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整理番号 新A35:エスパノ家

 一人の少年が、二人の会話を聞いていた。その少年は、査問所の掃除係だった。


 彼は二人の会話を途中まで聞くと、持ち場を放りだして一目散にかけた。


「見つけた、見つけたぞ!」


 彼はそんなことを口走りながら、街道を駆けていった。










「なんなんだアヤツは!」


 判決後、エスパノ家は緊急の会議を開催した。議長はスイザラス鉄道の経営を一手に任せられているウサス・エスパノ家当主、タルキ・エスパノ。


 議題は突如として現れたイレギュラー。すなわち、エドワード・ラッセルのことである。


「彼はいったいなにものだ? アリアルが連れてきたらしいが……」


「まったく、ロザーヌの放蕩息子が。彼は昔からこうだ」


「ラッセル家の人間でシク鉄の顧問と言いますから、油断したのでしょう。問題は、今後彼をどのように黙らせるかです。アリアルを責めるのはそれからでも遅くない」


 議論は紛糾していた。だがしかし、エドワードをどうにかして黙らせるという方向性だけは一致しているようで、次々と案が出されていく。


「そもそもとして、エドワード・ラッセルとはラッセル家のなんだ?」


「公開されている報告では、一応ラッセル家の嫡男であると」


「しかし、ラッセル家だろう。胡散臭いなぁ」


 あの女当主はどうも信用ならん、と一人が言う。


「確か、ラッセル家はマックレー家の系譜でしたっけ?」


「血のつながりはないが、そのはずだ」


 一人がそう言うと、横の男がふと思い出したように言った。


「確か、レルフ・マックレーには一人娘が居ましたな」


 誰かがそう言うと、ウサス家夫人が下卑た笑い声を出した。


「それよ! アリアルを彼女と結婚させて、マックレー家から我が一族の支配下に置きましょう。どうせ相手は外様、なんとかなりましてよ」


 でっぷりと太ったその親指を噛みながら、彼女はそう言う。すると、ウサス当主は驚いたような顔を見せた。


「なんだ、君にしては珍しく頭が回るじゃないか」


「あらいやですわ。この程度のこと、私の手にかかれば造作もないことでしてよ」


 そう言うと、まるでガマガエルのように笑った。


「マックレー家の一人娘というと……。ああ、あの気弱そうな女か。確か名前は……」



「マリーヌ・マックレー」



 一人がそう答えた。そうそう、それだと全員がその声の主を探すと、それはアリアルだった。


「アリアル! まったく、君のおかげで大変なことに……」


「たかだか二人を監獄に入れ損ねたぐらいで、何を騒ぐことがありますか。どうせ、大ごとにはなりません」


「そうじゃない。エドワード・ラッセルという危険分子が現れたことが問題なんだ」


「どのみち彼は我々の目の前に現れたことでしょう。今のうちに出会えたことはむしろ幸運だったのえでは?」


 アリアルの飄々とした減らず口に、面々は怒りをあらわにさせる。それを無視して、アリアルは問う。


「それで、私はその彼女と結婚すればいいのですか?」


「ああそうだ。まったく、今まで我々に迷惑をかけ続けたんだ。これくらいは言うことを聞きなさい」


「そうは言われても、私は彼女を知らない」


「アリアル。いい加減になさい」


 ついに、当主が立ち上がった。彼はアリアルを一瞥すると、冷たく言い放つ。


「我々は寛大だ。しかし、モノには限度がある。それが分からぬ君ではないだろう」


 そう言われてしまっては、もうアリアルは何も言うことができなかった。










「アリアル様」


 アリアルが一人黄昏ていると、一人の少女がやってきた。


「カリヤルじゃないか」


 その少女は、アリアルのいとこにあたるカリヤル・エスパノであった。もっとも、いとこといっても年齢はかなり離れてはいる。

 それでも、アリアルにとって気の置けない、数少ない身内である。


「聞きました。ご成婚されたそうですね」


「いや、まだ決まったわけではない。……が、これはもうどうしようもないだろうな」


 どうしようもない。その言葉に、カリヤルは少し顔を曇らせた。


「アリアル様でも、逆らえぬものですか」


「結局は、私もエスパノ家という組織の中の人間ということだ」


 アリアルは遠い目でそう答えた。


「アリアル様なら、こういうときもなんとかするものだと思っておりました」


「できることとできないことがあるさ。私はエスパノという血筋に守られている人間だ。もし戸籍を剥奪されて市井に放りこまれたら、私はどう生きていいのかを知らない」


「そう……ですよね」


 カリヤルの顔は暗かった。それがアリアルは気になった。


「君の方はどうだい。楽しくやっているかい?」


「ええ。学園で素晴らしい友人ができましたの」


「そうか。友人のことは大切にするといい。そう言う友は、生きていくうえでこの上なく助けになる」


 アリアルがそう言うと、彼女は少しだけ明るい顔になった。


「ええ、本当にそうですわね」

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