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整理番号 新A40:開拓列車脱線事故(周辺調査)

 エドワードは現場を後にして、この事故の調査を依頼した人物の元へと向かった。


「あなたがエドワード様ですな?」


「エドワード・ラッセルだ。エドワードで構わん。様を付けられる筋合いはない」


 エドワードがそうぶっきらぼうに返した相手は、サン・ロード皇国でも指折りの豪商、ユミス・ナリキンだ。


「この度は調査を受けてくださりまして、非常に感謝しております」


 ユミスは彼のそんな態度を無視して話を強引に進める。そのやり方が、やはりエドワードの気に触った。


「私はただ真実を追求する。その結果、そちらに不都合な事実が明らかになる可能性がある。それだけ警告しておく」


 エドワードは努めて冷静に淡々とそう告げた。その言葉に、ユミスは何でもないような顔で返した。


「構いませんよ。というのも、これは私の娘を納得させるための調査でしてね」


 彼はそう言って薄ら笑いを浮かべた。そして、その口から驚くべき言葉が漏れ出す。


「事故が起きたなんてサイテー、もうパパの列車には乗らないと娘が騒ぐものですから。適当に事故の調査をして、はいこれでもう大丈夫と諭してやろうと思いましてね。なに、もし真実とやらが見つからなかった場合には、適当にそれっぽい理屈を並べ立ててくれれば娘も満足するでしょう」


 彼はあざ笑うかのように、そんなことを言ってのけた。


―――まるで財閥の連中のようだ。吐き気がする―――


 彼の脳裏に、戦前日本の成金たちの姿がよぎる。エドワードは煮えくり返りそうになる腸を必死に抑えながら、その場を切り上げようとした。


「ああそれで、報酬の方ですが」


「結構!」


 ついつい、大きな声を出してしまった。ユミスは一瞬驚いたような顔を見せた後、また薄ら笑いを再開する。


「さすがは貴族様だ。高貴なる義務? でしたか。いやあ、我々のような平民には、身に余る幸せ……」


 これが、エドワードの限界だった。彼はその言葉を最後まで聞かずにその場を飛び出した。











 エドワードはそのまま、エルケ鉄道の車庫へと向かった。車庫には、先回りしていたアイリーンが待っていた。


「ミヤちゃんは先に帰らせたよ。さっき出たばかりの汽車に乗せたから、夜には屋敷に着くと思う」


「一人で大丈夫だろうか?」


「ああ、それなら僕の古い友人に任せたから、多分大丈夫だと思うよ。帝都では仕事帰りのシグナレスが拾ってくれるそうだ」


 アイリーンはそう言って、手帳をエドワードに手渡した。


「これ、ミヤちゃんから。それと伝言が二つ」


「伝言?」


「ごめんなさい。それと、こわいにおいがするから気を付けて、と」


 手帳を開くと、事故の詳細な記録・スケッチとともに、同じ文言が書いてあった。


「私もミヤと同じ見解だ。さあ、行こう」


 エドワードはその手帳を、胸ポケットにしまい込んだ。




 その光景は、エドワードにとって目を疑わざるを得ない光景だった。


「なあアイリーン、これは君の目から見てどうだい?」


 ボロッボロの客車が真新しい機関車に連れられて、ガタガタ不気味な音を立てながら走っている。

 走行中の列車を見ると、まるで貨車のような客車に人がすし詰めになって運ばれている。


―――まるで買い出し列車のようだ―――


 エドワードは幼き日に母と乗ったあの不愉快な列車のことを思い出した。みんな生きるのに必死で、苦しさを口に出す余裕もなかった。


「これは……。僕から見てもちょっとひどいんじゃないかなって、思うな」


 アイリーンはドン引きしながらそう語った。それを見て、エドワードは自分の感性が間違っていないことを悟る。


「じゃあ、少しずつみていこう。まずは……」


 エドワードが一歩、車庫に足を踏み入れた時。急にアイリーンが何者かに突き飛ばされた。


「おい! 部外者が入らないでくれるか。仕事の邪魔だ!」


 その一言でエドワードは頭に血が上った。先ほどからの鬱憤と、この世界に来てからずっと抱えてきた不満とが、今ここになって彼を爆発させたのだ。


「てやんでい! いい度胸だ!」


 エドワードは、自身でも気が付かないうちにその相手を殴打していた。


 まずはぐっとこぶしを握り締めて、その鼻っ柱をへし折る。それから、今度は反対の手で平手打ち。その相手は目を回して倒れてしまった。

 それを見て勝ち誇るように笑みを見せたエドワードだが、その笑みはすぐにかき消される。後ろからスコップで殴られたからだ。


「君たちがそのつもりなら、僕だって……!」


 今度はアイリーンの番だ。スコップを振りかぶった相手に対し、隠し持っていたトンカチとレンチで対抗する。

 そして、あれよあれよと乱闘の状況が形成されてしまった。


「こなくそ! 力道山の空手チョップだ!」


 エドワードは殴られた頭を抱えながら、その手で手刀を作り、えいやあとヤケクソのように振り回し始めた。だが状況は次第に劣勢になっていき、二人はとうとう囲まれてしまう。


「これで終わりだ、この野郎!」


 一人の屈強な男が、ハンマーを大きく振りかぶった。エドワードは、なんとかアイリーンを守ろうとかばうが、到底守れそうもない。


 エドワードは覚悟を決めた。


 その時だった。一人の男がそのハンマー男の顔面を飛び上がりながら蹴りつけたのだ。


「スワンダイブ式ミサイルキックだと……? やりおる」


「感心している場合か!」


 しかし、あっけにとられているのはエドワードだけではなかった。突然の乱入者に、襲撃者たちは混乱している。


 その乱入者は気絶したハンマー男からハンマーを奪い取ると、それをくるくるともてあそびながらエドワードとの間に割って入った。そして、唖然としている襲撃者たちに言い放った。


「あー、私は、君たちが彼らにこれ以上の危害を及ぼさない限りにおいて、君たちに攻撃を行うことはできない。しかし、君たちが彼らに危害を及ぼすのであれば、その限りではない」


 啖呵にしてはいやにまどろっこしい言い方だった。だが逆にその言いっぷりが、相手に十分な恐怖心を与えたようだった。


 その男がハンマーを地面に置くと、集まっていた襲撃者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 それを見て、男はただ苦笑いをした。


「どうやらここの人たちは、少しだけ気が立っているようだ。場所を変えよう」

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