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整理番号 新A05:指導と教育

「いいか男庭、物事にはやり方ってものがある。ただひたすらにやればいいってもんじゃない」


 御岳はよく、弟子である男庭に説教をした。男庭はそれをつまらなさそうに聞いていることがしばしばだった。が、この時ばかりは真剣にそれを聞いていた。


「見てみろ、煙突から出る煙の色は何色だ?」


 男庭は助士席から顔を出して前方を見る。煙突からは、もうもうと黒煙が上がっていた。


「……真っ黒です」


 男庭はバツが悪そうな顔で小さくそう答えた。


「じゃあ、釜口を開いてみ」


 男庭は御岳に言われるがままに釜口を開く。その瞬間、中で燃え盛る炎から出る熱気が身を焦がす。それに構わず、じっとしっかり釜の中を除くと、石炭が山になって固まっているのが見える。


「火室、どうなってる」


 火室とはすなわち、ボイラーの中で燃料を、この場合石炭を燃やす燃焼室の事である。


「……石炭がダマになってます」


「そうだろうな」


 御岳が静かにそう言うと、男庭は肩を震え上がらせた。


「石炭がそうなってると、どうなるんだっけか?」


「えっと、不完全燃焼を起こして、釜の温度が十分に上がらなくなります」


「そうだな。排煙が黒いってことは、不完全燃焼しているってことだもんな。きちんと燃えなかった分、釜の温度は上がらなくなるし、その分出力も下がるよな。よくわかってるじゃないか」


「はい」


 男庭は声を震わせながらそう言った。御岳が声を荒らげず淡々と事実だけを指摘しているのが、堪らなく怖かったのだ。


「男庭、この先に何があるか覚えてるか?」


「七〇〇メートルの二五パーミル上り勾配です」


 それはつまり、坂を上りきるまでに十八メートルの高さ、すなわち六階建てのビルと同じ高さを越えなければならないということである。これは彼らにとって、あまりにも急な登坂だ。

 それを目の前にして、御岳の顔は少しだけ厳しくなる。


「蒸気圧はこれで足りるか?」


「えっと……」


「蒸気圧はこれで十分だと俺はお前に言ったか? 何気圧まで上げろって言った?」


「えっと、十三気圧まで」


「今、何気圧だ」


「……十気圧です」


「今日の列車は第4183レ、現車24両、換算両数52両。このまま次の上り勾配に差し掛かったらどうなる?」


「……減速します」


「減速で済めばいいな、オイ」


 ブレーキハンドルを持ったまま、御岳は男庭の方をチラリと見やる。それだけで男庭の心胆を深く寒からしめたことだろう。男庭は深くスコップを握りしめた。


「あの上り勾配で出力不足で停まってしまったら、そのまま逆方向に向かって滑り落ちてくぜ。そうしたら最後尾の車掌は後続列車との間に挟まれてぺしゃんこだよ」


「はい」


「どうすればいい?」


「ちゃんと火床を直します」


「ちゃんとって?」


「えっと……。きちんと石炭が均一に均されて、燃えてる石炭が効率よく酸素と触れ合える状態です」


「できるか?」


「がんばります」


「お前が頑張ることは知っている。そうじゃなくて、できるかできないか聞いてるんだ」


 御岳がそう言うと、男庭は目を見開いた。それからしばらくして、男庭は小さく答える。


「……。出来ます」


「わかった。ケツは持ってやるから、やってみろ」


 問題を自覚させ、自らに答えと行動を導かせる。それが機関士、いや、教育担当たる指導機関士、御岳篤志の矜持だった。


 御岳は相手がどれほど無理解であろうとも、どれほどにちゃらんぽらんな者だったといても、殴って何かをわからせるようなことは絶対にしなかった。


 暴力も、恫喝も、部下たる弟子たちにはただの一度もしたことがない。もしわからぬことがあるのならわかるまで何時間でも付き合ってやり、もし不真面目な者が居たのならわかるまで何度でも根気強く言って聞かせ、手本を見せてやる。


 それが、国鉄マン、御岳篤志の覚悟だった。


 そしてそれは、暴力と恫喝が横行した当時の現場、ひいてはこの日本社会に対する彼なりの、ささやかな抵抗であり、そして大いなる闘いでもあった。


 だからこそ目の前で起きているそれは、御岳にとって新たな戦いの始まりを意味していた。

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