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整理番号 新A60:鉄路に臥す(バフロス貨物線脱線事故7)

「じゃあ、東ガリフール駅には、生徒たちは近づかないんだ」


 エスはガリフル学園で聞き込みを続けていた。被害に遭ったカリヤル嬢はどんな立場の人間だったのか。そして、カリヤル嬢と運命を共にしたハルミンという少女は、いったいどんな人物なのか。


 謎は尽きることがない。この事故は、事故の枠を飛び越えて不可解であった。


「東ガリフール駅は使用人たちが使う駅でしょう。私たちは近づくことすらないわ」


 カリヤルと同級生だという女学生はそう話した。


「じゃあ、カリヤル様ってどんな人だった?」


 彼がそう聞くと、女学生は沈んだ顔になった。


「とても素晴らしい人でしたわ」


「それは君から見ても?」


「もちろんですわ! カリヤル様は、この学校の生徒全員の憧れですもの」


 彼女の筆舌は止まらない。カリヤルがどれだけ素晴らしい人物であるかを、彼女は滔々と語り続ける。


 終いに、彼女は泣き叫びながらカリヤルへの憧憬を語り始めた。それはもう言葉の体を成しておらず、エスはカリヤルがとても素晴らしい人だったということだけをメモにとった。


「じゃあ、ハルミンさんはどういう方だった?」


 肩で息をする彼女に、エスは続けてそう問いかけた。すると、彼女は涙を吹きながらきわめて冷静に答えた。


「彼女は平民でした。が、そんなことを忘れさせるぐらいに優秀で、誰も彼女に血筋が無いことに気が付かなかったでしょう。彼女が死んでしまったことも、とても悲しいことですわ」


 エスはその言葉を、額面通りに受け取ることはできなかった。




 それからもエスは何人かの生徒に話を聞いて回った。だが、反応は男も女も同じようなものだった。


 しかし、ある程度聞き込んだところで、あからさまにハルミンのことを悪く言う学生と立て続けに遭遇した。

 そして、彼らは絶対にカリヤルの悪口だけは言わなかった。


 エスは、それが家柄への配慮かと思っていた。だが、そうでないことは聞き込みを通じて徐々に明らかになっていった。


「あのおばさんから、よくもまああんな人格者が生まれたものだよ」


 なんてことをいう人間すらいた。


 エスは実態がよく呑み込めずにいたが、それはある一人の証言で明確になった。


 その一人とは、構内でやたらと生徒に声をかけていた不審者たるエスを、校舎から追い出そうとした生徒会長だった。


 その生徒会長は凛々しい女性だった。


「あの二人は、少し込み入った話のある人間です」


 彼女は開口一番にそう言った。エスは真意がわからず、気持ちの上でたたらを踏んだ。が、それはすぐに解消される。


「端的に言えば、彼女たちは愛し合っていました」


「それは、友愛ですか」


「いえ、性愛でしょう」


 彼女はそう断言した。それが、エスにとっては驚きだった。


「カリヤルさんはこの学校において、羨望の対象です。男女問わず、誰もが彼女を愛し、そしてともすれば邪な感情を抱いたことでしょう。それは、彼女が誠実で実直な人間だったからにほかなりません」


「しかし、ハルミンさんはそうではなかった?」


 エスの言葉を、彼女は即座に否定した。


「ハルミンさんもそうでした。彼女は優秀で、それでいてとても知識に対し謙虚だった。だから、あの二人はお互いに惹かれ合ったのだと、私は思います」


「なら、なぜ疎まれたのです?」


 彼女はそう問われてしばし黙り込んだ。彼女はふいに立ち上がると、自分でお茶を淹れて、それを口に含む。

 しばらくしてから彼女は、その口をやっと開いた。


「彼女は平民でした。家柄も、今までの関係も、あまつさえ性別さえも全て乗り越えて、カリヤルへと取り入っていく彼女を、ほかの者達は許せなかったのでしょう。事実、私もこの胸に釈然としない気持ちを抱えたことがありました」


 彼女はそう白状した。そのあとで、言い訳のように言葉をつなぐ。


「彼女たちの愛は、少し悲壮感が漂っていたようにも思います。特にハルミンの愛は、状況が悪くなればなるほど、偏執的に、深く苦しいものになっていました。それが、彼女が不況を買った要因の一翼を担ったのかもしれない。事実、私もあの二人を引き離したほうがよかったのではと、なんども悩みました」


 そう言い切った後で、彼女は小さく首を振った。


「ですが、それは彼女たちの良心の範疇でありましょう。私がすべきことは、悩みに明け暮れる彼女たちの影から、支えてやることであったと、今となっては思います」


 彼女はか細い声で、そう言った。そのあとで、彼女はこんなことを言い出した。


「しかし、あの日の彼女たちの表情は、ここ最近見ることがなかったほど、とても晴れやかでした。それを見て、我々は安心と共に少しの嫉妬心を覚えたものです。今となっては、その感情すら私を切り刻む凶器でありますが」


「顔が、晴れやかだった」


「ええ、とっても。私があの時見たあの笑顔と、まったく同じでした」


 そういって、彼女はかみしめるように目をつむった。その表情からも、彼女のカリヤルへの想いが察せられる。

 しばらくして、彼女は刮目した。


「記者さん。あなたにおねがいがあります。どうか、彼女の無念を晴らしてやってください。彼女たちは、これからの人生を幸せに生きる権利があったはずだ」


 彼女はそう言いながらほぞをかんだ。


「手前勝手は重々承知。それでも、私はそう思わずにはいられないのです」


 その言葉に、エスは短い言葉で返した。


「大丈夫ですよ、必ず」

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