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整理番号 新A07:異世界機関士、エドワード・ラッセル

 朝早く。日が昇ると同時に、その家は動き出す。


「ああ、違うそうじゃない。もっとこう、下から上に掬いあげるようにしないと。そう、そうじゃないと辺りに零れちゃうだろう?」


 まだ薄暗いボイラー前に、御岳の声が響く。小鳥がさえずる声をかき消すように、炎の音と鉄がすれる音がする。


 御岳はそこで、朝から釜焚きに制を出していた。


「あなたのおかげで、発火石の消費量が半分以下になりましたよ。いやぁありがてぇ」


 その横で、御岳にへこへこ頭を下げる男が居た。男の名はゲラルド・フィンチ。この屋敷の釜焚きを取り仕切る棟梁である。

 そして先日、御岳がコテンパンにした大男でもある。あの件以降、ゲラルドは妙に御岳に対して腰が低かった。


「本当にありがたいですよ。あれ以降、ゲラルド統領は我々に当たり散らさなくなりましたから」


 火夫の一人がそう言って笑った。ゲラルドは頭をぽりぽりとかくと、反省しているかのように御岳に頭を下げる。


「こいつらに、どうにかして居場所を与えてやんなきゃって、焦ってたんでしょうなぁ。いや、本当に反省しきりでさぁ」


「こいつらが奴隷だったのを、あんたが引き上げたんだっけか?」


「ええ。隣国の奴隷商からまとめて買い上げましてね。特にミヤなんかは、性奴隷として売られていましたから、こりゃあ何とかせんといかんと思いましてね」


「ミヤ?」


「ああ、この間、あなたが釜焚を最初に教えた女の子ですよ。覚えておいででしょう? ああ、噂をすれば来ましたよ」


 ゲラルドが言うと、向こうから少女がやってきた。その少女は紛うことなく、御岳と共に釜焚きをしたあの少女だった。


「あの……その時は、ありがとうございました」


 少女は御岳の姿を認めると、深々と頭を下げた。御岳はそれを見て、こちらこそと頭を下げた。


「君こそ、色々教えてくれてありがとう」


 御岳がそう言うと、ミヤは屈託のない笑みを見せた。そんな笑顔を見て、御岳はつい呟く。


「こんないたいけな子を、ですか」


「ええ、そうです。いや、むしろ、だからこそでしょうなぁ。人間はいつの世も、汚い。そして、それは一面でしかたがないことでもある」


 御岳は哀しくなってしまった。異世界でも人間の業が変わらないことに、絶望にもにた思いに駆られる。


「あの子は最初、なにも出来ない子でした。読み書きすらできんのです。だからせめて、釜焚きぐらいできるようにさせておこうと思ったんです。もしこの家になにかあったとしても、そして私の身に何かあったとしても、釜焚きができる人材を売春宿に送る者はそうそういないはずですから」


 しかし、とゲラルドは続ける。


「私は焦ってしまったのでしょうなぁ。そして、私自身にも能力が無かった。いや、本当に貴方には気づかされました。教育とは、意味と理論が無ければならないのだと。私はこれで、彼らにやっと居場所を作ってやることができます」


 ここ数日のやり取りで、御岳のゲラルドに対する評価は各段に上がっていた。


―――仲間思いの、良い男じゃないか―――


「と、いうわけで、私もひと汗かいてきます。やはり、後ろで小うるさく言っているだけではダメですな」


 ゲラルドは上着を脱ぎ捨てると、そのままボイラーの方へ向かっていった。御岳は、その後ろ姿を頼もしく見守っていた。


―――しかし……―――


 御岳は物思いにふける。居場所、という言葉がひっかかったのだ。


―――俺の居場所、とはなんだろうか―――


 なんだか急に、御岳はこの世界にたった一人できてしまったという恐怖に駆られてしまうのである。

 もし、拾われたところが悪かったら、もっとひどい人生が待ち受けていたかもしれない。いや、むしろこの先の人生にそんなことが待ち受けているかもしれない。


 いったいそんな人生で、どうやって勤めを果たせばよいのだろうか。


 御岳の頭の中で、あの天女の声がぐわんぐわんと鳴り響く。


「どうしたのかな? そんなに怖い顔をして」


 その時、シグナレスが話しかけてきた。彼女はそんな御岳の隣に腰かけた。


「まさか異世界から来た君に、ボイラーを扱う能力があったとはね。最初に君が駆けだした時はびっくりしたよ。それで、何か悩み事かな?」


 彼女は声を潜めてそういう者だから、御岳もつられて声を潜めてしまった。


「この世界に来てから数日が立つが、だんだんと落ち着いてきてな。そうすると、いろんなことを考えるのさ。例えば……、この世界で私は何をしたらよいのだろう、とか」


 そんなことを言う御岳を、シグナレスは意外なものを見るような目で見つめた。


「私はここでずっとボイラーをやってくれるのでも構わないわ。それじゃイヤ?」


 あっけらかんとした顔でそう聞いてくるものだから、御岳はつい口ごもる。


「ああいや、本当にそれでいいのかと。もっとこう、この世界の為に尽くせないかと考えていたんだ」


 その言葉を聞くと、シグナレスはにんまりと口をゆがめた。そして、御岳の耳元に口を寄せた。


「実はね、その言葉を待っていたの」


 シグナレスは御岳の手を取り、急に立ち上がる。


「ついてきて!」


 御岳はあっけにとられながら、シグナレスについて行った。










「私、釜焚きを必要としていて、もっとこの世界の役に立てるところに心当たりがあるの」


 シグナレスはそう言いながら御岳に服を着せた。それはまるでアメリカの職人が着ている作業着のような何かだった。


「私は今からそこに行くのだけれど、貴方にも来てもらうわ」


「もっと貢献できるところ? いったいどんな……」


 言い終わる前に、シグナレスの細くしなやかな人差し指に口をふさがれてしまった。


「それはついてからのお楽しみ……。なぜなら、私の言葉で説明しきれるかわからないから」


 彼女はそう言いながら、私に青い作業帽をかぶせた。


「服装はそれでよしっと。じゃあ、今から大事なことを言うからよく聞いてね」


 シグナレスは御岳の服装を整えると、急に真面目な顔になった。御岳もつられて真面目な顔になる。


「申し訳ないのだけれど、貴方にはこれから名前を変えてもらうわ」


「なに、御岳じゃダメなのか?」


 御岳は不満げに眉を顰める。それを見て、シグナレスはそれを手で制した。


「ミタケっていう名前は、ちょっとこの世界では悪目立ちしちゃうかな。すぐに異世界から来た人だってバレちゃう」


「バレちゃいけないのか?」


「一応、この国の決まりでね」


 そう言うと、シグナレスは小洒落た引き出しからそれには似つかわしくない大きな本を取り出してきて、あるページを御岳に見せた。


「ダクターなど世界来訪者の保護に関する約定……」


「第一条、この世界に異世界より来訪した者をダクターと呼称する。飛んで第四条、ダクターを保護したものはその心身の防護のため、この世界における身分と地位、名前を与えなければならない」


 御岳の言葉を引き取って、シグナレスが条文を読み上げた。


「なるほど、法律でそう決まっているんだな? しかしなぜだ」


「ねえ、もし全国民の食料を一気に生産できる機械があったら、世界中の国々はどうするかしら?」


 シグナレスは御岳の問いかけを無視してそんなことを言い出した。


「世界中の国々は軍事力を以て奪い合うだろうな」


 御岳は何を言っているのかと思ったがそのまま付き合うことにした。すると、シグナレスは挑戦的な表情になる。


「じゃあ、それが機械じゃなくて、歩いて動く人だったら?」


 そこまで言われて、御岳はやっと気が付いた。


「利権、なのか。そのダクターとやらは」


 シグナレスは満面の笑みになった。


「ええ。貴方を含めて、ね。過去には高性能火薬を生み出す能力があったはいいけれども、自らをダクターだと公言したせいで隣国に拉致され、そのまま帰らぬ人になったダクターがいたわ。その人の話、もっと詳しく聞きたい?」


「いいや、結構」


 御岳は、自分には世界が喉から手が出るほど欲しがるような技術はないと思っている。が、「ダクター」というだけで自分を求めてくるような者の存在は容易に予見できた。

 危ない橋は渡らない。安全学の基礎の基礎である。


「この名前を変えなくてはならないことは理解できた。じゃあ、私の新しい名前はなんだ?」


 御岳の問いかけに、シグナレスは一枚の紙を渡すことで答えた。


「エドワード・ラッセル?」


「そう。それが貴方の新しい名前。エドワードは、幸せを護る者という意味」


「じゃあ、ラッセルは?」


「私とお揃いにしたの。イヤかしら?」


 シグナレスの物言いに御岳はついつい吹き出す。


「これ、察するに家名だろう? 嫌とかそういう問題じゃなくて、いいのか?」


「ダクター等保護法第四条。ダクターには相応の身分、地位を与えること。それとも、子爵の位では不満?」


「……やっぱり貴族だったか。お家騒動は勘弁だぜ」


「前向きに頑張るわ」


 御岳は憎まれ口を叩きながらも、自分の名前が書かれた紙をポケットにしまった。


「エドワード・ラッセルね。つまり、あんたとは今日から家族ってことだ」


「そうよ。私はシャーロット・G・ネヴィン・ラッセル。ラッセル家当主。よろしくね」


 御岳は内心面倒だと思いつつ、シグナレスの手をきちんと握った。










 出かけるから先に荷馬車のところに行っててくれ、というシグナレスの言に従い、御岳は先に荷馬車の方へと向かった。

 その途中で、ミヤとばったり出くわした。


「おう、ミヤ。どうしたんだ?」


「午前の分の働きが終わったので、休憩をするところです」


 その顔は、真っ赤な粉で汚れていた。御岳は持たされたハンカチでその顔を拭ってやる。


「そういえば、ミヤはまだ貴方のお名前を聞いていません」


 ミヤは顔を拭かれながらそんなことを言い出した。御岳もハンカチをしまいながら、すっかり忘れていたことを思い出した。


「そうだったな。俺の名前はみた……」


 そこまで言いかけて、後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると、笑顔のままその可憐な顔に似つかわしくない雰囲気を醸し出しているシグナレスがいた。


「『エドワード』、どうかしたの?」


 そう言われて御岳、いや、エドワードは急に我に返る。そしてシグナレスにごめんごめんと手刀を切りながらミヤの方へ向き直った。


「俺の名はエドワード。よろしくな」


 エドワードはミヤの手を取る。その手はほんのり暖かかった。

 後ろでシグナレスがほっと胸をなでおろしているのが見える。


 その時、ゲラルドがやってきた。


「兄さん、お出かけですか」


「ああちょっとな。これからシグナレスに連れられて釜焚きの現場に行くらしい」


「へえ、そうですかい」


 ゲラルドはちょっと変な顔をした後、何事かに思い至ったような顔になった。


「なら、ミヤを連れて行きませんか。きっとはじめての時みたく、兄さんのお役に立つでしょう。それに、ミヤにも外の景色を見せてみたくって」


 ゲラルドがそう言いだすと、シグナレスは柔和な顔になった。


「ゲラルド、本当に変わったのね」


「ええ。彼をここに連れてきたのはお嬢でしょう。彼のおかげで、私はやっとお嬢が言いたかったことがわかりましたよ」


 それを聞いて、シグナレスは満足げだった。


「良いわ。ミヤも連れて行きましょう。いいかしら?」


 ミヤはこくこくと頷いた。


 エドワードはちょっとした不安とそして希望と共に、荷馬車に乗り込んだ。

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