整理番号 新A31:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(査問)
「裁判長! あなたはこの事件をどのようにお考えか?」
エドワードは開口一番、そんな事を言い出した。エドワードはゆっくりと辺りを見渡してその反応を探る。
エドワードの左側には、被告であろう乗務員二人が、驚いた表情でエドワードを見つめていた。エドワードはバレないように、その二人に目くばせをした。
「そんなもの、言うまでもあるかね」
裁判長らしき男は、あざけるように答える。そんな裁判長を、エドワードはまるで睨みつけるように鋭い眼光で突き刺す。
「決まってる。機関助士のミスでボイラーが空焚きになった。機関士には、機関助士の監督責任がある」
右手側から茶々を入れた奴がいた。見ると、どうやらスイザラス鉄道の幹部であるようだった。
「なるほど。ここにいる全員が、その様なお考えで?」
エドワードはその鋭い眼光のまま、ぐるりと周囲を見渡した。だれも、首を横に振る者は居なかった。
「よろしい。では、今から真実をお話ししましょう」
エドワードは淡々と、そして力強く、ただひたすらに語り始める。
「太陽暦447年第62日、スイザラス鉄道マーシー線第327列車はマーシー駅を折り返し、発車した。この時、機関車の向きは逆進、いわゆるバッキ運転の状態であった。
さて、列車は平常通りダッシー駅に差し掛かる。この時、機関車に装備されている水面計の表示は、目盛り七分目であった」
「ちょっと待て! それは嘘だ!」
一人がそう叫んだ。エドワードはその男をジロリと睨みつける。その男は一瞬たじろいだが、すぐに勢いを取り戻してエドワードに噛みついた。
「目盛り七分目は十分に適正な範囲内の水量だ。それなら事故は起きない!」
隣に座っていた良い身なりの女も、それに同調した。エドワードはそれを右手一本で黙らせる。
「続けましょう。機関助士は、機関士から缶水への給水を節制するように指示されていた。だから、機関助士はボイラーへの給水を絞った」
エドワードがそう言うと女は、それ見たことか、やはり原因は機関助士だと放言した。
エドワードはそれには反応せず、淡々と説明を続ける。
「証言によれば、助士が水を節制した直後、マーシー駅通過時点での水面計目盛りは、八分目だった」
「あー、参考人。それは確かかね」
裁判長は疑わし気に目を細める。確かに、ボイラーへの水量を絞ったのに目盛りが増えている、というのはおかしな話だ。
この問いにも、エドワードは淡々と首肯した。
「水面計の目盛りは、確かに八分目にあったことでしょう。助士は、きちんと逐次確認していたようですから、間違いない」
「責任逃れの為にウソをついているのではないか!」
男の野次を、エドワードはそのまま無視した。なぜなら、この先がこの話の肝だったからだ。
「さて、列車はダッシー駅構内からコクト駅へ向けて急な下り勾配へと差し掛かった。この時、水面計は正常に機能していた。が、水面計は缶水の量を正確には示していなかった」
「水面計が正確じゃない? どういうことだ?」
「まさかとは思うが、幹部の皆様方におかれては、全ての計器がいつでも正確に物事を指し示す、とでも勘違いしておられるかな?」
戸惑う幹部達に向かって、エドワードは嘲笑うように鼻を鳴らした。
ムッとした顔になる幹部に向かって、エドワードは吐き捨てる。
「とんでもない。条件が重なれば、計器は平気でウソを付く。今回の例でいえば、その条件とは勾配のことだ」
「勾配?」
「事故現場付近は連続した勾配で、最大で二度程度の勾配になる。さて、当該列車をけん引していたのは特二型機関車。この機関車は炭水車まで含めて約二十メートル。ボイラー長は十メートルに達する。あー、この国の単位だとどのくらいの長さだったかな?」
アリアル卿はそれに対し、メートルでも十分だと答えた。
「ならいいんだ。さて、二度の勾配に十メートルのボイラーを持つ機関車が差し掛かった時、ボイラーの前後で約三十五センチ……あー、この国の単位に合わせると、二.三セル程度の差が生まれる」
裁判官は一様に首を傾げた。エドワードは堪えきれず、一喝する。
「簡単に言えば、水面計が八分目を指していた時、ボイラー前部は八分目よりも低い位置に水面があったということだ!」
裁判官は一様に目を見張った。それを見てエドワードは、まさかこの世界に三角関数が無いわけではないだろうなとひとりごちた。
「機関助士は適正に缶水を管理していた。しかし、この現象によって缶水の量は正確に示されていなかった。故に、事故が起きた。この事件の一つ目の真相は、局所的な水枯れによるボイラー破損である」
裁判官も、役員たちも、一斉に息を呑んだ。エドワードはその空気に、だがしかしと楔を打つ。
「これが全てではない。問題は更に根深く存在する」
ぶっきらぼうにそういい放つと、エドワードは話を続ける。
「局所的な水枯れを起こしたボイラーは、しかし溶け栓が作用し機関助士に危険を知らせるはずである」
そう言うと、役員が勢い込んで主張を始める。
「そうだ! たとえボイラーに異常が起きても、溶け栓が正常なら……」
「正常なら、事故を防ぐ手立てをいくらでも講じることができる。しかし、もし正常ではなかったら?」
そこまで言って、エドワードはアイリーンに説明を引き継いだ。
「僕は鍛冶士のアイリーン。溶け栓を作っている人間から言わせてもらえば、現場に残されていた溶け栓は、正常に作動、つまり、ボイラーが危険温度に達した際に、自らが溶けて機関助士に危険を知らせる構造にはなってなかった」
「なんだと!」
「間違いない。これは、機関士・機関助士が所属した第三機関区への聴取によって確認済みである。つまり機関助士は、水面計の特性により缶水の量を知ることができず、更にボイラーが危険温度に達していることさえ知ることが出来なかったことになる」
エドワードの言葉に、アリアル卿が絶句した。
「じゃ、じゃあ、機関助士は事故の危険を全く察知できなかった……?」
「当然!」
エドワードは声を大にする。
「このような状況で、機関助士は懸命に事態に当たり、最善を尽くした。もしこの件においてどうしても責任を追及したいというのであれば、機関助士に責任は無いと言える。当然、機関士にもだ!」
エドワードは叫ぶ。それは、彼の心からの叫びだった。




