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魔力制御とブートキャンプ

 次の日から、地獄の特訓の日々が始まった。現代日本のおじさんになりかけていた俺には、基礎体力作りが一番の地獄だ。いくらランニングが日課だったとはいえ、若い頃の感覚はなかなか取り戻せそうもない。ステータスは高くても、日頃していないことは鍛えないとできないのだ。

 数日経った今も、まだ身体が慣れてくる気配はない。

「情けないな。身体は若返っておるのであろう?」

 こちらの世界に来てから、なぜか俺の身体は十代ぐらいに若返っていた。容姿を変えられたときに、年齢も変えられたのだろう。

 ここから成長して、魔力量から推測するに、おそらく二十代半ばぐらいの見た目で止まるのではないか、とシィエンルーアは予測していた。

 くすんだサラサラの金髪に、湖のような澄んだ青い瞳。少し垂れ目気味で鼻筋は通っており、甘めの顔立ちは日本ではかなりモテるだろう。こちらの世界に容姿を寄せておくとクレーデルは言っていたが、完全に別人である。日本人の要素はもはや皆無だ。

「そうは……いって、も、きついって」

 ぜえはあと肩で息をしながら、地面にうずくまる。シィエンルーアの屋敷の外周を全力で何周も倒れるまで走らされ、筋トレをして剣の素振りをするのが日課になりつつある。

 軽くランニングしていたのとは異なる、本気で生き残るための訓練というやつだ。

「神の加護を得たものは丈夫とはいえ、きちんと鍛えておかねば死ぬからな」

 魔力が多いと、寿命は気が遠くなるほど長くなるらしい。肉体の保全を魔力で行うことができるからだとか。

 しかしながら、完全な不老不死というわけではないらしく、一番活力的な状態で保全され、殺されれば死ぬというわけだ。ステータスの高さのおかげでなかなか死なないようだけど。

 それゆえ、ブートキャンプまがいの特訓で、死なないように生き残る方法を俺は教えてもらっている。

「レン、魔力制御の練習もいたしましょう」

 息も絶え絶えな俺に、さらに追い打ちをかけるシィエンルーア。シィエンルーアは意外とスパルタだ。

 しかしながら、俺はあれからまだ完全に魔力を制御できずにいる。どうしても、収めきれない魔力が漏れ出してしまう。

「さあ、世界の魔素を、魔力を感じて」

 限界まで肉体を酷使した後の方が、魔力を鮮明に感じることができる。世界に広がる魔素。それが体内に取り込まれ、魔力となる。体内を巡る魔力の流れ。

 シィエンルーアの周囲には、周辺よりもっと濃い魔素が集まっているのがわかる。精霊がたくさんいるのだ。

「見えるように、なってきたでしょう?」

 修行の成果なのか、俺は意識すると魔素も魔力も感じることができるようになった。これからもっと速く自由に魔力を動かすことができるようにならないと、一流の魔法使いにはなれないそうだ。完全に魔力を隠蔽することなんて、俺にはまだまだできそうもない。

 ある程度魔力を隠蔽できるようにならないと、人を怖がらせてしまって、街に入ることができない。

「先は長いなあ」

 地面に寝転がって空を見る。屋敷の庭は広く、そこだけぽっかりと森が途切れているかのようだ。芝生が青々と茂っているため、背中がチクチクとくすぐったい。日差しを感じて、頬を撫でる風を感じる。そのすべてに魔素が宿っているのがわかる。

 その魔素を取り込んで魔力に変換する。それをクルクルと動かしてみる。しかし、どうにも魔力の収納がうまくいかない。

「飲み込みが早いから、すぐにできるようになると思いますよ」

「根性もあるしな、レンは」

 シィエンルーアとオーヴェルグはそう言って慰めてくれるが、この調子ではここから旅立つことができるのはいつになることやら。

 ――ドカーンッ‼

「いたた……また爆発しちゃったぁ」

「大丈夫か、ユール」

 爆発音と共に吹っ飛んできたユールヴィアを受け止める。飛ばされながらも魔力を使って速度を緩めているようだが、結構な衝撃だ。俺は鳩尾を押さえて顔をしかめた。

 ユールヴィアは魔力制御が下手で、よく爆発させては吹っ飛んでいる。身体は丈夫らしく、吹っ飛んでもほとんど怪我はしていないが、見ている方はヒヤヒヤする。

「爆発させても大丈夫だという気持ちが良くないな」

 オーヴェルグは渋い顔でユールヴィアを見て唸っている。ユールヴィアは爆発させても怪我はあまりしないし、まあいいかという気持ちがあるらしい。それで簡単に爆発させてしまうのだとか。

「うぅ。ごめんね、レン」

 しょんぼりと項垂れるユールヴィアの頭を撫でてやりながら、魔力制御のうまいやり方がないか考える。そもそも、失敗してどうして爆発するのかは俺にはわからないが。

「ユールはさ、何を考えながら魔力制御してるんだ?」

「えっとね、ちっちゃくなれって思いながら押し込めてる!」

 ユールヴィアいわく、ぎゅうぎゅうと押していくイメージで魔力を収納しようとしているのだとか。

 押し込めて押し込めて、押し返されて爆発するのだろう。

 自分の身体が器で、魔力が水だとすると、注ぎきれなくなった水は溢れてしまう。

 自分の身体が衣装ケースで、魔力が服だとすると、たたみ方で入れることができる量は異なってくる。

 魔法はイメージだ。魔力制御もイメージ次第で収納できる魔力量が変わる、なんてことを以前ラノベで読んだことがある。

 まさか、自分が実践することになるとは思ってもいなかったが。

 それならば、自分の身体がハードディスクだとして、ファイルを圧縮するように魔力を圧縮したらどうだろう。さらに、いっぱいになったら増設する、なんてことができたらどうだろう。

 魔法は、イメージだ。できる、と自分が思えたら、できるのだ。

「レン、あなた……何か掴んだのですね?」

 シィエンルーアが目を瞠ってこちらを見ている。俺の魔力は、周囲に漏れることなく、俺の中に納まっていた。

「ユール、箱はひとつじゃなくてもいいんだよ」

 一つだけの箱に詰め込むから、入りきらずに溢れてしまうんだ。分けて入れればいい。ユールヴィアも、何度か爆発しながら試行を繰り返し、何かを掴んだようだった。もう少ししたら、完全にものにしてしまうのではないだろうか。

「よし、では魔力を制御できるようになったようであるし、身体強化をしながら鍛錬を再開しよう」

 オーヴェルグには新たな課題を増やされ、さらに肉体をいじめ抜くことになった。

「もう身体が動かないよ、オーヴェルグ」

「弱音を吐いてどうする。鍛え上げた筋肉は裏切らぬぞ」

 どこかで聞いたような標語のようなものを言いながら、オーヴェルグはさらに追い込んでいく。

「立て、レン。もう一本だ」

 身体中に魔力を行き渡らせて、身体能力を向上する。強化魔法を使いながら模擬戦をして、最終的に身体がその動きを技能として覚えてしまうのを目指す。

 スキルを獲得できるところまで、動きを洗練していく。

「いつかオーヴェルグに勝てるようになるかな」

「馬鹿め。まだまだひよっこには負けぬわ」

 オーヴェルグは強い。何度も模擬戦を行なっているからこそ素人の俺にもわかる。身体能力の潜在値が半端ないのだ。これが亜人との違いなのだろうか。

「戦闘訓練を始めたばかりの人間にやられては、戦士の名折れだからな。どれ、もう一本」

 俺が全力でかかっていっても、オーヴェルグには軽くいなされてしまう。

「あーもう。悔しいくらい強いな!」

「それでも、向かっていくのですね、レン」

 シィエンルーアにも微笑ましいと言わんばかりに笑われた。

 強くなろうと俺は自分の心に誓った。一人でこの世界で立てるように。

 この世界で旅をして、神様とか人とかの仲立ちをして、惰性ではなく自分のやりたいことをしていこう、と。

 俺にはまだ、やりたいことなんてないのだけれど。

 いつか、大切なものができたときに、ちゃんと守れるように。

 

 

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