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整理番号 新A59:鉄路に臥す(バフロス貨物線脱線事故6)

 エスパノ本家に足を踏み入れた瞬間、金切り声がエドワードの耳をつんざいた。


「どうしてあの子が死ななければならないのかしら? ねえおかしいとは思いませんこと?」


 ウサス・エスパノ家の夫人であるキーン・エスパノは半狂乱になりながらそう叫んだ。


「あの子は評判も良く将来が約束された子だったわ。あの子が死ぬなんて、陰謀以外に理由が考えられるかしら? 納得のいく説明をしてくださる?」


 その言葉にエドワードが答えようとする前に、エスパノ夫人の付き人がいきなり立ち上がり、エドワードの目前で一席をぶった。


「私の推理によればこうです」


 彼はそんなありふれた推理小説のような言葉を吐きながら、推理という名の陰謀論をエドワードに聞かせる。


「あの日、カリヤルをさらった犯人は人気のない東ガリフール駅のプラットホームに彼女を立たせた。おそらく、屋根の支柱にでも彼女をくくりつけたのだろう。そして線路に細工を施した。そこへ何も知らない貨物列車が飛び込んできて、脱線。ホームにいた彼女は殺害された」


 彼は自信満々に推理を披露すると、エドワードに向き直る。


「この完璧な推理を、あなたは崩せるというのですか?」


 エドワードはめまいがする思いだ。だが、ここでひいては国鉄マンが聞いて呆れる、とばかりに、エドワードはそのこぶしに力を込めた。


「まず、被害に遭ったのは、彼女だけではない。もう一人犠牲者が居たそうですが」


「きっと誘拐現場を見られたかなにかでしょう。彼女は不幸にも巻き添えを食ったのです」


「現場の遺体からは縛ったような痕またはロープは検出されなかった。そして、当該駅のプラットホームには屋根はない」


「では、弓矢か何かで彼女たちを脅していたのでしょう」


「列車に轢かせるのであれば、ホームに立たせるなんてことをせず、線路にでもしばりつけて置けばよかったでしょう」


「きっと、事故に偽装したかったのでしょう。それか、あの鉄道を所有する我々への挑戦、当てつけ。いくらでも理由はあります」


「そもそもとして!」


 ああ言えばこう言う、そんな彼に嫌気がさしてついエドワードは声を荒らげる。


「線路には細工の痕跡はありませんでした。これだけで、本件は事故であると断定できます」


「嘘をおっしゃい!」


 エスパノ夫人はキーキー声で怒鳴る。


「そんなこと、どうしてわかるのですか? 現場はぐちゃぐちゃだったハズでしょう。あの瓦礫の山から、どうしてそんなことが……」


「証拠を見れば分かるんだ!」


 エドワードは彼女をにらみつける。


「線路に細工をしたなら、必ず細工をしたという証拠が残る。釘を抜いたなら、不自然に釘が抜けている箇所が必ずある。ボルトを緩めたり抜いたりしたなら、必ず破断面に不自然な点があったり、ボルトの数が合わなかったりで分かるんだ」


「そんな……」


 エドワードの言葉にエスパノ夫人は言葉を失いかけた。そして、ぽつりとつぶやく。


「これじゃあ、我が家の尊厳が……」


 この一言にエドワードの火が付いた。やっぱり、それが問題の根幹なんじゃないか。娘を失った悲しみから言葉が紡がれているんじゃない。一族の体裁のために彼らは狂言を演じているんだ。

 そうエドワードが理解した瞬間、彼の頭は沸騰する。


「それが貴様の本音か!」


 エドワードはエスパノ夫人につかみかからんばかりの勢いだ。その勢いをそいだのは、ウサス・エスパノ家の主人だった。


「あー、いやはや、少し勘違いをしておられるかもしれない。ねえ、ラッセル卿」


 彼はわざとらしく家名でエドワードの名を呼んだ。


「勘違い?」


「家内はただ、娘を亡くしたその理由を知りたいのだよ。それ以下でもそれ以上でもない。そして、それは我が一族の統一した願いでもある。どうか、この本懐を遂げる手伝いを頼みたい」


 彼は不気味な笑みを浮かべてそういった。


「さて、話はこれぐらいでいいだろう。引き続き、捜査をよろしくお願いするよ、エドワード君」


 さあ、アリアル。彼を送ってあげなさい。その一言でその場は終わった。


 アリアルが用意した帰りの馬車の中でエドワードは炎を燃やしている。それは、あまりにも強すぎる感情の炎だった。


「他国か有力者に嫁ぐはずたっだ娘が、自分のとこの鉄道に轢かれて死んだ。これでは、体裁が悪い。だから、事件または不可抗力の事故として処理をして、メンツを保ちたいんだ」


 頭の中で、この事故の筋道を立てる。エドワードは、この事故がスイザラス鉄道の風土・気質が原因で発生した事故であると決めてかかる。


「絶対に、化けの皮をはがしてやる」


 そんなことをつぶやきながら、馬車は東へと向かった。

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