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20.気付かされた想い

 助け出された安堵感から泣き出してしまったイーディスは、ようやく落ち着きを取り戻していた。オズワルドがずっと寄り添ってくれたおかげだ。


 オズワルドは、メイドが持ってきてくれた濡れタオルを目に当ててもくれた。ひんやりした感触は心地良かった。


「イディ、落ち着いたならアレンを呼んでくる。今日は帰ってゆっくり休んだ方がいい」


 いつのまにやらイーディスは、オズワルドの膝の上に横抱きに乗せられていた。オズワルドの傍は不思議と落ち着ける。気遣うような優しい声も相まって、つい甘えたくなってしまった。


 イーディスはさらなる安堵感を求めるようにオズワルドに擦り寄った。しかし、オズワルドの申し出には首を振って拒否の意を示した。


「イディ」


 オズワルドは甲斐甲斐しくイーディスの目元を冷やしながら、静かに名前を呼んだ。それでもやはりイーディスは首を横に振った。


 オズワルドとしては、あんな事があったのだから安心できる家に帰り、一刻も早く休んでほしいと考えていた。その気遣いを察したイーディスが口を開いた。


「……私が途中でいなくなれば勘ぐられる可能性があります。宴を成功させるためにも戻ります」


 確かに婚約者同然の扱いをしたイーディスが途中退席すれば不信に思われるだろう。あんな事があったというのに、イーディスの責任感の強さには脱帽するしかない。


「イディ、無理はしなくていい」

「皆が頑張ったのに、私のせいで台無しにしたくないです」


 案の定、即答で断られた。こうなったイーディスは、中々に頑固なのだ。


 オズワルドは小さく息をつく。気は進まないが、イーディスの意見を尊重する事にした。


「分かった。戻るなら化粧と髪を直した方がいいな」


 そう言うとオズワルドは小さなベルを鳴らした。廊下に待機していたのか、すぐにメイドが部屋に入ってくる。オズワルドがイーディスの支度を整えるよう命じるとメイドは一旦下がっていった。


「せっかく整えた髪が台無しだな」


 イーディスの髪は押し倒されたせいで解けてしまい、ぐちゃぐちゃになっている。泣いたために化粧も崩れてしまっていたのだ。


 オズワルドが絡まった髪を丁寧に指で梳いているとイーディスが顔を上げた。朝露に濡れた新緑色の瞳が真っ直ぐにオズワルドを見つめる。


「オズワルド殿下」

「ん?」

「言うのが遅くなりましたが、助けに来てくれてありがとうございました」


 ふわりと微笑んだイーディスにオズワルドの視線は釘付けになった。不謹慎ではあるが可愛い。とてつもなく可愛い。


──イディ、もっと危機感を持ってくれ……。


 オズワルドは頭を抱えたくなった。アロイスと比べるのは癪に障るが、オズワルドだってイーディスに心を寄せているのだ。こんなに可愛く微笑まれたら理性がぐらついてしまう。


 そこでオズワルドは、とてつもなく大事な事に気付いた。先程はイーディスを落ち着かせることを優先したが、鍵をこじ開けて乱入した際、アロイスがイーディスに何をしていたか──。


「……イディ、あいつに何をされた?」

「えっ?」


 突如険しい顔つきになったオズワルドに、イーディスは目をぱちくりさせた。そこへもう一度オズワルドが同じ問いを繰り返す。


「あいつに、何を、された?」

「えっと……?」


 一言一言区切るように言い直される。イーディスが戸惑っているのを見て、オズワルドは直球で聞き直すことにした。


「あいつにキスされたのか?」

「…………へ?」


 なぜそういう誤解になったのだろうか。疑問の方が勝り、すぐに言葉を返す事が出来なかった。それを肯定と取ったのか、オズワルドの声が地を這うように低くなる。


「あの野郎っ! 一発ぶん殴ってやる!」

「えっ! ちょっ……さ、されてませんから!」


 慌てて無事を主張したが、オズワルドの目は本気であった。


 実は、オズワルドの位置からはアロイスがイーディスに口付けているように見えていたのだ。もちろん、そんな事実はないのだが。


「あの、本当に何も――」

「されてないと誓えるか?」


 オズワルドの目がじとりとしたものへと変わる。


「……ちょっとこの辺を舐められましたが……キ、キスはされてません。他にも何もされてませんっ」


 イーディスは、恥を忍んで舐められた辺りを指差し正直にカミングアウトした。箱入り娘のイーディスにとって、そんな事を口にするだけでも羞恥心が煽られる。それでもキスされたと誤解されるよりはマシであった。


 しかし、そんなイーディスの頑張りも空しく、オズワルドの機嫌は急降下していく。なぜだか先程以上に怒気を発していた。


「あ、あのぅ……?」


 ビクビクしながら声をかけると、オズワルドは盛大な舌打ちをした。凛々しい御尊顔は、すっかり目が据わっている。


 すると、突如オズワルドは、すっかりぬるくなったタオルで舐められた場所を強く擦ってきた。


「ひゃっ……ちょっ、い、痛いです」

「くそっ、あの野郎っ!」


 擦り切れるのではないかというくらい力一杯擦られる。イーディスが痛いと訴えてもその手は止まらなかった。


「オズワルド殿下っ……痛い……擦り剥けます」


 舐められた感触が掻き消されるくらい何度も何度もタオルを押し付けられ、イーディスは必死に訴えた。それでようやくオズワルドの手が止まる。


「イディ……あいつと同じような事はしたくない。でも、流石にこれは許せない」

「えっ……はい? オ、オズワルド殿下…?」

「嫌なら殴っていい」


 オズワルドは、そう言うなりイーディスの鎖骨に唇を寄せた。タオルで擦られた時とは違う熱が感じられる。


 ほんの一瞬、アロイスにされた事と重なり体が強張る。それを慰めるようにオズワルドの手が背に回された。


 唇はすぐに離され、オズワルドが真剣な表情で見つめてきた。


「好きな女が押し倒されて黙ってられるほど、俺は大人ではない」

「…………え?」


 オズワルドの口から初めて聞いた『好き』の一言に思考が停止する。


 今まで(勝手に)婚約者だ可愛いだなんて言われた事はあった。側近でもありオズワルドの友人でもある兄・アレンの妹として、ただ構われているのだと思っていた。


 オズワルドの言った意味が理解出来ず、イーディスは混乱した。明らかにポカンとしてしまったイーディスを見かねて、オズワルドはハッキリと自分の想いを口にした。


「イディ、俺はお前が好きだ」


 オズワルドの唇が首筋に寄せられた。自分の体温とは違う熱が首筋からじわじわと広がる。いつの間にか抱きしめられた体は、その甘さに捕らえられて動けない。


「んっ……」


 ほんの少し鈍い痛みを感じた時にはオズワルドの唇は離れていた。何が起きたのか状況に付いていけず唖然とするイーディスを、オズワルドは満足そうに見つめた。


 そしてタイミングを計ったように扉がノックされた。オズワルドは、未だ気の抜けたままのイーディスを膝に抱えたまま入室を許可する。


「イディの化粧と髪を至急整えてくれ。すぐ宴に戻る」

「畏まりました」


 急転直下の状況に呆けるイーディスを差し置き、オズワルドとメイド達で話が進められる。何事もなかったかのように振る舞うオズワルドを見上げると、真剣な青い瞳と目が合った。


「イディ、あいつの事は忘れろ。俺だけを見ててくれ」


 そう言うとオズワルドは、軽々とイーディスを抱き上げた。突然高くなった目線に驚きオズワルドへしがみつくと、なぜか嬉しそうに微笑まれてしまった。


 メイド達が控える鏡台まで抱き上げられて運ばれる。大した距離ではないのになぜわざわざ抱き上げる必要があるのかさっぱり分からない。


 オズワルドは、イーディスをイスへ下ろすと何事もなかったかのようにメイドへと向き直った。


「では、イディを頼んだ。私は廊下で待っている」

「はい、お任せ下さいませ」


 イーディスが大分遅れて全てを理解した時には、オズワルドは既に外に出ていったあとだった。


──な、なっ……オズワルド殿下が……わ、私を……す、好き……!?


 真っ赤になって湯気でも出そうな勢いのイーディスを見て、メイド達も何かを察したようだ。王家直属の出来るメイド達は、微笑ましそうにしながら準備を始めた。一人が化粧をもう一人が髪を梳かし始める。


「あら? まぁ……髪は下ろした方が良さそうですね」

「ふふ、殿下ったら」


 なぜかメイド二人が意味深な言葉を言い始めた。しかし、頭の中がいっぱいいっぱいのイーディスには聞こえていない。


 イーディスの首筋にうっすらと残る赤い痕──オズワルドからのキスマークに気付くのは自宅に帰ってからであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いや、吊り橋効果だと思います
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