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整理番号 新A62:鉄路に臥す(バフロス貨物線脱線事故9)

 エドワードの姿は、スイザラス鉄道第二機関区にあった。


「ここが、事故に遭った乗務員が所属していた機関区か」


「ああそうだ。っとと、その前に」


 ここまで案内をしてくれたアリアル卿が、一つ確かめたいことがる、と言い出した。


「君はこの事故をどう見る?」


「速度超過による脱線事故と考えている」


 エドワードはそう断言した。


「なるほど。それで、これからなにを?」


「事故の根本原因を探す」


 エドワードはそう言って、機関区へと姿を消した。










 エドワードを出迎えたのは、機関区長だった。


「これは事故にあった機関車と同じものです」


 その機関車は本線用の低速型機関車だった。エドワードは細部をよく観察する。


「ずいぶんと古そうな機関車ですな」


「ええ。もう五十年は使っておりますが、丈夫なものです。最高速度こそ不満ですが、制動力と牽引力は、ほかの機関車に引けを取りません」


 彼はそう言って胸を張った。


―――古老の貨物専用機……。まるで9600形蒸気機関車のようだ―――


 その機関車の威容に、エドワードは国鉄傑作機関車の姿を重ねる。


「貨車にはブレーキが付いておりません。だから、この機関車だけで全ての制動力を確保しなければならない……。この機関車は特殊な魔法回路を用いて、蒸気ブレーキによる強力な制動を確保しています」


「蒸気ブレーキは扱いの難しいブレーキと聞きます。その魔法回路とやらでなんとかしたんですか」


「ええ、さようでございます」


 そういわれて、エドワードはアイリーンを連れてこなかったことを後悔した。彼女がいないと、エドワードは魔法のことがさっぱりである。


「当時の積荷は?」


「爆発石、というものを大量に」


 彼はそう言って帳簿を差し出した。


「爆発石は、発火石を空気に触れさせないようにしたまま魔法を加えることによって生成される魔法石です。魔法や火を与えると、とても強く燃焼しますが、爆発の威力そのものはあまり強くありません」


 そういって、彼はエドワードに爆発石を渡した。


「おっと、発火石より重いんですな」


「ええ。魔力が込められている分、重くなります。この爆発石は製鉄時の脱酸などに要するのですが、いやはやドルジ王国でしか生産できないのですよ」


 彼はそう言って爆発石についての説明を続けようとした。エドワードはその話を遮った。


「失礼。この爆発石を運ぶ列車は、上層部から特別な命令などは受けていましたか?」


 エドワードの言葉に、彼は困ったような表情を見せた。


「いいえ、特には。上層部連中は、あまり貨物に興味はないと思いますので」


「では、上層部の意向において、何か不審点や不満点は?」


 エドワードは畳みかけるようにそう問い詰める。その言葉にも、彼は首を振った。


「いえ、特にはありません」


「匿名性は担保します。私になら、何を言っていただいても構いません。どうか、信用してはいただけませんか」


 エドワードはなんとかして、彼の口から運営への不満を引き出そうとした。だが、それへの返事はどうやっても否だった。


「エドワードさん。何か勘違いをされているかもしれません。確かに、第三機関区や第一機関区は、手ひどくやられているという話を耳にします。失敗すると牢屋まがいの営倉に入れられるとか、酷く叱責されるとか、そういう話は聞きます。ですが、うちは貨物専門の機関区です。そんなことはありません」


「私は運営から送られてきた者ではない。あくまでも私的に調査しているだけにすぎんのですよ。どうか信用していただけませんかね」


 エドワードはなおも食い下がった。区長はそんな彼を、にべもなくあしらう。


「ないものは、ないんです」










 エドワードは自室でずっと机にかじりついている。書いているものは報告書ではない。第二機関区の人間に向けたアジビラ、すなわち決起を煽るための広告だ。


「エドワード、入るよ」


 アイリーンが中に入ると、そこには尋常ではない目つきでそれを書いているエドワードの姿があった。


「おう、アイリーンか。ちょっとまってろ」


 エドワードは彼女に目を合わせることなく、そう言った。


「何を書いているんだい?」


「アジビラさ。明日、第二機関区にもう一度行って、機関士たちの決起を促す」


 彼はそう言いながら、ガリガリと紙にペンを刻んでいた。


「どうして、そんなことを」


「区長に聞いても、機関士に聞いても、みんながみんなして運営に問題はないとぬかしやがる。そうとう上から圧力をかけられているに違いない」


「そうじゃなくて、僕らのやるべきことは……」


「アイリーン、ちょうどよかった。アジテーションのための文句はどっちがいいと思うかい? こういうプロパガンダは簡潔でまとまりがいいほうが良いと思うんだ。片方は『当局による不当支配を赦すな!』で、もう片方は『鉄道労働者は立ち上がるべきである』なんだが、どちらが……」


「エドワード! 僕の話を聞けよ!」


 乾いた音が、部屋に響く。エドワードは驚いて、ペンを取り落した。


「エドワード、今回の君は変だ。それも、致命的に悪い方向に、変だ」


「俺は、俺はいつも通りだ……。これが俺の本性で、闘争こそが俺の……」


「そういうことを言っているんじゃない!」


 アイリーンは泣き出しそうな顔になりながら、ミヤの書いたスケッチを見せた。


「なんで今回の君は、これを見ようとしないんだ。現場を見ようとしないんだ。現場百回は、君が言った言葉だろう!」


 彼女はアジビラをつかんで放ると、机の上にスケッチを叩き置いた。


「見ろよ! これで真実に気が付かない君じゃないだろう!」


 彼女はスケッチの中にある、ある一点を指さした。その瞬間、エドワードの顔面が蒼白になる。


「脱線の方向が、逆だ……?」


「君は、この脱線が速度超過によるものだと考えたんだろう。僕もそう考えた」


 だがしかし、そうではない。それは、その証拠があまりにも雄弁に語っていた。


「カーブで脱線する場合、それはだいたいにおいて遠心力に列車が負けて脱線する。そして今回の場合、列車は線路の外側に投げ出されているはずだ」


 改めてスケッチを見る。機関車は、線路に直行するようにして横たわっていた。


「機関車も、後ろの貨車も、線路を中心にしてあちこちの方向に散乱している。特に機関車は、通常の乗り上げ脱線では考えられない位置にある」


「じゃあ、これは……」


 エドワード、ここでやっと自らの間違いに気が付いた。


「座屈脱線。当然、君も気が付いたはずだよね」


 座屈脱線。日本国鉄においては、ここまでの大型事故としてはあまり類を見ない事故である。


 自動車用語でいえばジャックナイフ現象。つまり、急ブレーキをかけた際に、後部が跳ね上がってしまう現象である。


「そうか。先頭の機関車は強力なブレーキを採用していた。そして後部の貨車にはブレーキが付いていない。だから、ブレーキ力の均衡が崩れて、脱線したんだ」


 エドワードはそう言いながら区長に提出された資料をひっくり返す。


「爆発石は非常に重い物質だ。資料によれば、爆発石を満載した貨車が五十両とその他の貨車が数両。これだけ重量のある貨車が後ろにぶら下がった状態で、先頭の機関車がブレーキを行えば……。ああ、そうだったんだ」


 エドワードは愕然とした。そして、目の前にあるビラを破り捨てる。


「俺は馬鹿だ。急カーブにブレーキが不均衡な列車が進入すれば、座屈脱線が発生するであろうことは目に見えているのに。なぜ気が付かなかったんだ!」


 一目見れば、わかるはずのことだった。少なくとも現場を見て、そして資料をしっかりと見れば、かならず気が付いたことである。

 だがしかし、エドワードは気が付くことができなかった。


 彼の目は、信じられないくらいに、曇っていた。




 アイリーンはやさしい声色で、頭を抱えるエドワードにそっと語りかけた。


「君をしばりつけている鎖は、どこにあるんだい?」


 彼女はエドワードの顔を、自分のほうに向けさせた。


「僕は、今回の君が前世の因果に囚われているように見えて仕方がない。なあ、いい機会だ。教えてくれないかい」


 彼女はそう言って、頬のそっと触れた。


「本当の君を、ここに来た意味を、教えてほしい」


 エドワードは、ぐっとつばを飲み込んで、一言だけ発した。




「私は、妻を殺した」

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