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整理番号 新A32:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(査問その2)

「ウソよ! でたらめよぉ!」


 一人の女が金切り声でエドワードを否定する。その女はくるくるパーマで悪趣味な指輪をした奴だった。エドワードはついつい、その女を敵意丸出しの顔で睨みつける。


「こんなの、責任逃れのでっち上げよ!」


「では、その証拠はおありかな? ご婦人」


 エドワードは煮えくり返る腸をなんとか宥めすかして、絞り出すような声で言った。


 小さな声だった人も関わらず、その声は良く響いた。エドワードの声色に女は何も言えず、ただその場で口をパクパクと開閉させることしかできない。


「なるほど。では、参考人はこの事故について、不幸な事故であるとお考えか?」


 役員の一人が、その場をとりなすように、エドワードを言いくるめるようにそんな発言をした。それが、エドワードの逆鱗にとうとう触れた。


「不幸な事故……? ふざけるな」


 査問所に、エドワードの声が響き渡る。


「なぜ、鍛冶士は溶け栓を動作させないように作り上げたか。あんたらにわかるかい?」


「そ、それは、現場が怠慢で……」


 女の声を、エドワードは怒声でかき消した。


「原因は現場に存在した、あまりにもひどい軋轢だ! 乗務員は溶け栓が作動することをひどく恐れていた。だから、溶け栓が溶けるたびに、乗務員は鍛冶士をひどく虐めていた。鍛冶士は、乗務員らの要求に屈服せざるを得なかった」


「では、原因は不適切な現場の風土ということ……」


 役員はあくまでも、根本に気が付かないフリを続ける。


 この査問が始まってから、ずっとエドワードの心をちくちくと刺していたわだかまりが、いまここになって爆発した。

 エドワードはついに怪気炎をあげる。


「べらぼうめ! まだわからんか!」


 エドワードはその手をわなわなと震わせながら、役員たちを睨みつけた。


「証言によれば、溶け栓は頻繁に作動していたらしい。それはなぜか? 答えは簡単だ。マーシー線の設備や環境が、あまりにも不適切だったからだ」


 役員が何かを言い返そうとする。だが、エドワードはそのいとまを与えない。


「マーシー線終点のマーシー駅には水の補給設備が無い。そして、運航計画によれば、必要な時機に必要なだけ水を機関車に補充するだけの機会も設けられていなかった。であるから、乗務員は恒常的に、水を極端に節制した状態で運転をしていた。だから、溶け栓の作動が頻発したんだ」


「あー、参考人。君はなにか勘違いしておられるかもしれないが、マーシー線は様々な事情がある路線で……」


 役員のそんな言い訳を、エドワードは無視した。


「更に言えば、先述の通り、列車は当時バッキ運転だった。もし仮に機関車が正位であれば、爆発は乗客に対しなんら危害を及ぼさなかっただろう。しかし、実際には、列車はバッキで運転された。故に、爆発は乗客を激しく加害した」


 エドワードはついに証言台から離れ、役員の方へ歩み寄った。そして、役員の中で一番偉そうな服を着ている者に目を合わせる。


「なぜ、マーシー駅に転車設備がなかった? マーシー駅にせめて転車設備があれば、少なくとも犠牲者はでなかった」


 エドワードの言葉に、その男はまともに答えなかった。

 終始、裁きを受けるべきは乗務員のほうだ、とか、なぜ我々が尋問されなくてはならないのか、とかをつぶやいている。


 エドワードの怪気炎はそこで終わった。彼は、とうとう力尽きてしまったのだ。がっくりと肩を落としたエドワードは、静かに証言台へと戻る。


「まとめましょう。この事故が発生した原因は、マーシー線の設備不足と不適切な運行計画である」


 エドワードはさっさと結論を出した。一刻も早く、この不愉快な現場から脱出したかったからだ。


 だが、最後に一つだけ、この言葉を付け加えざるを得なかった。


「私の元居た国の、元居た鉄道でも、同じような事故があった。その事故でも、全ての責任は乗務員二人に押し付けられ、そして裁かれた。押し付けた奴らは、みんなアンタらと同じような顔をしていた。だが、一つだけ違うところがある」


 エドワードは語気を強める。


「彼らは、当局は、事故の責任を押し付けた後、素知らぬ顔をしながら全ての原因を改善させた。今ではバッキ運転は全て解消され、余裕のない運行計画なども見返されるようになった」


 これは事実である。


 昭和八年に発生した大九州線ボイラー爆発事故。この事故も、山岳路線の終点に転車台、つまり機関車の向きを整える設備が無いことが原因で発生した。

 裁判では、鉄道に明るくない検察官が適当に乗務員二人を訴追し、裁判官もそれを認めた。


 鉄道省は、責任を問われた二人を擁護しなかった。もっとも、それはそのような権能が鉄道省に与えられていなかったからでもある。

 どちらにせよ、鉄道省は二人が禁固刑に処されるのを、何もせずに見送った。


 だがしかし、彼らは真実から目を背けていたわけではない。


 鉄道省はその後、次善策として全国のすべての終点駅に転車台を設けることと規定した。これにより、バッキ運転の根本的な解消を図った。


 現在では、イベント運転や小運転などのやむを得ない理由がない限り、バッキ運転は行われない。


「今のアンタらは、かつての当局よりもひどい。それだけ言っておく」


 その言葉を最後に、エドワードの参考人としての仕事は、終わった。

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