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整理番号 新A36:国鉄体質

 日本国鉄は、問題の多い組織だった。それは日本の全国民が知るところである。


 だが同時に、厳しい環境、限られた資源、疲弊した現場、三重苦そろったぎりぎりの状態で、高度経済成長に浮かれる日本を支えているのも、また事実である。


 エドワードはそんな国鉄に、誇りと不安がないまぜになった思いを抱いていた。




 日本の鉄道はというと、すぐにその緻密で高度なダイヤグラムを誇りだす。当然、これは誇るべきことであった。

 一秒単位で細かく定められたダイヤグラムを、平時において何の狂いもなく運行して見せるといのは、おいそれとマネできたことでないことは、世界中が知ることである。


 だが同時に、エドワードが警告した通り、このダイヤグラム絶対だという考え方もまた間違いである。


 エドワードに言わせれば、それは閉鎖的で夢見がちな日本人の驕りだと言う。事実、元の世界においても、ダイヤグラムに頼らない運行をしている国々はいくらでもあったし、ダイヤグラムが事故を誘発したことなどもある。


 ダイヤグラムは絶対ではない。その叫びは、この世界には伝わらなかった。




 この世界においてダイヤグラムが脚光を浴びたのはこれが初めてではない。その昔に、ダイヤグラムは発明されていた。

 考えてみれば、ダイヤグラムなるものは、日本でいえば戦後新制学校制度においては義務教育で修了する内容である。

 いわゆる、時間・距離・速度のグラフだ。中学教育ではx-tグラフと呼ばれる。


 少しばかり数学が存在する世界であれば、ダイヤグラムを発明することはあまりにも容易である。むしろ、この程度のものであれば、独力で発明出来て当然のもの。


 だが、そうして発明されたダイヤグラムは、この世界では普及しなかった。


 エドワードがこの世界に降り立つまでは。




 エドワードが成したシ=ク鉄道の成功は、ダイヤグラムに脚光を浴びせるには十分だ。


 なにより、分単位で着発時刻を決定できるというのは、旅客案内上において大きな強みだった。

 今までダイヤグラムのデメリットばかりあげていた者どもは、そんな懸念などはじめから存在しなかったかのようにダイヤグラムを導入し始めた。

 これがエドワードがこの世界に成した、小さな影響である。


 しかし反対に、エドワードがもう一つのもの、つまり安全への意識は、この世界に定着することはなさそうだった。


 それは、彼らが教えてくれた。




 ある日の午後、列車である人物がカータ機関区へとやってきた。


 彼らは、先の事故に遭った機関士・機関助士の二人である。


「アリアル卿の命でこちらに参りました。今日からお世話になります」


 エドワードはびっくりして二人に駆け寄った。


「どうした、クビになったか?」


 もしそうであれば、闘争が必要である。


 熱血な弁士であったエドワードの手が、じっとりと手汗でにじんだ。彼の心はすでに、エンジンがかかっている。


 勢い込むエドワードに、ケルトン機関士は愛想笑いをしながら弁解した。曰く、自ら鉄道を去ったという。それに対し、エドワードはまたもや驚いた。

 潔白が証明されたのに、身を引かなければならないことがあるだろうか。


 だが、二人はいやにすがすがしい顔をしていた。エドワードはその訳を聞く。すると、彼らから帰ってきた答えは、しごく簡潔で、そしてエドワードを大いに悩ませた。


「あの鉄道は変わりませんでした。だからアリアル閣下が、我々だけでも逃げろ、とおっしゃってくれました」


 エドワードは頭を抱えた。彼らは、変革を拒んだのである。


 聞けば、かの鉄道ではダイヤグラムを導入したらしい。そして、エドワードに指摘された欠陥も、早期に是正されたようだった。


 だがその一方で、彼らは「変わらない」と言った。それはすなわち、彼らの安全軽視の姿勢が変化しなかったという事である。


―――最も恐れていたことだ―――


 目新しくセンセーショナルな解決法に飛びつき、その本質を変えることを拒む。エドワードはめまいがする思いだ。


 そして、彼らは言葉をつづけた。


「事故の最終報告書からは、エドワードさんが指摘した欠陥についての箇所が、削除されました」


 このことが、全てを物語っている。


 結局彼らは、安全への提言というエドワードの魂の叫びを、都合よく利用しただけにすぎないのである。そしてそれでは、当然安全など図れようものではない。


「ありがとう。ここはあそことは違う。どうか君たちは、あの悪い連鎖を断ち切ってほしい」


 エドワードの魂の泣き声は、ヨステンにも聞こえてしまっていたらしい。彼は優しく、二人を迎え入れた。



 悲嘆にくれるエドワードに、しかし彼らはうれしいことも言ってくれた。それは、二人のエドワードへの感謝だった。


「エドワードさんがいなければ、私はひどい目に遭っていたと思います。せっかく貧民からのし上がってこれまでやってきたのに、また元の暮らしに戻ってしまうのかと、目の前が真っ暗になりましたから」


 彼らはそう言って、口々に謝意をあらわした。それだけが、エドワードの救いだった。

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