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整理番号 新A46:大雨と線路~サコ鉄道土砂流出事故~(概要)

 季節は、まさに雨季だった。まるで梅雨のように陰湿な雨が、しとしとと降り注ぐ。


 サルジ・コルジ鉄道ビーン線、臨時列車タラッタ号は、その大雨の中を疾走していた。列車は隣国であるダイヒ共栄国から帝都へ向かう列車だった。


 列車の中に、ある四人家族が乗車していた。両親と女児、男児の姉弟の仲睦まじい一家。だが、今日は少し様子が違った。


 長女であるニカリちゃん(10歳)が。その様子をこう日記に付けている。



 きょうはあさから大あめでたいくつ。れっしゃはものすごーくゆれるし、なんだか気もちがわるい。

 きのうはおかあさんとケンカした。おかあさんはとなりでまだおこってる。


 キリムがそばでずっと大きな声でさわいでいて、うるさい。おかあさんがちゅういしてる。でも、キリムはバカだからおかあさんのいうことがきけない。

 キリムが暴れだしてから、おてんきがどんどんわるくなる。


 かみなりさんがおちはじめて、こわい。


 なんだか口の中がすっぱくなってきた。もうなんかいやな気もちだから、ねようかな。でも、ねたらおかあさんのことをおもいだしちゃう。


 おかあさん、ご




 日記はそこで途切れていた。










 正午の鐘がなったころ、帝都の治安維持部隊に急報が入った。それは、サルジコルジ鉄道で脱線があったらしい、との通報だった。


 担当者は、いったいそれがなんの報告かわからず、通報の主旨を問いただした。


 すると伝話口の相手は、非常に混乱した様子で、我々には手に負えないとだけ言った。


 担当者は訳が分からなかったが、伝話番を後の者に任して現場に向かった。




 現場で、担当者であるギムリーは激しく動揺した。


 現場は深い森林に囲まれた山地だった。列車はそこで、泥濘や周囲の木々と見分けがつかなくなっていた。


「こりゃ、帝都の騎士団を動員せにゃならん!」


 彼はそう叫んで、残骸へ飛びついた。辺りからは、うめき声がする。


「今助けてやるからな!」


 彼はそう叫んだ。だが、どう助けてやればよいかわからない。とりあえず、手当たり次第に残骸をどけようとするが、どこまでが残骸で、どこまでが森なのかがわからなかった。


 その時、彼は足をつかまれた。びっくりして見下ろすと、そこにはこどもがいた。男の子だ。彼は小さな声で言う。


「……ニカリを、助けて」


 見ると、彼の腕の中には一人の少女がいた。だが、その少女は、もうすでに息を引き取っていた。


 ギムリーは涙を呑んで、彼だけを助け出した。彼は遅れてやってきた騎士団に引き渡され、帝都の病院へと運ばれる。


 ギムリーはなおも捜索を続ける。だが、そこからは遺体しか出ない。


 太陽暦447年133日目。生存者は、少年ただ一人だけだった。










 治安維持部隊の要請で、エドワードが現場に呼ばれた。だが、エドワードは何も言うことができなかった。


「なんだこれは」


 彼はただ一言そう言って、言葉を失った。


「先日のエルケ鉄道の事故も酷かったけれど、この事故も酷いね。一目見て何が起こったのかわからないぶん、こっちのほうがひどいかも」


 現場はまさに破壊しつくされている。木々が押し倒され、地面はえぐられ。そして雨はおさまるところを知らない。


 線路がどこにあったか、そしてその残骸がどこにあるのかもわからない。そこにあるのは、森林とそこに空いた荒地だけだ。


 そんな呆然と立ち尽くすエドワードの肩を、後ろから叩く者がいた。それはエスだった。

 彼は息を切らしてエドワードの前に現れた。


「やあ、事故の知らせを聞いて飛んできたよ。まだ生存者はあそこにいるのかい?」


 彼は降りしきる雨をものともせず、そう言って救助へ向かおうとした。そんな彼を、エドワードは引き留める。


「先ほど、全員分の身柄を確保した。……一人を除いて、全員死亡したそうだ」


 そういうと、エスはこれ以上ないくらいに無念そうな顔をした。彼の両手から、救助のために用意したであろうロープや包帯が零れ落ちる。

 彼はそのまま地面に足をつくと、その両手を合わせた。


 彼はしばらくそうやって拝んでいたが、不意に立ち上がるとエドワードの方へ向き直った。


「それで、事故原因は?」


 彼はそう問いかける。が、エドワードはかぶりをふった。


「列車どころか、線路の路盤から破壊されている。正直、何が原因とは一概には言えない」


 元がどうであったか、まるで想像できないその状況では、証拠はおろか原状復帰すらままならなさそうである。彼はそういうと、しかしエスは食い下がった。


「前回のような、暴走事故という可能性は?」


 エスの言葉に、彼はまたしてもかぶりを振る。


「確かに、この雨に車輪が足を滑らせて操作不能になり脱線した可能性は高い。だが、それは可能性の域を出ない」


 まるで、それだけではない、と言いたげなエドワードにアイリーンは問う。


「では、他の可能性というのは?」


「例えば、高速運転時に倒木と接触した可能性、線路が機関車の重量と速度に耐え切れず崩壊した可能性、また、いつかの事故のようにボイラー爆発を起こして車両が吹き飛んだ可能性」


 エドワードは一つ一つ列挙して見せた。アイリーンは感心したような顔になる。


「この状況から、そこまで考えられるのかい」


 しかしエドワードの顔は渋い。


「逆だ。この状況では、可能性を絞り込むことができないんだ」


 彼はそう言って首を振る。彼の脳内には、絶望にも似た感情が渦巻いていた。


 何しろ、証拠を分析する能力が無いのである。そして人材も、データーベースに基づいた理論も、それらの情報を処理する能力も圧倒的に足りていない。


 そして、このような壊滅的状況においては、証拠の読み間違いによって引き起こされる冤罪も、十分に恐ろしかった。


 ともかく、まずは正しい線路の一を知りたかった。彼はあたりを見渡す。


「どこが線路だい?」


 彼がそう言うと、一人の男が横からにゅっと顔を出した。


「失礼。この少し上だと思います。案内しましょうか?」


 彼は治安維持部隊の人間で、自分をギムリーと名乗った。ギムリーは彼らを案内しながら、とつとつと語る。


「この辺りは少し起伏がありまして、それを避けるために盛り土の上に線路を載せているんですよ」


 彼はそう言って、崖のように立っているものを指さした。


「あそこが、もともと線路があった場所だと思います。ほら、線路がぶら下がっている」


 そこは現場から数メートルほど離れた場所だった。線路は宙づりになり、プラプラと不安定にゆれている。


「あそこからここまで脱落したのか」


 線路の高さまで登ってみると、エドワードはやっと事故の全容を見ることができた。


「列車はあの方向から来た。そして、何らかの原因で脱線。この下に落下した」


「何らかの原因……。僕には、それがなんなのか確定的であるような気がしてしまうのだけれど、それは早計かい?」


 アイリーンの言葉に、エドワードは首を振った。


「いや、お前さんが正しい。これはまぎれもなく、土砂流出による脱線事故だ」

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