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整理番号 新A57:鉄路に臥す(バフロス貨物線脱線事故4)

「ともかく、故意脱線の可能性について。まず、故意に脱線を引き起こす方法は、存在する」


 彼はそう言うと、様々な例を列挙して見せた。


「正面衝突などより重大な危機が目の前に迫っている場合、あえて脱線させてしまった方が逆に安全である場合がある。また、不正な動きを見せた暴走列車を、意図的に脱線させるということもあり得る」


 例として、信号がススメを示していないのに発車してしまった列車を、意図的に脱線させる「脱線転轍機」という装置が存在する。

 これが作動すると、列車は意図的に脱線させられる。


「なるほど、予防的脱線であると。それ以外は?」


「当然、犯罪行為による脱線も数多く存在する」


 エドワードはこれも例を挙げる。


「例えば、レールの上に石を置く。たとえちょっとした小さな石でも、脱線に至る可能性は否定できない。高速走行中の列車が石を踏めば、かなり容易に列車は脱線する」


 実際に、その手の事故は跡を絶たない。昭和二十七年のえるも号脱線事故など、子供が出来心で大脱線を引き起こしてしまうことも多々ある。


「または線路に細工がしてあった場合。これはかなり重大な脱線事故を引き起こす」


 例えば、国鉄三大ミステリーと言われた中島事件。常総本線中島駅付近で線路が破壊され、その区間に差し掛かった列車が脱線したという事件である。

 この事件のように、線路にちょっとした細工をするだけで、列車はいとも簡単に脱線する。


「では、もし仮にこの事故が意図的な脱線であったとして、どのような理由が考えられますか?」


「線路への細工、というのが最も現実的だろう」


 エドワードはそう結論を出した。エドワードの見る限り、この場所でそれ以外に重大な脱線を引き起こせる要因が見当たらなかったのである。


「では、それはどうすれば証明されますか」


「もしそうであれば、人為的に線路に対し工作をした痕跡が残るはずである。例えば、線路を支える犬釘を抜くとか、線路と線路をつなぐ継ぎ目板を外すとか、線路を固定する金具を無くしてしまうとか」


「この残骸からでも、見つけられますかね」


「見ればわかるはずだ。ともかく、記録を取ったうえでこの残骸をどかそう。おおい、ミヤ!」


 エドワードはミヤを呼んだ。すると、ミヤはノートを抱えてこちらに走ってくる。


「エドワード様。お呼びですか?」


「ミヤ、残骸をどかす前にこの状況の記録をしたいのだが、あとどれくらいで終わるかい?」


 そう聞くと、ミヤは困った顔をした。


「だいたいでいいぞ。ゆっくりでもいいからな」


 エドワードがそう言うと、ミヤはもっと困った顔になった。


「どうした?」


 その言葉に、ミヤは申し訳なさそうに答える。


「あの、すみません……」


 彼女はそう言って目を伏せた。


「もう、終わってます……」


 エドワードはめまいがする。


「本当にミヤは仕事が早いんだな。いやいや、悪かった。ギムリーさん」


 エドワードは半ば腰を抜かしながらギムリーの方を振り返った。


「もう、残骸を撤去していただいて大丈夫です」


「わかりました。撤去しましょう」

 









 同じころ、エスは現場を離れて聞き込みを続けていた。


「亡くなったのは、カリヤル・エスパノさん。ウサス・エスパノ家のご令嬢で、噂では大シンカ共和国の有力者と結婚するとか。……ええ、噂ですが」


 エスは独自に、調査本部に乗り込んで聞き込みをしていた。本部にいたうちの、一番口の軽そうな青年が、エスのターゲットだ。


「よく知ってますね兄さん。そうそう、カリヤル嬢と言えば、ウサス家のガミガミババアにもったいないぐらいの美人さんだって、帝都じゃ噂ですけれどもね。こんなことになって、心から残念ですよ」


 彼はそう言って、少々オーバーなリアクションを見せた。それがちょっと気に障りながらも、エスは聞き手に徹する。


「しかし、変な話ですよね。まだなにも判明していないのに、貴族さんは犯罪だ犯罪だってうるさいんですよ」


 エスはその言葉に強く引っ掛かりを覚えた。


「まだなにもわかっていない、のに?」


「ええ。だって、もう一人の犠牲者のお名前はさっきやっとわかったんですよ?」


 彼はそう言った後で、周りを見渡す。そして誰もいないことを確認してから、そっとエスに耳打ちした。


「ガリフル学園の女子寮で暮らしてた、ハルミンっていう少女だったそうですよ。先ほど、寮長が朝になっても帰ってこないと通報があり、わかったそうなんです」


「へえ。彼女はどんな人なんです?」


「平凡な家庭に生まれた、平凡な人間らしいんですがね、とても才能にあふれた人だったとか。ですがまあ、こっちに貴族サマ連中は興味ないでしょう」


 そういって青年は嫌気が差したとばかりに渋面を作る。


「貴族サマ連中、まだ遺体が見つかる前から、これは犯罪に違いが無いって騒いでいましたからね。”自称”高潔な血筋の人間しか、眼中にないって感じ」


「遺体が見つかる前から?」


「ええ。あのオバサン、行方不明届を出したときからずっとそんな調子でしたよ」


 そう言った後で、彼は慌ててエスに言う。


「あ、これ他の人に言っちゃだめですからね」


「ええ、わかってますよ」


 エスはその内容をしっかり記憶に焼き付けながら、その場を後にした。

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