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整理番号 新A33:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(結審)

 査問は微妙な雰囲気のまま閉廷し、乗務員二人は無罪となった。


 エドワードはその結末を見ることなく、査問会を後にした。




 退室したエドワードはバツが悪くなり、査問所の屋上に上がって一人、黄昏ていた。そこへアリアル卿が近づいてくる。エドワードは思わず、意地の悪い笑みがこぼれた。


「図らずも、査問を無茶苦茶にしてしまったようだ。すまないねぇ」


 エドワードは皮肉のつもりでそんな言葉を言い放った。だが、帰ってきた反応は、アリアル卿の深いお辞儀だった。


「……それは、なんだ?」


「感謝と、少しの謝罪だ」


 そうつぶやいたアリアル卿は顔を上げて、少しだけ微笑んだ。その微笑みの訳が分からず、エドワードは何らかの言葉をかけようとしたが、言葉が出てこない。


 やっとひねり出した言葉は、いやにつっけんどんなものだった。


「アンタの目的はなんだ」


 アリアル卿は、覚悟を決めたようにその帽子を脱いだ。そしてそれを足元に置くと、長くなるが、と前置きした。

 エドワードは訳も分からず、首肯する。すると、アリアル卿はその口を開いた。



「あれは私が十四を迎えた時だったと思う。長い邸宅ぐらしにも耐えかねて、私は帝都東側のスラム街に遊びに行ったんだ。今から思えば、とても無謀なことだったと思う」


 アリアル卿の口からこぼれ始めたそれは、何の脈絡もない昔話だった。エドワードは訳が分からない。普段のエドワードなら、この言葉をさえぎって結論をせかすところである。


「私は途中で、スラム街の盗賊団に襲われた。当時の私は、いや今も、最有力貴族のボンボンだからね。私の恰好はあまりにも目立っただろう。なんせ、スラムの連中は上着どころか、下着すら身にまとってなかったからね」


 だが、アリアル卿の雰囲気が、それをさせなかった。こんなことはエドワードにとって初めてだ。エドワードは、アリアル卿の言葉を、ひとつも逃すまいと固唾を呑んだ。


「逃げ惑った私は、気が付いたら歓楽街にまで迷い込んでいた。もう訳が分からなかった。領地への帰り方もわからない。私は途方に暮れてしまった。その時だった」


 アリアル卿の表情は、恍惚で、それでいて寂し気だった。そしてその奇妙な表情は、エドワードにも心当たりがあった。


「私を守ってくれた女性がいた。それは歓楽街の嬢だった。彼女は迎えが来るまでの三日三晩、仕事を休んでまで私の面倒を見てくれた。……とても、淫靡で艶やかな女性だった」


 彼の瞳は、ひどく湿っていた。エドワードはなんとなく、この話の流れを読むことができた。


「エドワード君。もう言わなくても伝わると思うが、機関士であるケルトン・サムラックは、私の息子だ」


「愛してしまったんだな、彼女を」


 小さくうなづく彼の瞳から、小さく何かがこぼれた。エドワードは、それから目をそらす。


 そんなエドワードの気遣いを知ってか知らずか、アリアル卿は話を笑い飛ばした。


「まったく、あれから私の人生は大変だったよ! 親にはこっぴどく叱られるし、あったこともない子供のことを考えながら生きていかないといけないし……」


 だが、その表情は浮かなかった。まるで何かに取りつかれたかのように、彼は虚空を見つめている。


「五年前のことだ。彼女のことを忘れられず、歓楽街をさまよっている時だった。私は彼に偶然出会ってしまった」


「大人になった、彼に」


「ああそうだ。一目見て分かった。私と同じ目をしていて、彼女と同じ顔をしていたから。そして歳も、サムラックという姓も、何もかもが一緒だった。だから私は、彼をこの鉄道に招き入れたんだ」


 エドワードは、話の全てを完全に理解した。


「つまり閣下は、最愛の女性との間に生まれた子を、守ってほしかったわけだ」


 エドワードの言葉に、アリアル卿は静かに首肯した。


「一目見て、君が人情に篤く、それでいて生真面目な職人肌の人間だとわかったよ。だから、君に賭けてみることにしたんだ。君なら、息子の無実を証明してくれるかもしれないとね」


 それを口に出してから、アリアル卿は初めて笑顔になった。だがしかしそれは、気障な雰囲気はどこかへ消え、憑き物がとれたような晴れやかな笑顔だった。


「ありがとう。エドワード・ラッセル君。君のおかげで、本懐は達せられた。私は、全てを守ることができた。本当にありがとう」


 アリアル卿はそんな言葉とともに、再び深々と頭を下げた。

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