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整理番号 新A58:鉄路に臥す(バフロス貨物線脱線事故5)

 列車”だったもの”が、人馬の力でひとつひとつよけられていく。すると、その下から真新しい線路が見えてきた。


「やっぱり、残骸に削られてだいぶ損傷しているね」


 アイリーンは心配そうにそうつぶやいた。


「しかし、証拠は集められる」


 エドワードはそう言うと、線路を触りながら指摘した。


「線路はしっかりと固定されている」


 線路は一本二十メートル弱。それがお互いに連結され、長い長い二条の軌道になる。エドワードがそれを見る限りでは、それは確かに連結を保っていた。


「確かに、接続ボルトは損傷しているがきちんと形を保っていて、抜かれてはいない。犬釘も無事だ」


 アイリーンもその見解を追認した。ギムリーは食い下がる。


「置き石の可能性は? それでも脱線するのでしょう」


「もし置き石が原因だとすれば、置かれたその石が残っているはずだ。ここまで大きな脱線を引き起こすものだと、たとえ損傷していたとしても原型を保っているはずだ」


 エドワードは機関車の残骸があったあたりに移動する。


「やはりどこを見てもその様な痕跡は見受けられない」


 ギムリーはここで反論をやめた。彼は少しすっきりとした顔で、エドワードに握手を求めた。


「ありがとう。そこまでわかれば十分です」


「本当に?」


 これは事件ではない、という結論を自分で出しておきながら、エドワードはちょっと心配になった。


「ええ。ま、ちょっと報告には手間取りそうですが……。いやはや、どう報告したものか。しかし、これはこちらの事情だ。ここからは私が何とかしましょう。ご協力、ありがとうございました」


 ギムリーは頭を下げる。その顔は、言葉とは裏腹に少しホッとした様子だった。










 エドワードは引き続き事故の調査を行う。まだ、この脱線が”事件ではない”ということ以外に、判明したことはない。


「事故の背後関係を調べたい。この列車について、もう少し詳細に調べてみる必要がある」


「背後関係、というと……」


「乗務員はどこの機関区に所属するどんな人物だったのか。そして、その機関区の雰囲気は。脱線したこの列車はどんな意味合いを持った列車だったのか。まずはそこから当たってみよう」


 エドワードの言葉に、アイリーンは釈然としない。


「現場はもういいのかい?」


「ミヤが記録を取った。もう十分だ」


「そんなことはないだろう。たとえば、ただの脱線事故でなぜここまでの大爆発になったのか、とか、いろいろと調べることはあるだろう?」


「それに関しても、保存した残骸を持ち帰って調べることぐらいしかできん。今はとにかく前へ進むべきだ」


 エドワードはそういうと、とっとと現場での調査を切り上げた。




 エドワードは帝都で捜査をしていたエスと合流した。そこで、エドワードは不可解な情報を耳にする。


「変な話だな、それは」


 エドワードが引っかかったのは、犠牲になった女学生の親が昨夜から本件事故の事件性を強く主張していた、という証言である。


「まだ自分の娘が事故に巻き込まれた、という確証もないうちから、彼らはそんなことを騒ぎ出したのか」


「ああ。勝手な感想なのだが、なんだか”クサイ”んだよなぁ、あの親御さん」


 エスの言葉に、エドワードは大きくうなづいた。


「以前、別の事故で相対したことがあったが、あれは典型的な貴族しぐさをする奴らだった。これは何かを隠しているぞ」


「隠してるって、なにをさ!」


 アイリーンはいさめるような口調でエドワードに詰め寄った。


「なあ、これは確かに悲惨な事故だ。そう、君が言ったように、これは事故なんだよ。なんで貴族階級のゴシップに考えを巡らせる必要があるんだい?」


 アイリーンの目は不安げに揺れていた。その目をしっかりと見据えて、エドワードは語る。


「いいかい。鉄道風土、というものは確実に個人に対し影響を及ぼす。彼の鉄道の体制が、この事故に大きな影響を及ぼした可能性がある」


「そんなこと……」


「あるんだ!」


 エドワードは強い口調でそう言った。


「この鉄道は以前の事故でも、鉄道としての体質が著しく不健全だった。あのボイラー爆発事故も、半ばそうやって発生したものだ」


 アイリーンに返したその言葉は、半ば自分に言い聞かせるような口調だった。その目はアイリーンを見ていない。アイリーンははじめて、エドワードへの怒りをあらわにした。


「今日の君は、なんだか変だ」


 その言葉にエドワードは顔をそむけた。


「ああ。そうかもしれない」


 そうつぶやく彼の眼は、不確かに揺れていた。










 エスはエドワードに資料を残して、また捜査へと繰り出していった。

 アイリーンはミヤを連れて、現場を捜査すると言って聞かなかった。だから、エドワードは一人でアリアル卿のもとへと向かった。


「少し面倒なことになった」


 アリアル卿は前回の事件以降、エドワードにはその気障な微笑みを見せなくなった。その代わりに、彼は余裕のない顔をするようになった。


「なにが、どうしたんで?」


「本家の人間が君を召喚したいと」


 エドワードの予想通り、それはいやな話題だった。思わず、それを本人に伝えてしまう。


「あなたが持ってくる話は、いつも面倒ごとだ」


「まったくだね。しかしこれは、私が君に明るい話を積極的にすることによって解消できる。どうだい、希望するかい?」


「ご冗談を」


 エドワードがそう言って笑うと、アリアル卿はやっと笑顔を見せた。


「とりあえず、本家の人間に会って話してくれ」


「ようがす。構いませんや」


 ただし、とエドワードは注文を付けた。


「私は真実を告げますよ」


「構わんよ。私が求めているのは、真実だ」


 彼はすっかり、もとの気障な笑みを取り戻していた。

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