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13.日常

 オズワルドのお忍び調査に付き合ってから数週間が経った。イーディスは、いつも通り仕事をこなしていた。


 エヴァンと堤防工事の予算について話し合いをしたり、同僚の仕事を手伝ったり──ギルバートの机の整理をしたり。ぶっちゃけ、机の整理が一番回数が多かったかもしれない。


 『王太子殿下の成人祝い』については、滞りなく準備が進んでいた。実演料理も議会で承認され順調らしい。イーディスが言った、『ローストビーフ』『鳥の丸焼き』『ケーキ』の三つをやるそうだ。


 議会決定後、すぐにオズワルドがやってきて教えてくれたのだ。わざわざ足を運んでくれるとは律儀である。


 とりあえず今の所イーディスのする事と言ったら、予算のチェックくらいで大丈夫らしい。そんな訳でイーディスは、いつもの小部屋でようやく決まった予算書に目を通していた。


 着席形式から立食形式へと変更したことで、いくつかの部門で予算の再編成を行っていたのだ。もちろん低予算になったからである。


──厨房の予算はバッチリ。


 食材費は着席形式より圧倒的に安くなっている。浮いた分の一部を希少食材の購入に充てるらしい。


 希少食材は交易には向かないが、『この宴でしか食べられない』という希少価値がある。それを手配したのが主催者である王太子となれば周囲の評判も自ずと上がるだろう。


──うん、会場設営もまずまずね。


 こちらも着席形式より費用は抑えられている。休憩スペースの他に別室で休めるよう、いくつか小部屋を開放することに決まったそうだ。


 食事の邪魔にならないよう香りの強い花も避けてある。テーブルクロスや食器は元々ある物で十分対応出来る。


──あれ、このスペース……ダンスでもするのかな?


 すっかり普及した『絵による説明書き』を見ると、会場の中央にスペースが取られている。ダンスをするには、スペースが狭い。今回は舞踏会ではないのでダンスもしないはずだ。


──オズワルド殿下が挨拶をするためのスペースとか?


 それなら王族席からすればいい気もする。そちらの方が壇上なので適しているはずだ。余興の可能性も考えたが、予算を見る限りそういった事もなさそうだ。


 まぁ、自分はあくまで財務官だ。主催者であるオズワルドに何かしらの考えがあるのだろう。そう割り切っていると、扉をノックする音が聞こえた。


「イーディスちゃん、ちょっとお邪魔するよ~」


 入ってきたのは上司であるギルバートであった。イケオジのくせに服装がだらけすぎていて残念にも程がある。


「サボりなら出てって下さい」

「ひどっ! 今回はちゃんと仕事の事だよ~」


 ギルバートは大袈裟に反応しながら部屋の隅にあるソファへと腰を下ろした。さらりと流しそうになったが『今回は』とはどういう事だ。いつも真面目に仕事をしてほしい。


「殿下の成人祝いの件なんだけどさ、警備の予算を少し上げたいんだって。こっちとしては問題ない範囲だったけど、イーディスちゃんにも言っておこうかと思って」


 ギルバートの言い方だと既に決定事項のようだ。イーディスに言ってきたのは、一応担当であるイーディスの了解も得ておこうというところだろう。


 イーディスは作業を中断してギルバートの向かいのソファへと移動した。


「増額希望の理由は何ですか?」

「警備人員の増員だって。休憩用に小部屋を使うからその周辺も警備が必要なんだってさ」

「なるほど。どのくらいの増額を希望しているんですか?」

「このくらいだって~」


 ギルバートから渡された書類を受け取ると、赤文字で訂正された箇所へと目を走らせた。


──約一割の増額希望かぁ。確かに小部屋となると密室になる分、危険性も高いもんね。


 酔ってハメを外した男女の密会、反王太子派のよからぬ密会など、危惧することは少なからずある。


「妥当な額だと思います。今後必要になったらもう一割まで増額してもいいかと」

「うんうん、そのくらいまでなら妥当だよね」


 どうやらギルバートの方でも試算していたらしい。不真面目に見えて実は有能なのだから食えない上司である。


「……普段からそのくらい真面目に仕事をしてほしい」

「イーディスちゃん、心の声が出てるよ?」

「……はぁ」

「え、わざと? わざとなの?」


 もちろんわざとである。このくらいでへこたれる上司ではないのは百も承知だ。案の定、ギルバートは楽しそうにニヤニヤしている。


「ところでさ~、イーディスちゃんも今回の宴にはもちろん参加するんでしょ?」


 ギルバートからの突然の質問にイーディスはきょとんとした。すぐに『王太子殿下の成人祝い』の事だと分かり返事を返す。


「参加しますよ。マクレガー家として出席しないとまずいじゃないですか」


 マクレガー家は侯爵家だ。それに付け加え、父は宰相、兄は王太子の側近を務めている。忠臣として知られているのに、『王太子殿下の成人祝い』という重要な式典に、家族全員で参加しないなどあり得ない。


「だよねぇ。ドレスも準備したの?」

「一応。少し前、お母様とメイドの皆にあれこれされました……」


 イーディスは、その時の苦労を思い出して遠い目になった。


 マクレガー家専属のデザイナーがやって来たかと思ったら、母を筆頭に我が家の女性陣総出で真剣な話し合いを始めたのだ。何かと思えばイーディスのドレスについてである。


『そこまで気合い入れなくても普通でいいんだけど』


 そう言ったイーディスは全員の顰蹙(ひんしゅく)を買った。あれはとても怖かった。その後は、黙って着せ替え人形となるしかなかったくらいだ。


「何か苦労したみたいだね。それで? 結局何色を着るの?」

「えーと、何だっけ……あ、確か青です」


 イーディスの答えにギルバートは苦笑した。自分のドレスなのに無頓着にも程がある。


「青、ねぇ。イーディスちゃんは若いから明るめの青かな」

「この髪に合う色なので少し濃い色だと思いますよ」


 なるほど、とギルバートが呟く。


 イーディスの髪は淡いローズピンクという珍しい髪色だ。この髪色に合わせるならば、落ち着いた色でないと悪目立ちしてしまう。明るい色では全身派手になってしまうのだ。


「当日が楽しみだなぁ。イーディスちゃんのドレス姿可愛いだろうな~」

「…ギル様、おじさんくさいです。それより、さっさと仕事して下さい」

「ひどっ!」


 イーディスは、まさかこの会話に深い意味があるなど思いもしなかった。それを思い知るのが宴の当日になろうとは……。

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