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鳥にでもなりたい  作者: 高場柊
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夜空の華③

 焼きそば、たこ焼き、イカ焼き、チョコバナナ、りんご飴、フライドポテト、そのほかにもいろいろな屋台をまわって神社の境内の隅の縁石に腰かけた。


 四人が食べ物をシェアして「おいしい」と口々に言う。わたしは家を出る前にカップ焼きそばを食べてきたのでアイスクリームだけを買って一人で舐めていた。


「あすか、アイスだけで足りんの? 焼きそばあげよっか?」


 アヤノが口角を持ち上げて横目で私を見た。


「ああ、大丈夫! ありがとね。……家出る前にちょっと食べてきちゃったんだぁ」


「はー? せっかくの屋台なのにもったいな!」


 アヤノは言い終わると同時に焼きそばを口に含んだ。特に話題が浮かばず、正面に向き直ってアイスクリームのコーンを手首ごとゆるりと回した。

 アイスクリーム一つ。いくらゆっくり舐めても稼げる時間は知れている。


 四人を含めた祭りの音をBGMにぼんやりとコーンを齧る。少しだけふやけていて歯に付きそうになった。


 近距離で突然、電子音が鳴った。同時に体が強張る。反応からしてミクに電話がかかって来たらしい。先ほどまでたこ焼きを頬張りながらスマホを睨みつけていた顔は提灯のせいか少し赤くなっていた。


 上ずった声でミクが電話に出る。他のみんなは一瞬だけ黙ると少し声を潜めて視線だけはミクに残したまま何やら先ほどまでとは違う話を始めた。にまにまと笑う三人にはどうやらミクの電話の相手が分かっているらしかった。


「うん、うん……。分かった」


 小さい頭を上下に揺らしてミクがスマホを耳から離す。すぐにこちらに向き直ったその表情は頭の中の記憶をどれだけ漁っても見つからないものだった。


「みたに?」


 間髪入れずにアヤノが尋ねた。その表情は見えないけれど、揺れるポニーテールが感情の高ぶりを教えている。


「……うん。みたにたち近くにいるんだって。……こっち、来るかも」


「えっ! やば! お祭りデートあるかも? みく、やったじゃん!」


 落ち着かない様子で口元を抑えるミクに向けてナナホが、拳を作った左腕を小さく振った。


 ミタニ、みたに、三谷くん、か? そういえば聞いたことのあるような響きだ。


「てか、『たち』って他に誰がいんの?」


 声の甘くなったミクを筆頭に話題はさらに加速していき、入るタイミングを逃したわたしはコーンの最後のひとかけらを口に放り込んだ。子気味のいい音が脳に届く。次いで、リカコが恐らく人名を四つ挙げてパチパチと手を叩いた音がした。


 ……四つ? 最初の一つはミタニだったから彼を入れて四人ということか。対してこちらは五人だ。想像するまでもない。まさに今がここから離脱するのに最も適したタイミングだろう。むしろここで抜けないと色々と都合が悪くなりそうだ。


 左手首の腕時計を見る。時刻は午後七時の五分前。花火の打ち上げはあと三〇分程度で始まる。


 言うか。言えるか? どう、言えばいい?

「用事思い出して」わざとらし過ぎる。「ごめん、ちょっと」濁すにも加減はある。「急に親から連絡が」これはこの前使ったっけ。


 なるべく嘘を重ねないように、少しだけ本音を入れた文を口の中で推敲する。何度か瞬きを繰り返して見下ろしたちょうどその先に、見たことのある顔があった。


 縁石から腰を浮かしてショートパンツのおしりを軽く払う。組んだ両手を前に伸ばしながら意識して何でもないように言い放つ。


「あー……。わたし、今日はもう帰るね! 自転車で来ちゃったから、花火終わってからだと道すごい混んで乗れなくなるし」


 口の中で何度も繰り返した言葉でも、いざ音として発すると滑らかには出てくれない。


 漂う空気が僅かに歪んだ。けれど、それも一瞬だけだった。


 すぐにリカコとアヤノが口を開く。


「えー! 花火これからなのにー!」


「え? ほんとに帰んの?」


 口をきゅっと引き結んで顎を引く。無意識に左手がわき腹を掴んでいた。余った右手を体の前に出して五本の指をしっかりと開いた。


「誘ってくれてありがとね。お祭りやっぱり楽しいね。また、どっか行くとき良かったら誘ってよ」


 これで終わりだ、と言うように斜めに掛けた鞄の紐を強く握る。あまりに細くて、頼りない。


「あすか、大体途中で帰るじゃーん」


「や、みんなだって基本待ち合わせ時間に来ないじゃん」


 しまった、と思うと同時に先ほどよりもいくらか冷えた声が飛んできた。


「遅れるって連絡してんだから別にいいじゃん。てか、遅れる原因の大半りかこだし」


「そんなことないよー、みくのせいのときだってあるもん!」


 また話し出した彼女らの前を、顔に笑みを貼り付けて三歩で通り過ぎて石段へと足を進める。


「じゃあ、また後で」


 振り向いて右手を軽く挙げ、再び前を向く。後ろから小さく聞こえた声は聞こえなかったことにした。


「にしても普通、このタイミングで帰る?」


「あすかって何考えてるか分かんないよねー」


「そういえば打ち上げ花火嫌いって前言ってたわ」


「えっ、そんな人いんの?」


「ま、別にどうでもよくない? あすかって変わってるし」


 そうだねー、といくつか肯定の声があがり四人の声はすぐに遠ざかった。祭りの音に混じって消えたそれはもう、掬えない。


 こんなこと承知だ。承知の上でしている行動だ。なのに、どうして体の芯が痛むのだろう。自分で選んできたことなのに。


 タン、タン、と足の裏の感触を確かめるように硬い階段を下りていく。自然と目線は下がっていて、胸の奥には生ぬるいゴワリとした感情がはびこっていた。


 ふと何かに釣られるように顔を上げる。広い石段を上る列に先ほど見た顔があった。きっと、あれがミタニくんだろう。これといった特徴もなく、話したこともないわたしの顔が彼らに割れているとは思えなかったけれど、念のためすぐに視線を石段に戻した。


 あっという間に石段を降りきって駅の方向へと足を進めた。暑い。髪や服が汗で体に張り付いて気持ちが悪い。


 落ち着いて立ち止まれる場所を探して人ごみに流されていたら、所狭しと並んでいた屋台の端まで来てしまった。喧騒もだいぶ小さくなりすれ違う人と肩をぶつけることもない。


 街路樹の脇に体を移動させて鞄からスマホを取り出す。新着メッセージが一つ来ていた。


 たった一文。


「お祭り来てる?」

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