整理番号 新A56:鉄路に臥す(バフロス貨物線脱線事故3)
現場でエドワードを出迎えたのは、騎士団のギムリーだった。
「どうも、エドワードさん。この間ぶりで」
「ああこちらこそ」
手早く握手をすると、エドワードは現場に入った。
「……これはひどいな」
現場は、凄惨という言葉では言い表せなかった。
少なくともエドワードは、この状況をそんな二文字の簡単な一言で言い表したくはなかった。
「かろうじて状況は理解できる。が、しかし、ほとんど原型はとどめていない」
エドワードの理解では、現場は外側にホームを持つ曲線で、列車はそこに乗り上げるようにしてひっくり返っていた。
「この駅は貨物用の駅なんだ」
ギムリーはふとそんなことを言い出した。
「貨物用、というと」
「この路線はバフロス貨物線といって、バフロス本線と並行して走っている路線だ。ここから二キロ西にバフロス本線のガリフール駅がある」
「旅客列車は、そちらを通ると」
「そうだ。この路線は邸宅に資材を運ぶ専用の路線で、この駅は貴族学校に物資を搬入する為に設置された。だから、通常は人の出入りはない」
彼はそう言うと、ホームの方を指さした。
「この駅には駅舎があるが、この駅舎は通常、この駅のポイント、つまり線路の操作などを行うのみだ。切符を切ったり、ホーム上を監視したり、などの任務は、駅舎の中にいる人間には与えられていない」
「つまり、ギムリーさんは何が言いたいんで?」
エドワードは彼の言葉が予想できた。そして彼は、予想通りの言葉を口にした。
「我々騎士団は、この事故を意図的な脱線事故である可能性を指摘している」
彼はそう言って、自分に付けられた名札を見せた。
「……特別捜査本部長、か」
「私はこの事件の捜査を特命されています。ぜひ、あなたのお力を借りたい」
エドワードは不快感を隠さなかった。
「状況を整理しよう」
彼はそう言って駅の構造を紙に書いた。
「北を上としたとき、線路は左、つまり西の方向にカーブしている」
彼はその上にバツ印を付けていった。
「まず、遺体が発見された場所を順に示す。女学生二人がここ、駅長がここ、乗務員がここ」
その点の上に、エドワードが列車の残骸を書き加える。
「列車は外側のホームに乗り上げるようにして横倒しになっている」
乗務員の位置は列車の運転台の位置と完全に一致した。また、駅長の位置にも不思議な点はない。
「そして、二人の位置は……」
「機関車の先頭の、その更に先だ」
ギムリーによれば、機関車の先で二人は抱き合うようにして倒れていたという。
「我々の見立てでは、何らかの原因で脱線した列車に、ホーム上にいた二人が接触したと」
そこでギムリーはエドワードに向き直った。
「ここでお聞きしたい。このような状況下で、意図的に列車を脱線させることはできますか」
彼はそういう言い方でモノを訪ねてきた。エドワードは眉をひそめる。
「……つまり、あなたはこれが意図的な脱線により五人が殺害された、と言いたい」
「ええ。そうです」
「その、根拠は」
エドワードが尋ねると、彼は平然と答えた。
「犠牲者になったうちの一人は、ウサス・エスパノ家のご令嬢だ。ご存じない?」
当然、エドワードは知らない。ぽかんとした顔でかぶりをふるエドワードに、アイリーンはそっと耳打ちした。
「査問会で怒鳴り散らしていたオバサンの娘さ。将来は後宮入りかそれとも諸外国の王家と政略結婚か、なんてささやかれていた子さ」
彼女の言葉に、ギムリーは指を鳴らした。
「ご名答。すなわち、国際社会において少なからぬ影響力を持つ人物だと言えるでしょう」
「だから殺された、と」
エドワードの言葉に、彼はうなづいた。
「ええ。現時点では、その可能性が高いかと」
「少し、結果から物事を見すぎじゃないですかね」
エドワードはそう苦言を呈した。その言葉にも、彼はうなづく。
「もちろん。それは我々も承知しています。であるから、我々はあなたのお力を借りたい」
ギムリーはそう言って、エドワードにバッジのようなものを差し出した。
「我々は捜査本部として、事件の可能性を探ります。あなた方は、それに対しある種、批判的な、そして俯瞰的な立場から調査をしていただきたい」
彼はそう言って頭を下げた。
「わかりました。ただ、ご期待に沿えるかは、保証しかねますや」
エドワードはそう言うと、そのバッジを受け取った。




