整理番号 新A61:鉄路に臥す(バフロス貨物線脱線事故8)
アイリーンは未だ、現場にいた。
「現場百篇、は君が言った言葉じゃないか」
彼女はそう言いながら線路の一本一本を見て回る。
ボルトに歪みはないか。線路の破損具合はどうか。線路は適切に整備されていたのだろうか。それを見て回るが、なにぶんアイリーンはこの手のことには門外の女である。
彼女は何もわからず、ただほぞをかんだ。
「やっぱり、ここにはもうなにも無いのかな」
彼女はそうこぼしながらその場にへたり込んだ。
「この事故は、どんな事故だったのでしょうか」
ミヤはその様子を見て、気分を変えるようにそう言った。彼女の言葉に微笑みを返しながら、アイリーンは考えを巡らせる。
「現場は緩い下り坂の後のカーブ。きっと、下り坂で速度を出しすぎて減速が間に合わなかったんじゃないか。って、僕は思う」
「速度を出しすぎて、脱線……」
「ああ。たぶん、エドワードもそう考えているんじゃないかな」
アイリーンがそう言うと、ミヤは顔をこわばらせた。
「……あの事故と、同じですね」
ミヤの脳裏にあるのは、開拓列車脱線事故である。あの事故も速度の制御を喪失した列車がカーブに差し掛かり、脱線した。
「そうだね。そして、あの事故は鉄道支配者の杜撰な管理体制が原因で起きた事故だった」
アイリーンの言葉に、ミヤはうなづく。
「では、エドワード様は、この事故も同じように、スイザラス鉄道幹部、つまりエスパノ家の方々の杜撰さが招いた事故であると……?」
「たぶん、そう考えているんだろう」
彼女はそう言った後で、エドワードの言葉を思い出す。
「ボイラー爆発事故の時も、彼はスイザラス鉄道の危うさを指摘していた。だから、彼の考えていることもわかる。だけど、だからこそ……」
彼女は悔し気な表情を浮かべた。
「現場の証拠が大事なんじゃなかったのか……!」
アイリーンは一介の機関士だ。運転には詳しくとも、線路のことなどわからない。
アイリーンは鍛冶師でもある。だから線路に使われている金属のこととか、ボルトやナットに使われている金属については、エドワードより高い知識があるだろう。
だが、所詮は釜の上の女なのである。それが鋼でできていることは分かっても、だからなんなのだということまではわからない。
彼女には、レールも、それをつなぎとめる板も、ボルトも、ナットも、釘も、すべてが正しい材質で造られていることぐらいしか、わからない。
それが何を意味するのかを、アイリーンはわからない。
だがふと、その時ある違和感が彼女の後頭部を衝撃した。
「あれ? 何かがおかしいぞ?」
その違和感はどんどん大きくなっていく。アイリーンは何かの糸口を見つけたような気がして黙り込んだ。そんなアイリーンにミヤが話しかける。
「アイリーン様?」
「ミヤちゃん、事故現場のスケッチを見せて!」
アイリーンの剣幕に驚きつつ、ミヤは列車の残骸がまだ散らばっている時のスケッチを見せた。それを見たアイリーンは、あることに気が付いた。
「やっぱりそうだ……!」
違和感が、確信に変わった。




