された怪鳥・フコウノトリは、命続く限り子を咥えて飛び、そして果てた。
フコウノトリが行き着いた地、クリムズ・デザート。
そして今、この紅い地獄で泣き声をあげている赤ん坊こそが、魔皇太子・デスザイアァ・ジュニア。