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とある世界の覆盆話  作者:
王女と結婚するという勇者兼恋人と縁を切ったら、どうやら彼は王女に振られた模様です
1/5

前編、もしくは本編

恋人だった勇者に捨てられた、冒険者ギルド受付嬢視点です。

「聞いてくれよ、サリナ! あの王女、あんな綺麗で可愛い顔してるくせに、とんでもなく性格が悪い女だったんだ!」


 と、酔ってもいないのに目の前でくだを巻く、やけにずたぼろな姿の赤毛の男。実はつい先日に魔王を倒したばかりの勇者様で、私ことサリナの元恋人でもあったりする。

 とは言え私は、冒険者ギルドのしがない一職員に過ぎない存在なので、一般的に見れば、救世の勇者様の恋人になんて相応しくない立場だというのは理解できる。……それでも、決戦に旅立つ前夜の恋人に、「魔王を倒したら結婚しよう」なんて超真剣な顔で言われたら、信じたくなるのが乙女心だと思うのよ。

 まあ結局は、それはもう見事なまでに裏切られたばかりか、最低極まる提案までされて愛想も何もかも尽き果てたわけだけど……とりあえず、彼との関係そのものはキス止まりで終わったから、被害は少なく済んだとポジティブに捉えている。


 さて、今日こうして、たまたま私が受付担当というタイミングでやってきた、名前も言いたくない誰かさんに対して、私の事情を知る同僚や常連たちは勿論、早くも広まっている彼の王宮でのやらかしを聞いた人たちも、もれなく冷たい視線を向けている。それでなくとも冒険者ギルドは情報伝達が早いのに、そこのところを気にしてないのか気づいてないのか、当人はカウンターに居座ったまま動かない。……いくら勇者でも、営業妨害よね、これ?


「失礼ですが、近くこの国の女王となられる御方に対して、如何に夫となるご予定の勇者様であっても、悪し様に仰るのはいかがなものかと思います」


 ひとまず、何があったのか知らないふりをしてみる。数ヶ月後に王女様の結婚式と、彼女の即位式が同日で予定されているのは紛れもない事実だから。


「何だよサリナ、堅苦しいな! いいんだよ、あんな女との結婚なんて、もう完全に()()になったんだから! これで前からの約束通り、お前と結婚できるようになったから、もっと喜んでくれよ!」

「……そもそも、王女様との間に何があったんです? あんなにも嬉々として、『褒美として王女の夫の地位をもらい、ゆくゆくは俺が王様になるんだ!』なんて宣言していたのに」

「そう、それ! 王女の奴、『そもそもそこが認識違いですのよ』なーんて気取った口調で言いやがって!」


 ──彼によれば、こんなやりとりが王女たちとの間であったらしい。




『勇者様は、王位について看過できない勘違いをしていますわね。──この国の王位に就くのは王家唯一の直系であるわたくしであり、その伴侶となる御方はあくまでも王配でしかなく、彼が国王になることはあり得ません。無論、次期王に関しても、重要なのはわたくしの血筋であるため、わたくしの産んだ子のみに継承権が与えられます。よって、仮にあなたが望み通りにわたくしの夫になったとしても、自ら王を名乗ることは言うまでもなく、その立場を理由にして数多の側室を侍らそうとするなど、我が国では──いいえ、他のどこの国でも許されないでしょうね。だって、国や王家の存続には何ら関わりのない、税金の浪費にしかならないことですもの』

『な……!? そ、そんなことは知らないし、一言だって聞いてない!』

『あら。お国事情はともかく、勇者として各国を隅々まで旅をしていらしたなら、世界がどれほど魔王軍の被害を受けて疲弊しているのか、肌で理解したはずではありませんの? 確かに今後の復興のための求心力として、英雄のお一人を王女の伴侶に望む国は多いでしょうけれど、それはそれとしてこちらにも選ぶ権利はありますのよ。──仮にもプロポーズの言葉を口にする程度には深いお付き合いだった女性を、王女(わたくし)と結婚するからという理由で振った挙げ句、去り際に不当に貶める言葉を吐くような不誠実な殿方は、例え救世の英雄であれ、近く即位する女王としても一人の女性としても、伴侶にしたいなどとは全く思いませんわ。それにあなた、お仲間だった神官や魔術師の女性にも散々言い寄っていたのでしょう?』

『──!? ど、どうしてそれを──!!』

『無論その場にいた、あなたのお仲間()()()者に聞きましたのよ。ねえ、騎士シリウス?』

『はい。確かに彼の言葉や行動を聞き目撃したと、我が名と命にかけて誓います』




「ああ、シリウスさんは元からこの国の出身で、以前は王女様の護衛だったものね。それなら確かに、王女様に聞かれれば素直に答えるわよね」

「だからって、仲間を裏切る奴があるかよ!? お偉い騎士様が聞いて呆れるぜ!」

「…………」


 ──裏切り云々をあんたが言うか?


 という無言の突っ込みがこだまする中、勇者の説明もどきが続く。




『っ、てめえ、シリウス……!』

『まあ、そんな些末なことに誓いを浪費しないでちょうだいな。それよりも貴方には、わたくしへ生涯の愛を捧げることを誓ってもらわなくては』

『お言葉ですが、それは十年前に初めてお目にかかった時より、殿下お一人に捧げられておりますので』

『……もう。シリウスったら……初耳よ、そんなこと』

『ええ、殿下の御前では初めて口にいたしましたから。ですが、陛下や王妃様もご存知のことですよ』

『な!! じゃあ何で王様は、『勇者殿を姫の伴侶とすることを考えてもよい』なんて言ったんだよ!?』

『つまり、シリウスかあなたのどちらを伴侶に選ぶかは、わたくしの意思に任せるということですわ。まあお父様としては、王配にならなくとも国を支えてくれるであろうシリウスより、あなたに首輪をつけたかったのでしょうけれど……『シリウスと勇者様と、英雄を二人も独占してしまっては、各国の反感を買いかねない事態となりますから』と説得すれば、素直に聞き入れてくださいましたわね』

『首輪だあ!? おい、王女様! いくら王族だからって、勇者である俺を動物扱いかよ!! そんな真似して一体どうなるか、覚悟はできてんだよなあ!?』

『──ほう。殿下の御前で剣を抜くか、()()()()()?』

『っ!! どこまでも馬鹿にしやがって……俺はなあ、最初っからお前が気に食わなかったんだよ、シリウスぅぅぅっ!!』




「……と、無謀にもシリウスさんに正面から切りかかったら、手加減なしでぼこぼこにされた挙げ句に王宮を出禁になった、ってわけね」

「うう……まさか、シリウスの奴があんなに強かったなんて、詐欺じゃねーかよ!」

「何が詐欺なのよ……」


 すっかり通常モードに戻ってしまった口調で突っ込むが、予想通り彼は突っ伏したまま答えない。とりあえず邪魔くさい。


 そもそも勇者というのは、『魔王を倒すための力を宿す()』の役割でしかなく、それがどういう基準で選ばれるのかは定かではない。とは言え、その『器』もとい『力を宿した者』でなければ魔王は倒せないので、世間一般ではその存在を勇者と呼んでいるだけの話なのだ。

 そして当代における『器』が目の前の青年であり、本来の彼は、田舎においては桁外れの腕でも、冒険者の中ではぎりぎり上の下に引っかかるレベル──つまり大国の王都では、並よりは上だが少なくもない程度の腕前でしかない。王都でも上澄み中の上澄みが集う、近衛騎士の地位にあるシリウスさんとは、比べる方が不憫になるくらいには実力の差があるだろう。

 魔王とその配下を相手取る旅の最中(さなか)だったなら、『宿った力』で諸々の能力が強化されていたから張り合えたかもしれないけれど、その魔王が倒れ、『力』がなくなった後ではまあこんなものだろう。


「なあ、サリナ。やっぱり俺にはお前しかいないんだよ……! だからさ、早く結婚して、一緒に俺の故郷に帰ろう! そして、たくさん子供を作って幸せに暮らそうぜ!」

「嫌」


 立ち直るや否や、勇者は──こっちにも「元」をつけるべきかしらね──厚かましくも両手で包むように手を握ってきたので、渾身の力で振り払いつつ即答すれば、彼はそこそこ整った野性的な顔に、間抜けにもほどがある表情を浮かべた。


「……は? え、と。……今、『嫌』って聞こえたけど、気のせいだよな?」

「気のせいじゃないわよ。王女様と結婚するにしても、『別れてくれ』ってきっぱり言うのならともかく、『月に一度は通ってやるから側室になれ』なんて臆面もなくほざくような最低男、いくら好きだった相手でも願い下げに決まってるじゃない。……と言うか、私はあの時ちゃんと言ったわよね?『王女様というちゃんとした本命がいるくせに、結婚前から不誠実でいる気満々の奴なんて最低! もう恋人どころか、知り合いとしての縁も完全に切ってやるわよ!』って。あんただって、『そんなにみっともなく吠えるなよ、負け犬で捨てられ女のくせに』とか嘲笑つきでそれを了承したこと、忘れたなんて言わせないわよ!?」

「う……いや、確かにそんなことも言ったけどさ。でもほら、俺はこうしてサリナのところに戻ってきたわけで……」

「戻ってきてほしいなんて誰が言ったの?『縁を切る』ってことは、『もう何があろうと関わってくるな』って意味でしょうが。それに、王女様の言葉を借りれば、『こちらにも選ぶ権利はある』のよ。私はとうの昔に完全フリーの身なんだから、将来的に浮気する可能性が恐ろしく高い男なんかよりも、まともな選択肢はいくらでもあるんですからね」


 胸を張って宣言すれば、そちらに目を向けた浮気男の目に、明らかな嘲りの色が浮かんだ。……胸がなくて悪かったわね! そんな女にたった今、ろくでもないプロポーズをしたのはどこの誰よ!?


 自慢ではないけど、これでも一応、ギルドの看板娘としてなかなかの評判は得ているし、恋人(このバカ)がいた時も今も、そこそこの頻度で口説かれてはいるのだ。だからって、誰かさんと違って浮気なんかはしなかったけど。

 少なくとも自分でも鏡を見て、「うん、私って美人だよね!」と楽しくなるくらいの容姿ではあるものの、欠点が見えないわけでもなく、上には遥か上がいることだって当然自覚している。年齢的にももう二十歳になって、行き遅れと呼ばれる時期に片足を突っ込んでしまったし。

 勇者の旅仲間だった、二重の意味での癒し系美少女神官レイサや、得意属性的にもクールビューティー魔術師のリゼットとは、隣に並ぶ気も起きないほどの差があるのは歴然で、絶世の美女である王女様に関しては言うまでもない。

 メインターゲットが王女様だったとしても、身近な仲間にそんな美人がいれば、確かにシリウスさんの証言通り、彼のことだから遠慮なく口説こうとしただろう。とは言えこればかりは、笑ってしまうほど相手が悪い。何せ、生涯を神と神殿に捧げると誓った敬虔な神官(レイサ)と、三度の飯より研究と実践が大好きな魔術師(リゼット)である。方向性は違っても、明らかに色恋沙汰に興味皆無な上、二人とも最高レベルのスルースキルの持ち主だから、とにかく彼は徹底的に空回ったに違いない。その様子を想像するだけで食事が美味しくなりそう。

 数日前に二人揃ってギルドに挨拶に来て、連絡先も教えてもらったから、機会があればその時のことを事細かに教えてもらおうかしらね。

 え、性格が悪いって? うん、否定はしないわ。


「とにかく、私はあんたとだけは絶対に結婚なんかしないし、当然だけど故郷について行ったりもしない。せいぜい一人寂しく帰途につけば? 故郷に着いたら皆さん大歓迎してくれるでしょうから、ほんの短期間の辛抱よ」

「……わ、わかったよ! 後悔したって知らねーからな!」


 どこのチンピラの捨て台詞かと思うようなことを言い、元勇者さんはきびすを返して出口に向かっていった。

既にタイトルは回収されているので、メインストーリーはここで終わりです。本格的なざまあは後編にて。


よく、「主人公の恋人である勇者が、王家に婿入りや嫁入りをするために主人公を捨てる」話を見かけるので、「じゃあ、その気満々だった男勇者が、王女様に容赦なく振られるとかどうだろう」と思って書きました。これが度が過ぎると罪を被せて処刑とかになるんでしょうが。

……書き上げてみて、実は王女様とシリウスをメインにした方が正統派で良かったかも、と思ったのは内緒です。


ちなみにサリナが彼と深い関係にならずに終わった理由は、ぶっちゃけ貧乳のせいです←

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