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整理番号 新A75:閉塞を確保せよ!(3)

 近代鉄道は、鉄が電気を通すという性質を利用して興ったものである。


 鉄道を安全に運行するには鉄道創世のかなり初期のころから”電信”が必需であったし、(であるから維新においても鉄道と電信はセットで導入された)、果てには電気そのものを用いてそれを列車の動力とするものまで現れた。


 近代鉄道においては、鉄道と電気は切り離せない。それは市民が創造するよりも、はるかに、真の意味で不可分なのである。



 線路には、電気が流れている。


 にわかには信じがたいが、これは事実である。この狭い日本、線路に電気が流れていない線路を探す方が、実は難しいのである。


 では、何のために流れているのか? その理由は様々あるが、そのもっとも主要な意味合いとしては、それは信号保安の為である。


 鉄でできた線路に電気を流す。その鉄でできた線路の上を走るのは、これまた鉄でできた車輛である。この二つを組み合わせることによって、鉄道信号は動作する。


 とても奇妙なことに、地球における鉄道というものは、電気というものが存在しなおかつその電気を人間が自由自在に操れることを前提として発展し発達した。


 もし、電気が喪われてしまったら?



 照明はガスや魔法でなんとかなった。通信も魔法でなんとかなった。

 では信号保安システムは? 高度で信頼できるシステムにおいて、電気を使用しないシステムは地球上に存在しない。

 つまりエドワードは、御岳篤志は、電気が存在しない世界で鉄道の安全を護る術を知らない。





「というわけなんだ」


 御岳は日本人組合に顔を出すなり、そんなことを言い出した。


「へえ、線路に電気が流れているというのは驚きですね。そう言えば、線路に寝っ転がっていた人が炎上していたけど、そう言う理由だったのかあ」


 ほかの三人がすんなりと納得している中で、田中のこの反応はなかなかに”甲斐のある”ものだった。


「まあ通電していると言うてもやな、通常の環境なら少し触った程度で感電はせえへん。ま、ケッコーな強さの電流がビリビリ流れとるのは事実や」


 御岳がいうより先に、眞弓がそう答えた。


「お詳しいんですなあ」


 御岳がそう言うと、眞弓はニヤッと笑った。


「ええ、そりゃまあ。生きとるうちは”電設”やっとりましたから」


「なんだって!?」


 御岳は勢いよく立ち上がった。おかげでちゃぶ台の上にあった湯呑が吹き飛んでいく。


「ああ、すまん……」


「いえ大丈夫ですよ。それより、電設ってなんですか?」


 畳の上にこぼれたお茶を拭きながら田中はそう言った。


「電設っていうのは、電気設備のこと。ひいては電気設備を扱う人間のことだ。が、眞弓さん、あんたは……」


「関西の方の鉄道で信号関係をいじっとりました。国電さんはあまり触れませんでしたが、まあ信号保安の基礎は世界どこでも同じですや」


 御岳が驚いていると、横から藤居が口をはさむ。


「前の土砂崩れ事故の時に、盛土について助言した人がいたでしょう。あれが彼ですよ」


「ああ! あの時の!」


 エドワードがぶち当たった壁をやすやすと超えてしまった人。そんな者がこの世界にいたらしいことを、御岳は今更ながら思い出した。


「もとは他所の下請けで建設でも土いじりでもなんでもやっとりましたが、バブルを前にして会社がこけましてなあ。最後は細々と電設の下請けでしたわ。まあ、それも楽しかったですけれどねぇ」


「バブル?」


 聞きなれない言葉に眉をひそめた御岳を無視して、眞弓は話を続けた。


「ともかくや。ワイは楽しみにしてますのや。線路の上の人と仕事するんは、エライおもろいでっから」


「いやはや、まさかこんなところでそんな出会いがあるとは……」


 御岳は深く感動してしまった。


 そして思わず、御岳は眞弓の手を取る。


「アンタに会わせたい人がいる」


 御岳はそう言って、その手を引っ張った。











 エドワードは半ば強引に眞弓を機関区まで連れてきた。


「アイリーン! ちょっと来てくれ!」


「どうしたんだい? ……初めて見る顔まで連れて」


 当惑するアイリーンも含めて、その場の全員を機関区の詰め所の空き部屋に詰め込んだ。エドワードはきっちりと施錠をすると、アイリーンの方に向き直る。


「どうしたんだい? ここまでして……」


「アイリーン、実は私と同じ世界、同じ国からやってきた人を見つけたんだ。後ろにいる彼らがそうだ」


 そう言われてアイリーンは、少しだけ驚いた顔をした。


「良かったじゃないかエドワード。それで、君は何をしようって言うんだ?」


「その中の一人が、俺が元いた世界で鉄道信号保安に携わっていた人間だった。もしかしたら、この世界でも俺たちの方法で信号保安が確立できるかもしれない」


 アイリーンの目の色が変わる。その色は、先ほどまでの困惑と驚きの色ではなく、好奇心と期待の色だ。


「話を聞かせてくれ」


 その言葉に、エドワードは深くうなづいた。




「まず、俺たちの世界には電気というものがある」


「それは雷と同じものかい?」


「細かくは違うが、おおむね同じととらえてもらっていい。ともかく、我々はそれを制御して信号保安を行っていた」


 そう言うと、彼女は楽し気に口元をゆがめた。


「情緒の暴走の象徴たる雷を制御する……。科学の人間の考えることは本当に面白いね。それで、それを使ってどのように閉塞を操るんだい?」


「二本のレールがあるだろう。このレールに電気を通すのだが、例えば一本のレールはプラス極、もう片方のレールはマイナス極としておく」


「まった。電気は鉄を通る性質があり、そしてプラス極からマイナス極へ向かうんだね?」


「そうだ。普段はこの二つの線路は分断されているから電気は通らない。だが、もしこの上に鉄の車輪を持つ列車が通ると……」


「……そうか、線路と列車で電気の通り道が構成されてしまうんだね」


 エドワードと眞弓が大きくうなづいた。


「これを軌道回路言います。回路っちゅうのが、まあ電気の通り道のことですわな。そして、例えばここに電気に反応して光る、いわゆる電球みたいなものを仕込んでおくと、列車によって回路が構成されている間、この電球が光ると」


「本物の構造はこれよりもっと複雑だが、おおよその原理はこんなものだ」


「なるほどね。閉塞ごとに線路を絶縁し、その閉塞に列車が進入している間は信号がそれに反応するわけだ」


「その通りだ。理解が早くていつも助かるよ」


 エドワードの言葉にアイリーンは得意げに胸を反った。


「まあ、魔法論者の中でも僕は異端科学主義者だったからね。このぐらいの理解、造作もないことだよ。それはともかく、これはこの世界でどう実現しようか」


「この世界に電気があるかどうか。そしてあったところで我々に制御しきれるかどうか……」


「ちなみに、君たちが制御しうる電気というのはどうやって作るんだい?」


「磁石とコイル……平たく言えば鉄やなんかをぐるぐる巻きにしたものを使う」


「コイルがどんなものかは想像付いたけど、僕はジシャクを知らないなあ」


 コイルを丁寧に説明したエドワードだったが、アイリーンの疑問は以外にも磁石の方にあった。


「ああ、磁石って言うのは、鉄にくっつく奴だ。この世界にはないのかなあ」


「そう言えば見てませんなあ。まあ冷蔵庫がないんであっても困りますけど」


 冷蔵庫に磁石、の意味がいまいちよくわかっていないエドワードの耳に、アイリーンの「あ」という声が入った。


「もしかして、あれのことじゃないか?」


「心当たりがあるのか?」


「ああ。今まで誰も用途が思い浮かばずに無視していたものだ。たぶん、調達はたやすい」


 そう言うと、アイリーンは笑った。


「これは、革命の日も近いかもしれないね」


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