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追憶のRAIN  作者: 寒波江 奇亰
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第九話 『天使の片鱗』

立ち込める煙と、むせ返るような異臭にのどかは嫌な想像を巡らす。

施設の中は酷い有様だった。

夜剱の足取りは早く、私は置いて行かれるのが怖くて死に物狂いで後に続いた。

曲がり角から襲い掛かる化け物に対し、夜剱は苦い表情を浮かべながらこれを素手で引きちぎり始末する。

そして重たい声色で話すのだった。


「妻鳥の奴、注射器を適合者でもない奴に使ったんだ。

恐らく残された職員の救助には手が回っているはず。

でも、収容されている過失者は…」


「まさか、警察や政府は過失者を見殺しにするって言うの?」


「認めたくはないが、この社会において命の価値は平等じゃないらしい。

意思疎通が図れなかった、暴れたからやむを得ず置いてきた、いくらでも言いようはある。


そんな話ってないよ、黒い雨も政府も到底人間のやり方じゃない。

いや、人間であるが故の所業とも言える。

己の正しさを疑わず、命の尊さを忘れた人々の行きつく果。

彼らにとって理解出来ない物は、同じ人間ですらないのだ。

細い通路を抜けて広場へとさしかかった時、そこで私達は不測の事態と対面する事になる。

深海魚の一種で、繁殖の際オスがメスに噛みつき、そのまま体の一部になる、という話を耳にしたことが有る。

丁度そのように、無数の化け物同士がお互いを吸収しあって、今まさに一つの巨大な生物へと変異を遂げる最中であった。


「無理だ、俺は戦えない。」


突然弱腰になる夜剱、さっき妻鳥との交戦を拒んだときも同様の反応を見せた。

この男は、自分が絶対負けないと見込みのある勝負にしか挑まないとでもいうのだろうか?


「また気持ちの問題だっていうの?」


「はい、そうです。」


「あんたにも色々背負っているものがあるのは分かる。

全部理解できる、なんて無責任には言えないけれど、そうするように努力はしてみるよ。

でも、それってって人の命に代えられるほど大層な物なの?

皆が皆、誰かを守れるだけの力を持っている訳じゃない。

だけどあんたはそれが出来る、なのにどうしてそうしないの?

亡くなった人になんて言い訳するの?

後悔を紛らわす為に、誰かのせいにして逃げるの?

それが自分の本意だって、自信をもって言えるの!?」


夜剱は露骨に目をそらしながら、小さく呟く。


「はい、そうです。

俺はそう言う奴です。

貴方に何が分かるんですか…

だからもう、ほっといてください。」


その言葉を聞いて、私の決意は固まった。

自己犠牲が美徳なんて思っちゃいない。

勇気と無謀は違う、当然の事だ。

今の私はどこまでいっても世間知らずのガキで、無力だなんて現実、嫌になるくらい噛みしめた。

これからやろうとしている事が間違っているなんて、とっくに分かっている。

それでも…


「私は私の気持ちに、正直でいたい。」


私は化け物のいる方向に駆け出した。

当ても無くて、無計画で、馬鹿げた特攻である。

しかしどうやら、運に見放されたわけでもなさそうだ。

消火器を見つけた。

図体のデカい化け物とはいえど、未知の地球外生命体と言う訳でもなかろう。

地球上の生き物が本能的に嫌がる事は、こいつも嫌に決まっている。

私が化け物に向かって放射すると、案の定相手は苦しむような素振りを見せた。

だが、それは結果として、相手を挑発したにすぎなかった。

殺される、そう思ったその時、私は天使を見た。

気が触れたとか、あるいは死の間際に迎えに来たとか、自分も最初はそう思ったけれど、そうじゃなかった。

確かにそれは羽の生えた人間だった。

触れると粉々に砕け散ってしまいそうな、息を吸うのを忘れてしまいそうな、美しく蠱惑的でありながらどこか儚い、まさに天使と形容するにふさわしい存在。

不思議な事にその顔だけは、濁った川の水面に映る姿のようにぼんやりともやがかかって見えて、ハッキリと認識する事が出来なかった。

天使は私に話しかけてきた。


「私ハ記憶、単ナル記憶。

ソレ以上デモ、ソレ以下デモ無イ存在。

ココデ貴女ト私ガ出会ッタノハ、偶然ガ度重ナッタ結果ニスギナイ。

私ハ運命ヲ否定スル。

信ジタ者ニ裏切ラレ、コノ世ノ全テヲ憎ンデ死ンダ少女モマタ、ソウナルベクシテナッタト言ウノナラ、ソノ子ガ余リニ浮カバレナスギル。

私ハアノ子ヲ殺シタ世界ガ憎イ。

ソレハ至極真ッ当デ、正当デアッテ、理ニカナッタ感情ダト私ハ自負スル。

誰カヲ好キニナルノト同ジデ、誰カヲ嫌イニナルノモマタ我ラ生命ノサガ。

貴方モソウ。

例エバ貴女ニトッテ大切ナ人ヲ殺シタ奴ヲ、貴方ハ許セル?

ソイツノ幸セヲ呪ワナイト、不幸ヲ望マナイト、自信ヲ持ッテ言エル?

輪廻ト言ウ強烈ニ理不尽デ、無慈悲ナシステムサエモ、受ケ入レル事ガ出来ル?

コノ悪意ニ、貴女ハ耐エラレル?」


私は何か答えようとしたけれど、それは水中の中で言葉を発しようとしたみたいに、声にならなかった。

やっと声が出たその時には、すでに天使の姿は無く、化け物も力尽きていた。



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