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整理番号 新A55:鉄路に臥す(バフロス貨物線脱線事故2)

 翌日、エドワードを起こしたのはメイドのクリスだった。彼女は少し慌てた様子でエドワードの身体を揺さぶった。普段、クリスは心地よいお茶の香りでエドワードを起こすので、これは彼をひどく驚かせた。


「すわ、敵襲か!」


 彼はそんなことを言いながらベッドから弾き飛ばされたように起き上がる。そして、目の前にいるクリスを寝ぼけまなこで認めると、こう叫んだ。


「空襲か、姉さん!」


「ちがうわ。こんな朝早くからお客が来ているの」


 クリスはエドワードを着替えをさせると、応接間まで無理やり引っ張っていった。


 けん引されるままの彼が応接間の扉をくぐると、そこには確かに二人の客人がいた。


「どうも、まいど」


「やあエドワード君。久しぶりだね」


 その二人とは、記者のエスとスイザラス鉄道幹部のアリアル卿であった。


「なんで二人が?」


 彼は至極当然の疑問を口に出す。すると、同じく当惑した表情のクリスがこっそり耳打ちしてくれた。


「二人とも事故の件でお話があるとか……」


「それは何となく想像がつく。なぜこの二人が一緒にいるんだ?」


「それについては私から」


 アリアル卿は声を張り上げて、エドワードの注意を自分に引いた。


「我々は二人とも、急ぎの用でね。どちらも譲れなかったので、こういう形になった。すまないね。ところで、早速話を始めたいのだが」


 そう言われて、エドワードは面喰いながら席に着いた。


「それで、話って」


 エドワードは白湯を飲みながら彼らに問いかける。二人はお互いに目くばせしたうえで、まずエスの方から話を始めた。


「今朝がた、最終的な犠牲者が確認された」


 エスはそう言って、小さな紙きれを渡した。


「これは極秘資料だから、覚えたら処分してくれ」


「諜報大作戦じゃねえんだから……。それで、なんだって?」


 紙切れには事故の概要が書いてあった。


 それによると、事故を起こした列車はスイザラス鉄道バフロス貨物線の東ガリフール駅で発生した。

 当該列車は貨物1452列車。荷物は発火石を加工した爆発危険性のある魔法石や木材、石材など三十二両編成。かなりの重量級列車である。

 そして、残念なことに犠牲者が出た。


「東ガリフール駅当務駅長、貨物1452列車当務機関士、当務機関助士……。痛ましいな。こういう時犠牲になるのはいつだって鉄道員だ」


「それは私も本当にそう思うし、彼らの冥福を心から祈りたい。だがしかし、今回問題になっているのはそこではないんだ」


 エドワードはそんなことを言い出したアリアル卿をギロリと睨む。


「……彼らの死を悼むために必要な事故の原因究明を、阻む要因がある。それが、犠牲者リストの一番最後だ」


 アリアル卿は咳払い一つせずにそう言った。


「なになに……。サン・ガリフール学園生徒二名……?」


 エドワードはそれを見て自分の不明を恥じた。


「おいおい、なんで学生が犠牲になっているんだ」


「現時点では全くの不明だ。だが、面倒なことになったのは事実だ」


 エスがそう口をはさんだ。


「ちょっと嗅ぎまわってみたが、もうすでに帝都北側に近い貴族連中では騒ぎになっている。王宮内にはすでにこの事故に係る捜査を行うための本部が設置されているそうだ」


「なんだって!」


 エドワードは目を丸くした。


「なんでそんなに情報の伝達が早いんだ? まだ全容の判明から時間はたっていないだろう」


「帝都北側、スイザラス鉄道沿線に住んでいる貴族は、昨晩は徹夜で情報収集にあたっていたそうだ。それに昨日の夕食時にはすでに、被害者遺族が、被害者が行方不明だとして騒ぎ出していた。遺族による遺体の確認までもう済ませている」


 エドワードは信じられないという顔になった。その横で、アリアル卿はそれを肯定する。


「その被害者遺族というのが、ウチの一族でね。本家に近い家の一人娘が犠牲になった」


 アリアル卿は少し心苦しそうにそう言った。


「てぇと、被害者の一人は国内随一の貴族の娘かい」


 エスパノ一族は国内最高貴族の系譜。その言葉をエドワードは思い出した。


「ああそうだ。それもあって、この事故はおそらく大きな注目を浴びることになる」


 そう言われて、エドワードは頭を抱えた。


「クソッ、まずいぞこれは」


 エドワードは汚い言葉を承知でそうつぶやいた。


「というわけで、本件調査は、この事故が事故であることの証明、すなわちテロでないことの証明から行ってほしい」


「ほれみろ始まった。そういう私情を挟むのが嫌なんだ」


 彼は暗澹たる心持ちになる。


「そういうことで調査をゆがめたら、事実もゆがむぞ」


「承知している。だが、事の次第では国際関係のバランスが崩壊しかねない」


 アリアル卿の表情は真剣だ。


「我々は、皇国とその周辺領域の平和を百年にわたって守り続けた。この平和を、崩したくない」


 平和。その言葉を聞いてエドワードは折れた。


「わかったよ。やりましょうや」


 気が進まない。全く気が進まないが、平和と言われてはやるしかない。エドワードは立ち上がった。


「まったく、平和維持はタダじゃねえな」


 エドワードはそう言って、かぶりを振った。

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