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整理番号 新A77:閉塞を確保せよ!(5)

 欧米人による幾多の日本人批判のうちの一つに、「根治病」というものがある。


 これは、何らかの課題に直面した際に、日本人はあくまでもその課題の根本解決を測ろうとするという民族性を揶揄したものである。

 すなわち、物事の漸進的解決を是とせず、あくまでも完全な解決にこだわるという姿勢は、ある程度の”不愉快”を織り込んで生きている欧米人の目には、あまりにも不合理で奇異に映るだろう。


 準日本人の御岳篤志も、御多分に漏れず”根治主義”の人間であった。


 しかし、彼はそれを省みることはない。なぜなら、中途半端な解決は、改善にすらならないことを、彼は知っているからだ。


 そして彼の憂いは現実のものとなる。




 事故は、再び起きた。










 ある曇った日 ウィンガウルス鉄道 第2・6・7号線 第87番駅


 ウィンガウルス鉄道第87番駅は、6号線と7号線が合流し2号線になる主要駅である。両線ともにサンロード王国史上最高頻度を記録する主要幹線で、第87番駅に発着する列車は膨大である。


 しかしながら、第87番駅はある意味で僻地にある。これは、この鉄道が街道から遠く離れた場所に作られたことに起因する。故に、この駅は荷物の積み下ろしや旅客の扱いは行わず、概して数多の列車が入り乱れる2・6・7号線の調整弁として作用する。

 つまり、この膨大な量の列車を安全に切り盛りするための、管制塔の役目があるということである。


 余談であるが、2号線は帝都サンクトル東側に発着する路線である。また、諸外国へ直通する列車が無いため、帝都方面行を上り、その逆を下りとする。


 今、6号線上り第5143列車が87番駅に向けて走行している。ウィンガウルス鉄道の設備は先進的で、すべての列車の運転台に伝話が装備されている。


 今更ではあるが、伝話は魔法力によって通信を可能にした、無線式通信装備である。同調石と呼ばれる特殊な魔法石を使用し、制度の良いものでは国際間通話も可能である優秀な魔法器具である。当然、電力は使用していない。


 この第5143列車も当然、伝話を装備している。通信士ベルゲスは伝話を用いて、87番駅に列車接近の連絡と、87番駅通過の問い合わせを行った。


「申します申します。こちら第5143列車、第5143列車。まもなく87番駅に進入。通過の許可を申請する」


 このように伝話によって列車と各駅が直接連絡を取り合うことで、円滑な運転を行っているのである。


 それに対する87番駅の返事はこうである。


「こちら87番駅。進入を許可する。通過許可に関しては、しばし待て」


 この時、87番駅は少々困った事態になっていた。


 5143列車が走行する6号線、その路線と合流する7号線に、上り第43列車という列車が居た。この列車は、帝都へ向かう有力諸侯を乗せた特別列車である。

 この第43列車の機関車の調子がわるく、87番駅を前にして大幅な減速を迫られていた。


 さて、第43列車は貴族を乗せた特別列車であるから、5143列車より先に進行させなければならない。

 しかしながらもし43列車がこれ以上遅れるようならば、87番駅としては5143列車を先に通したい。


 この葛藤の中で、87番駅は43列車に対し問い合わせを行った。


「申します申します。こちら87番駅、87番駅。第43列車は応答してください。第43列車は応答してください」


「こちら43列車、43列車。応答できます。応答できます」


「えー、あなたの列車の現状を教えてください」


「修理完了し走行を継続しています」


「了解しました。では、九十キロマイジまで増速し、87番駅を通過して下さい」


「こちら43列車。了解」


 通信によれば、第43列車はこの時点でなんらかの異常を解決し、全速運転に戻っている。であれば、87番駅は5143列車を停止させて43列車を先に行かせる必要がある。


 87番駅は第5143列車に対し、呼びかけを行った。


「申します申します。第5143列車、第5143列車。応答してください」


 しかし、ここで急に伝話の調子が悪くなる。具体的に言えば、通信に酷いノイズが入りはじめた。


「…い、51…3…車です。……できます、応答……」


 通信員は不愉快に思いつつも、通信を続行した。


「えー、あなたの列車は87番駅に停車してください。あなたの列車は87番駅に停車してください」


 しかし、それに対する応答はない。通信員は不安になり、再び通信を行おうとした。その時、5143列車から通信が入る。


「……は、……なんですかね? あ…、……なんですか?」


 通信の様子から、第5143列車の通信士に焦りのようなものが見えた。おそらく、こちらの指示が聞こえずに焦っているのであろうと思った87番駅通信員は、伝話に向かってこう話しかけた。


「落ち着いてください。”大丈夫ですよ”。ともかく、5143列車は停止してください」


 それに対する5143列車の返答はこうだった。


「了解」




 43列車は87番駅に差し掛かる。列車は全速力で駅を通過しようとする。


 駅の構内、43列車が走っていた7号線は6号線と合流する。第43列車は分岐器を越え、ついに6号線の線路と交わった。その時。


 耳をつんざかんばかりの警笛がこだまする。第5143列車である。43列車を待ち合わせるために停車するはずの同列車は、いっさい速度を緩めることなく43列車に衝突した。


 重い機関車と貨車に押しつぶされ、諸侯の乗車している客車は粉々に砕け散った。




 死者53名、負傷者12名。第87番駅衝突事故は、こうして発生した。








 事故は上空を飛行していた治安維持部隊の騎空士団によって即座に確認された。

 騎空士はエスがドラゴンと評した生き物に乗り上空を飛行し、現場の監視や遠隔地への連絡を行うことができる。

 事故は現場上空を飛行していた騎空士団により即座に帝都に通報された。


 帝都は右エ左への大騒ぎになってしまった。先日の事故に続いて、何人もの有力貴族が命を落としたとなれば、それはもうもはや国難である。


 帝都は同日午後には国家非常事態宣言を発令した。また、議会は事故原因の速やかな究明のため、エドワード・ラッセルの出頭を求める方向で一致した。


 余談であるが、ウィンガウルス鉄道を経営するボールドウィン家とサウスサンロード鉄道を経営するブリル家は敵対関係にある。また、サウスサンロード鉄道と協力関係にあるシ=ク鉄道においても、それは同様である。


 今回、この敵味方の垣根を超え、エドワードラッセルは事故調査に招致されることとなった。そのことが、事の重大さを示している。


 夜が明けた翌日、エドワードラッセルの調査は始まった。


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[一言] 次回話も楽しみにしています‼
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