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鳥にでもなりたい  作者: 高場柊
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夜空の華①

 メッセージアプリの通知音がポコンと続けて二度鳴った。画面を下にして置いていたスマホを手に取り、ひっくり返す。


「うわっ」


 ロック画面に表示されたメッセージの差出人は兄。スワイプしてトーク画面を開く。「うまい」とともに大きな黒い器に盛られた海鮮丼の写真が送られてきている。丼の中の白米が見えないほど、新鮮な海の幸が盛りに盛られている。なんと羨ましいことだ。海老なんてお頭がついている。


「おいしそう」と一言返し、棒人間が悔しがっているスタンプを送っておく。

 左を向いた矢印をタップして兄とのトーク画面を閉じた。


「うわぁ」


 トーク一覧の中でわたしの目が引き寄せられたのは、あるグループトークのものだった。未読メッセージが溜まっていた。百件以上の未読メッセージがあることを示す「99+」が表示されている。スマホを持つ左腕が急に重くなったような気がした。


 正直、見る気は起きない。夜にでも「寝てた」と一言言って済ませてしまいたい。とういか、大体いつも、そうしている。それがある程度許されているのは日ごろの努力の賜物だ。


 グループトークのメンバーは、クラスでよく行動を共にしている五人。正直、わたしだけがその中で浮いていると思う。奇数だし。まぁ、その中だけに限らず、なんだかどこにいても自分だけが空間に馴染めていないような気がする。自意識過剰かもしれないけど。


 布製の袋にありったけビー玉を詰め込んだような、重くて堅いけれど、内部まで簡単に浸水してしまう。そんなごわごわとした気持ちをみぞおち辺りに抱えたまま息をして、苦しいと感じているのはわたしだけだろうか。それとも、みんなも同じような息苦しさを抱えたままで日々を過ごしているのだろうか。


 だとしたら素直に脱帽してしまう。嫌味でなく、本当に。

 そしてそれが事実なのだとしたら、みんなみんな狂っている。でもきっと、世界にとってはそれが平常なのだろう。正しいのだろう。異常なのは、間違っているのは、いつだってわたしのほう。


 ***

 小学校低学年までのわたしは、自分で言うのもなんだけど割と素直な良い子だったと思う。ちょっとやんちゃ過ぎる節があったことは認めざるを得ないけど。


 今でも思い出すと気分が重くなる話だが、二年生だか三年生だかの一時期、突然クラスの女子の大半に無視されるようになった。理由は今でも分からない。

 わたしの何かが気に入らなかったのだろう。そのときスクールカーストという意味の分からない見えないものの頂点に据えられていた女の子にとって。


 その「無視」と言う行為は、先生が幼い児童に呼びかける「お友達」を本当の友達だと思っていた、まだ純粋だったあの頃のわたしには相当なショックだった。チラチラと見るクセに、目が合うと急いで首を回す女の子たちの顔は、今となってはもうほとんど覚えていない。


 無視という行為の悪質なところは、いないことにされてはいるけど、だからと言って自分の存在がなくなるわけではないというチグハグなところにあると思う。見えないことにしているはずなのにわたしの体に躊躇いなく触れてくるところや、あまつさえ「いたの? 気付かなかったー」などと目を見て嗤ってくるその人たちは、なんだか滑稽にも思えた。


 だから、視無いとは書くがむしろ霧の中から視られ続けているような気分だった。


 学校に行きたくないというわたしの願いを家族は尊重してくれ、無理に聞き出そうとも、原因も分からないまま昇降口まで引っ張ることもしなかった。


 だけどそんな日がいつまでも続くことはなく、一週間ほど経って担任の先生がプリントを持って家に来た。

 その際の会話を今はもう覚えてはいないけれど、翌日、何かを諦めた気持ちを抱えてランドセルを背負ったことは覚えている。


「これが辛い」と服の裾を握りしめてやっとのことで言ったとき、まず「しょうがない」と言われる。そんな小さなことを気にするな、と。そして「辛いのはみんな一緒なんだから」というようなことが続き、その先に励ましや罵倒が繋がる。


 けれど、その初めの言葉が出てきた瞬間フッと思うのだ。本当にそうだろうか。確かにみんな、なにかしらは辛いのだろう。苦しいのだろう。だけど、何がどのくらい辛いのかなんて結局、当人にしかわかり得ないことを他人と比べられるはずもない。


 何かの事情に対して、本当にみんながみんな辛かったのだとしても、その全員が同じくらい辛いと感じているわけがないのに。


 それなのに、「一緒」だなんておかしな話だ。

 ああ、気持ち悪い。


 一週間ぶりの朝の会をやり過ごしながら、この人は担任としてわたしに学校に来て欲しいはずなのに、どうしてもっと上手く説得できないのだろうと子供ながらに思った。一〇年も生きていない子供の望む言葉なんて、大人にはたかが知れているだろうに。


***

「……行きたくないな」


 本日分の課題を片付けたあと、ベッドの上で寝っ転がって漫画を読んでいたわたしは既読もつけずにスマホを枕元に置きなおし、とりあえず漫画の続きを読むことにした。


 青年誌で連載中のダークでシリアスなお仕事漫画だ。

 主人公の相棒が敵組織につかまり、もう少しで救出成功! という場面。そう、まさに佳境。だから、ページをめくる手が止まらないのも、致し方なし。誰に言い訳しているのか、そんなことを考える。


 グループチャットなんて面倒くさい。文字を打ち込んで送信ボタンを押すころには、もう別の話題に移り変わっている。消して、書いて、消して、書いて、その繰り返し。会話のスピードに間に合わないと「なんか、意見とかないの?」と鼻で笑われる。


 やっと送信出来た自分のメッセージの下に誰かの言葉が続かないと不安になる。「言葉選びを間違えたかもしれない」、「このタイミングで言うことじゃなかった」、「なんで誰も反応してくれないんだろう」、表示された「既読」の横に数字が増えていくことがわたしにとってはプレッシャーでしかない。


 だけど、そういうのを気にしない人も世の中にはやっぱりいるようで、どうやったらわたしはそうなれるのか、出ない答えを求めて天井を眺め唸る。


 考えるふりをするのにも飽きたあと、二〇分ほどかけて漫画を読み終えた。流れるようにスマホを手に取り、メッセージアプリを開く。「99+」の表示は変わらないが、最新のメッセージが変わっていたのでわたしが漫画を読んでいる時にもメッセージのやり取りは続いていたらしい。


 溜め息を一つ吐きトーク画面を開く。「ここから未読メッセージ」から下へ画面をスクロールしていくと、その中で重要な情報を言っているのはたった二件だけだった。

 こういうのも、いつものことだ。


「七日の一七時」、「アーケード近くのファッションビル」。


 行きたくないし、別に来なくても誰も気にしないのだろうけど、行かねばならない時もある。上手くこなさなければならないことがある。「了解」と送ってスマホの画面を黒くした。


 ほんの少し顔を出してトンズラしてしまおうかな。


「あー……。面倒くさい。来世は男子に生まれたい。いっそのこと鳥にでもなりたい」


 どうして男が一人でいると「寡黙」だの「クール」だの「一匹狼」だのと良い印象の単語がつくことが多いのに、女が一人でいると「おとなしい」だの「気が弱い」だの「かわいそう」だの嫌な印象の単語ばかり投げられることが多いのだろう。わたしの周りだけだろうか。


 中学も高校も入学後、一人で行動していたら何人かの先生に「大丈夫?」「元気ないね」「何かあったなら言ってね」と散々声を掛けられたり、ことあるごとに面談を設けられたりした。


 そりゃあ、学校というのは他人との付き合い方を学ぶために行くのだから彼らは正しいのだろう。だけど放っておいて欲しかった。「一人でいたいだけなんで」といくら言っても、ない言葉の裏を探そうと躍起になる大人たちを見ているのが辛かった。


 わたしは女だから男の苦労なんか分かりようがないけど、去年、同じクラスの男の子が文化祭当日にサボったと知った時は心底羨ましかった。クラスで浮いているわけでもない人なのに「行きたくなかったから」というシンプルな理由で来なかったらしいと聞き、それが出来る彼がずいぶん大人に見えた。


 だけど、大人からすればそんな彼の行動はどうあっても幼稚にしか見えないらしい。これは担任が他の教師と話しているのをたまたま聞いた。


 もしもわたしが男に生まれていたら、こんな風に色々なことを性別のせいにして逃げることもなかったのだろうか。


 寝返りを打つと、背中に扇風機の風が当たった。集まっていた熱がじわじわと空気中に放出されていくのが気持ちよかった。どうせすぐ、熱くなるのに。

 片方だけ吊り上げた口元から、肺に溜まっていた空気がほんの少し、逃げていった。


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