王子殿下と誰かと誰かのショートコント「脱出劇」
前作(『王子殿下と公爵令嬢+男爵令嬢のショートコント「婚約破棄」』)を読まないと理解できない内容を含む、不親切仕様です。
ただもう一度王子を書きたかっただけの短い会話文です。相変わらずなギャグの小ネタになってます。
クスリとでも笑って頂ければ嬉しいです。
私は某国王の息子であり、某国の王子だ。
故あって名前は伏せさせて頂く。
ああ、決して君たちを疑っている訳ではない。
寧ろ、私は初めて会った筈の君たちを同士だとすら思っている。
だが、今は名乗ることは出来ない。許して欲しい。
さて、私がここにいる理由を話すとしよう。
その前に、私にとって重要かつ、因縁のある一人の女性の事を話さなければならない。
彼女は私の婚約者であり、某国の公爵の娘、公爵令嬢だ。
彼女とは幼い頃からの仲なのだが―――私と彼女は決して相容れぬ関係だった。
私は何度も歩み寄ろうとしたが、全て徒労に終わったのだ。私は彼女を愛することが出来ない。
王子という責任のある身でありながら、愛などというものを夢想する私を愚かだと笑うか?
だが、それなくして一生涯を共に歩めるだろうか。私はそうは思わない。
私は妃となるものに、私を愛すること以外何も望まない。地位も名誉も教養も美貌も必要ない。ただ、共に生きる覚悟と愛があればいい。
その愛は必ずしも恋でなくても良い。燃え上がる様なものでなくても良い。
親愛でも家族愛でも良いのだ。
私はただ、愛し愛され、心穏やかにいられる。そんな人を探していた。ただ、それだけだったのに――――
「それで、『美人局』に引っかかり、ここへ捕まってしまったのですか?」
「笑うなら笑え―――!! だって、可愛かったんだもん! 優しくしてくれたんだもん! 私は愛情と優しさに飢えているんだ! 一緒に来て? って言われたらついて行っちゃうだろ―――!!」
「やれやれ。お前、典型的なカモだぞ…」
「分かってる! これまでも両手で足りない程、騙されてきたから分かってる! 分かっていても、信じたかったんだ! 私の婚約者は美人で有能で超金持ちで外面は完璧だけど、内面は私をおちょくっておちょくっておちょくり倒してくる愉快犯なんだ! 騙されて泣く私を両手で指さして腹を抱えて呼吸困難を起こすほどに爆笑する女なんだ! 子供の頃には何度も落とし穴に落とされた! 酷い時には道すがらに5個も穴を掘って次から次へと落とされた! 時には大規模なサプライズの為に国すら巻き込む! 私をおちょくる為には手段を選ばない! そんな面白テロリストなんだよ―――!!」
「王子殿下…」
「私だって幸せになりたい! 幸せになりたかったんだ! うわああああああああん!」
泣き臥せる王子に、牢にいた二人は顔を見合わせる。哀れすぎて言葉もない。
「その、元気出してください」
「やれやれ。元気出せよ」
「ううう…」
「大丈夫です。落とし穴位、よくある事ですよ。僕は10回連続で落とされたことがあります」
「え…」
「え…」
王子が純粋に驚き、やれやれ言ってるもう一人がドン引きしている中、優し気な面立ちの男はどこか達観した顔で言った。
「落とし穴くらい可愛いものではありませんか。僕の婚約者は男爵令嬢なのですが、僕は婚約者の悪戯で猛獣と全力で逃走劇を繰り広げた事も、山賊や海賊と対決する羽目になった事も数えきれないほどあります。何だったら、今ここにいる理由も婚約者のお茶目からです」
「お茶目で!?」
「『ちょっとちょっと、こっちこっちー』と手招きされたので行ったら、意識を失い、気付いたらここへ」
「ちょっとちょっと拉致!?」
「お、お前、まさか…」
王子が目を見開く。
「お前、もしかして――――『オケラ』、か?」
「どういう悪口!?」
「そうです。――――僕は『オケラ』です」
「何で認めたの!?」
「オケラ…! ずっと会いたかったぞ、友よ!」
「え、この人、何で泣いてんの? え、初対面なんだよね??」
「僕もです! ミミズンボ殿下!」
「『ミミズンボ殿下』!? す、スゲェ名前だな…名乗れない訳だよ…」
第三者の突っ込みを聞き流し、ミミズンボ殿下とオケラは固く握手を交わした。
「おお、心の友よ…!」
「魂の理解者よ…!」
「この超展開に全くついて行けない…え、どういう繋がりなの?」
「『婚約者被害者の会』だ」
「『婚約者被害者の会』ですけど」
「オレが言うのもなんだけど、お前ら、人生の伴侶はもうちょっと慎重に選べよ」
「私の婚約者は外面だけは完璧で、問題なのは私個人に対する態度だけなんだよぉぉぉ!」
「僕の婚約者は美人で基本的に親切で優しい性格だけど、無自覚ドSなんですよぉぉぉ!」
「か、可哀想…」
泣き崩れる二人に思わず同情する。
掛ける言葉を探している間に、二人は涙を拭って立ち上がった。
「…ぐすっ、いつまでも泣いている場合じゃないな」
「…うう、そうですね」
「ああ、良かった。立ち直って。元気出せよ」
「ああ! 友と会えたのは嬉しい誤算だが、いつまでもこんな所にいても仕方がない! 脱出するぞ! オケラ! やれやれ!」
「はい! ミミズンボ殿下! 頑張りましょう、やれやれさん!」
「『やれやれ』とは!? まさか、オレの事か!?」
「行くぞぉぉぉぉぉぉ!!」
「おおおおおおおおお!!」
「オレの名前、『やれやれ』じゃな…あの、その………ふぅ、やれやれだ」
牢を破って脱出した三人は、そもそも牢に入れたのが公爵令嬢と男爵令嬢のサプライズだという事を知って膝をつく事をまだ知らない。
【おしまい】
+ + +
【おまけ~その1~】
『やれやれ』を見た公爵令嬢。
「あら? 殿下と仲良くされているあちらはどなた? オケラさんは知っていますけど」
「え、お嬢様が用意された仕掛人では?」
「いいえ? 知らないわ」
「奴隷商を潰して牢を確保した時には既にいましたけど…?」
「お嬢様の仕込みかと思ってそのままにしましたが」
「…………ぶふっ!」
「お嬢様!?」
「何それガチで捕まってた人なの、殿下達と一緒に脱出してきたの、何それ面白い!!」
気に入られました。
+ + +
【おまけ~その2~】
『やれやれ』が牢にいた理由。
「―――アイツは寝たか?」
「ああ。薬でグッスリだ」
「私達を全く疑ってないからね」
「召喚勇者っていうのは呑気なもんだな。我が国に騙されてるとも知らずに…」
「………」
「………」
「………」
「………コイツ、どうする?」
「まぁ、いつも通りならこの後、始末しなきゃいけないんだけど」
「ああ、召喚勇者っていうのは下種で自尊心が高く、戦いが終わったら国にとって邪魔になるからな」
「そうだよな。力を振りかざし、女を侍らせる最低の奴ばかりだったし」
「でもなぁ…」
「うん…」
「………」
「………」
「コイツ、普通にいい奴じゃん?」
「「「それな」」」
「報酬は男女の差別もなく、依怙贔屓もなく、働いた分をキッチリ分けるし」
「無駄遣いもしないし」
「二日酔いの時にも回復魔法掛けてくれたし」
「靴擦れの時も」
「生理痛の時も」
「オレの水虫も」
「夜遊びもしないし、ツインの部屋取った時は当たり前みたいにエキストラベッド使うし」
「4つしかないお菓子は私達に譲ってくれるし」
「やれやれ言ってるだけだし」
「勇者だから言わなきゃいけないみたいな勘違いしてるし」
「そのやれやれも使い方間違ってるし」
「『これはどう使うんだ? やれやれ?』とか言ってたし」
「ただの語尾になってるし」
「………」
「………」
「………」
「………いや、コイツ始末するとか、普通に可哀想じゃね?」
「「「それな」」」
「かといって、国に連れて帰る訳にもいかねぇしなぁ」
―――よし、ここに置いて行こう。
置いて行かれた場所は奴隷商の牢の中だった。仮にも勇者だから、奴隷商を糧に生き残るだろうという悪徳国の悪党たちの斜め上の優しさからである。
奴隷商も『え? あんな奴いたっけ?』とは思っていたが、問い質す前に、公爵令嬢一派に捕まって、牢もサプライズの為に取られた。
そして、『やれやれ』はミミズンボ殿下とオケラという友と出会う。
《人物紹介》
【王子殿下】
不憫。優秀でイケメンだが、いつもSっ気のある女子に引っ掛かる。何だかんだ婚約者の公爵令嬢とは付き合いが長い。いつも泣かされてる。Mの素質あり。不憫。
【公爵令嬢】
優秀で美人な王子殿下の婚約者。自覚のあるドS。楽しいこと大好きで毎日楽しい。王子殿下をおちょくることにかけては他の追従を許さない煽りのプロ。今までに三十五回婚約破棄を切り出されているが、面白すぎるので王子を手放す気は更々ない。
【男爵令嬢】
優秀で可愛い女の子。無意識ドS。田舎にいる婚約者が大好き。だけど、いつも無意識にその婚約者を泣かせてる。公爵令嬢とはソウルメイトになった。
【男爵令嬢の婚約者】
男爵令嬢の婚約者で、裕福な商家の息子。準貴族位。彼女の事は好きだが、泣かされた事は数えきれない。美人令嬢の婚約者で羨まれそうなものだが、周りからは同情の視線を向けられている。
【召喚勇者】
悪徳国に召喚された勇者。利用されて殺されるところだったが、いい子過ぎて悪人の心に残っていた良心を刺激し、生き残る。今後は王子の友人兼、側近となる。勇者はやれやれと言わなければならないという間違った思い込みをしている。