整理番号 新A43:開拓列車脱線事故(同様事例)
夜、真っ暗闇の機関区に、三人の姿があった。それぞれ発光石という魔石でその場を照らしながら機関区を物色していた。
「みろ、真空ブレーキだ」
エドワードは機関車を照らしながらそう声を上げた。
「ということは?」
「真空ブレーキは、列車をつなぐ空気管が破損するとブレーキが効かなくなる」
「君の推論通りか」
エドワードはその先にずんずん進む。そして、車両の下へもぐりこんだ。
「うわ、ひどいなこれは」
「どう酷いんだい?」
「ロクな整備を受けていない」
彼は車輪を指さしながらそういう。
「車軸がボロボロだ。これじゃあ、ほかの事故が起きるぞ」
「うあ、こっちもひどいや」
アイリーンも声を上げた。
「車輪がトンでもなくすり減っている。これじゃ走行中に車輪が割れて、大事故になる」
「それで、肝心のブレーキは?」
エスは夜目が利くのか、発光石を使わずに歩き回りながらそう言った。
「ああ、見つけたさ。……これはひどいな。この客車、ブレーキ管にすでに穴が開いている」
「なんだって!? ……ああ、こっちもだ」
彼らは頭を抱えた。どれもこれも、列車は故障していた。
「今まで、なぜ事故が起きなかったのか、不思議でしょうがない」
「起きてたさ、今まで、いくらでも」
その瞬間、機関区に灯りがついた、エドワードはびっくりして飛び上がり、あたまをぶつける。
もんどりを打って倒れていると、一人の男が近づいてきた。エスはその男の顔を見て思わず身構える。
その男は、昼間、エドワードをスコップで殴打した者だったからだ。
「昼間はすまなかった。正直、我々も気が立っていてね」
彼はそう言って頭を下げる。そんな彼に、エドワードは先を促した。
「ここ数百日で、もう五回は同じ事故が起きている。みんな、ブレーキ管の故障だ」
「……よく、それを放置できたな」
「俺たちもそう思った。だから、支配人に陳情したんだ。そしたら……」
彼は、無念そうな顔を見せた。
「無駄なことはできない。そう言われた」
エドワードは身の毛がよだつのを感じる。
「無駄なこと、だと?」
「ああそうだ。あの列車に乗るのはだいたいが貧しい南部開拓民だ。そして、そのほとんどが元奴隷。シンカの連中も、この鉄道の連中も、彼らのことを貨物か何かだと思ってやがる」
そんな連中に、金はかけられない。それが、支配人の下した最終的な決定だったそうだ。エドワードは腸が煮えくりかえりそうになる。
「なあ、あんた。この事故を調べてるんだろう? お願いだ、奴を懲らしめてくれ」
彼はそう言ってうなだれた。
「俺たちはこれでも頑張ったんだ。もう、頑張るのは無理だ」
彼の背中は、初めて見た時のそれより、だいぶ小さく見えた。その背中に、エドワードは語りかける。
「最後に物事を動かすのは、君たちの力だ」
絶望に打ちひしがれたような子で、彼はエドワードの顔を見る。その顔を、エドワードはしっかりと見据えた。
「だが、我々は君たちの闘争を無駄にしない、その手伝いができる」
エドワードはそう言って立ち上がる。
「任せろ。君たちの犠牲を、無駄にはしない」
エドワードはそう言って、報告書の作成に取り掛かった。
機関士の彼も手伝って、報告書は朝方に完成した。その報告書を見ながら、彼はつぶやく。
「結局、証拠がないからこういう書き方になるのか」
それに対し、エドワードはすまないと、そう言った。
「だが、俺はあきらめんぞ」
エドワードは固くそう誓う。その顔を見て、彼も表情を緩めた。
「ああ。我々も戦う」
二人は固く握手を交わす。ちょうど、空が白み始めてくるころだった。
「しかし、お嬢様も浮かばれない」
「お嬢様? 支配人令嬢か?」
彼の口からそんな言葉が出てきて、エスはちょっと驚いた。
「ああ。彼は事故に遭った機関士、ウィリーとデキてたんだ」
そう言われて、エスとエドワードは顔を見合わせる。
「ウィリーは、支配人に何度か安全性について陳情に行ってたんだ。彼女とはそこで出会ったらしい。事故後、ウィリーを亡くしたお嬢はだいぶ参っちまったようで、毎日彼女の部屋から叫び声が聞こえるらしい」
「そうか……」
顔も知らない令嬢ではあるが、彼女のことを思うとエドワードも胸が張り裂ける思いだ。
「事故はたくさんの尊い人命と、そして想いを奪う。今度こそ、止めよう」
四人は、固く手を結びあった。
朝日が、ちょうど彼らの頬を照らした。




