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整理番号 新A50:トレビン信号所正面衝突事故(1)

 次の事故は、エドワードの膝元であるシ=ク鉄道で発生した。




 トレビン信号所は、カータ機関区と並んでシク鉄本線における重要な輸送拠点である。そして、その信号所からは支線が伸びていた。

 その支線をバラック線という。トレビン信号所の九番線は、このバラック線専用の線路だった。


 今、九番線にはバラック支線行きの貨車が停車していた。


 そこに鎮座しているのは、貨車だけである。当然のことながら、貨車だけでは動くことはできない。だから、この貨車の先頭に機関車を連結しなければならない。


 この作業のことを一般に「入替」とよぶ。


 さて、入替の誘導を行う作業員、これを構内掛と呼ぶが、彼が機関車に向かって合図をした。


 青い旗を振る。それが、機関車は動いてヨシ、のサイン。構内掛はその旗を機関車に向かって大きく振った。


 だが、機関車は一向に動き出す気配が無い。訝しんだ構内掛は大声をあげて旗を振る。


「おおい! 連結!」


 その瞬間、機関車は動き出した。なんだ、と構内掛が安心したのも束の間、機関車は異常な速度で貨車へ向かう。


「とまれー、とまれ!」


 こんどは、構内掛が慌てて白旗を振る。これが停止のサインだ。


 だが機関車は速度を落とす気配を見せない。


「あぶない!」


 彼がそう叫んだ瞬間、機関車は貨車へ激突した。大きな音を立てて残骸が宙を舞う。


 貨車は大きく破損し、脱線。トレビン駅に、非常汽笛の音が鳴り響いた。










 その一報を受けて、エドワードとミヤはトレビン駅に急ぐ。現場に着くと、もうすでにアイリーンの姿があった。


「どうだい?」


「機関車が貨車に激突。あたりは飛び散った豆粉でいっぱいさ」


 彼女はそうおどけていう。


「被害者は?」


「ゼロ。しいて言うなら、荷主が怒ってるぐらいかな」


 その言葉を聞いて、エドワードは胸をなでおろす。


「事故に軽重はないが、それでも被害者がいないと聞くと安心するものだ」


 彼がそう言うと、ミヤはぎゅっとエドワードの袖をつかんだ。


「……もう、こわい事故はいやです」


 ミヤの手は小刻みに震えていた。エドワードは思わず抱きしめる。


「すまなかった。しばらく、付き合わせてばっかりだったな。つらいなら、つらいといいなさい」


 ミヤは彼の胸の中でかぶりをふる。


「いえ、エドワード様。私は大丈夫ですから。それに私、決めましたから」


 彼女の体は、まだふるえていた。だが、それでも彼女の言葉はしっかりとしたものだった。


 あの日、事故を無くすと答えた彼女の意志は、先日の凄惨な事故を見てもなお、消えてはいないように思えた。

 そんなミヤの身体を、エドワードは離してやる。そして、彼女に目線を合わせると、こう語りかける。


「今日は、そこまで悲惨な事故じゃない。頑張れるか?」


 彼女の答えは、肯定だった。










 状況はどう見ても、機関車が停車中の貨車に突っ込んだようにしか見えなかった。


 エドワードは瓦礫あさりを早々にやめて、目撃者に事情を聴き始める。


 目撃者の一人は、機関車に指示を送っていた構内掛だった。


「構内掛のグリュムです」


「機関車には、どのような指示を?」


「規定通りの」


「ここでやって見せてくれるかな」


 エドワードがそう言うと、彼はしぶしぶ従った。


「連結!」


 彼はそう言って青旗を振った。


「それは、機関車がどのくらい手前に居た時?」


「だいたい線路一本分だ」


 エドワードはそう言われて線路を確認する。


―――日本では線路一本は長さ二十五メートル。だが、この世界ではだいたい二十メートル弱かな?―――


 エドワードはそれだけ見ると、すぐ彼に目線を戻した。


「そのほかに、気が付いたことは?」


 その言葉に、彼は苦虫をかみつぶしたような顔になる。エドワードが訝しがると、彼は機関士の方を指さした。


「あいつに会ってみればわかるよ」


 彼はそれだけ言った。




 そして、その意味はすぐに分かった。


 エドワードが事故を起こした機関士に近寄ると、その人物からあまりにも激しい異臭がしたのだ。


 その異臭は、エドワードの嗅覚が輪廻転生により変化していなければ、いわゆる「酒臭さ」である。


「事故を起こした機関士か?」


 エドワードの問いかけに、機関士は答えなかった。


「飲酒をしているな」


 エドワードがそう言うと、機関士は急にケタケタ笑い出す。そして詰め寄るエドワードに、酒臭い息でこう言った。


「僕、呑んでまてん」


「ふざけやがって!」


 エドワードの堪忍袋の緒はすでに破壊されている。アイリーンとミヤがそれを必死に押さえつけることで、エドワードはなんとか彼を殴り飛ばさずにすんでいた。


「この鉄道の規則の中に、飲酒していいと書いてあったか?」


「飲酒は~、禁止されてま~す。ぜったいらっちゃだめっすよ~」


 この辺りがエドワードの限界だった。エドワードは近くにあった水バケツを彼の頭の上でひっくり返す。

 これには彼もびっくりしたようで、機関士は目を丸くして後ずさった。しかしエドワードの追撃はやまない。


 エドワードは彼の胸倉をつかんで立ち上がらせると、とりあえず二・三発平手打ちを食らわせる。

 それから、彼は彼の耳元に口を近づけると、大声で叫んだ。


「お前さんの空っぽのNo! 味噌でもわかるように大きな声で伝えてやろう。事故を起こしたとき、お前さんは泥酔していた。間違いないな!」


 彼は目を回しながら答える。


「あ、あたまにひびくから、あんまり叫ばないで……」


「どうして貨車に突っ込んだ! 理由は!?」


 エドワードは彼の言葉を無視して語りかける。彼は目を白黒させながら答えた。


「連結って声で起きた。それでやばいと思って、全速で連結しようとした。そしたら、ぶつかっちゃった」


 彼はしょぼしょぼとそれだけ言う。エドワードはそれを聞き届けると、やっと彼を開放する。


「よろしい。はじめからそう言っていればよかったんだ」


 エドワードはもう涼しい顔をしていたが、依然として彼はその場で放心している。そんな彼をおいて、エドワードはとっととその場を後にした。

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