整理番号 新A28:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(聞き込み)
聞き取り調査と実験で、二つの疑問点が浮かび上がった。
一つは、なぜ溶け栓が正常に動作しなかったか。
もう一つは、なぜ乗務員は自らの運転が適正であると感じていたか。
一つめに関しては、比較的速やかにその真相にたどり着くことができた。それは、スイザラス鉄道第三機関区、つまり、事故を起こした乗務員と機関車が所属していた機関区に抜き打ちで調査に行った時のことである。
実験の翌日、エドワードたちが機関区に立ち入ると、そこでは大喧嘩が起きていた。エドワードはびっくりして現場に駆け付けた。
「なにごとだ!」
見ると、機関士と思しき男が、鍛冶士と思しき男を殴りつけている。
エドワードは思わず、その江戸っ子の血を沸き立たせてしまう。
火事と喧嘩は江戸の華。純然たる江戸っ子だったエドワードは、猛然と駆けだすと、アイリーンの制止も振り切って喧嘩の渦中へと入っていった。
「てやんでい! やめないか!」
エドワードはそう叫ぶと、多数の鉄道員相手に大立ち回りを始めた。
「この機関士が何をしたって言うんだ。無益なことはやめないか」
「なんだと、この外様野郎! すっこんでろ!」
「べらぼうめ! 外様もへちまもあるか!」
そういいながら、エドワードは機関士を殴りつけた。エドワードの拳が血で染まる。
その瞬間、他の機関士たちがいきり立った。とんでもないことになる、とミヤが確信した瞬間、一人の男が機関士を一喝した。
「聞け、聞かんか! 男一匹が今まさに話そうとしているのだから、きちんと話を聞かんか!」
彼は明らかに現場で一番偉そうな雰囲気の人間だった。彼の一言で、機関士たちは動きを止める。
「仕事に戻り給え。我々の責務は暴力ではなく、運輸だ」
その言葉で、機関士たちは暴力をやめた。だが依然として機関士たちは怒り狂っている。そんな機関士たちを鎮めながら、男はエドワードににじりよった。
「すまないね。ところで、君は何者だい?」
そう聞かれて、エドワードは素直に「アリアル卿の命でやってきた事故調査官だ」と告げた。すると、機関士たちはいっせいにバツの悪い顔をした。
「ああ、あの事故の。そろそろ来る頃合いだとは思ってたよ」
「と言うと、なにか引っかかっていることでも?」
「それは、この鍛冶士に聞けばいいんじゃないかな」
その男がそう告げた瞬間、周りの機関士たちが蜘蛛の子を散らすようにその場を去った。
エドワードはひどく驚いた。そして心の中に疑念が浮かび上がる。その疑念を押し殺しながら、エドワードは鍛冶士に声をかけた。
「申し訳ない。少し話をいいかな」
エドワードの言葉に、鍛冶士は黙って肩を震わせていた。だが、しばらくしてとつとつと語り始めた。
「私は、機関士たちに要望されて、溶け栓を通常より溶けにくく作っていました」
その言葉に、アイリーンは大きく目を見開いて口をあんぐりと開けた。まるで、そんなこと有り得ない! とでも言いたげだった。
だが反対に、エドワードの顔は冷静だった。
「それは、なぜ?」
エドワードはきわめて穏当に先を促した。すると、鍛冶士は少しだけ顔を上げた。
「マーシー線は最近できた路線で、設備が十分ではありません。そして運行計画も厳しいので、特に水の補給に難渋します。それにマーシー周辺はかなりの高山地帯ですから、気圧の関係で缶水が拭きあがったりします。それを避けるためにみな、通常より缶水の量を減らして運転するのですが……」
そこまで言って、少しだけ言い淀んだのちに、鍛冶士は再び語り始める。
「すると、良く溶け栓が溶けるのです。なので、いけないこととはわかっていながら、溶け栓に使う金属の配合を変えて、少しだけ溶けにくく作っていました」
「それは、事故のあった汽車も同様に?」
「ええ、もちろんです」
その言葉に、アイリーンが激昂した。
「君に鍛冶士のプライドは無いか! 鍛冶士は、その安全を一手に握っているんだぞ!」
そういきり立つアイリーンの肩をきつく抱き留めて、エドワードは彼女を止めた。
「要求を呑まなければ、彼らに乱暴された。それこそ、先ほどの様に。ちがうか?」
エドワードの言葉に、アイリーンはハッとした。鍛冶士を見ると、彼は力なくうなづいていた。
「すまない……」
「いえ、あなたが正しい。私は、暴力に屈した情けない男だ」
彼は背中を丸めて、それだけ呟いた。
エドワードにとっては、これだけ聞くことができれば十分だった。彼らはその場を後にしようとする。
だがその前に、エドワードは一言だけ機関士たちに告げた。
「闘う相手を、間違えるなよ!」
現場百遍とは、よく言ったものである。全ての捜査・調査の基本は、現場である。と、先人たちはこの言葉にこの真実を託したのである。
エドワードはその言葉を先人から受け取り、そして自身もそれを体現する一人だった。だから、最後の謎を解き明かそうとするエドワードの姿は、当然だが事故現場にあった。
「さて、最後の疑問点だ」
「なぜ、缶水が適正値に収まっていたのにも関わらず、事故が起きてしまったか。だね」
「ああそうだ。が、まずは最初の疑問点のおさらいと行こう」
エドワードはそういって、機関車の残骸に取り付いた。
「まず最初の疑問。なぜ、溶け栓の作動と爆発がほぼ同時だったか、だが……」
エドワードはアイリーンを手招きすると、機関車の残骸を見せた。すると、アイリーンは顔をしかめる。
「これは、溶け栓の残骸かな? この辺りは原型が残っているから、たぶんそうであると推測して差支えないだろうね」
「じゃあ、この溶け栓の成分はわかるか?」
「流石に詳しいことはわからないけれど、鍛冶士のカンで言わせてもらえば、これは正しい手順、材料、想定で作られた溶け栓じゃあない。明らかに溶けにくいように細工されている」
アイリーンは力強く答えた。
「ええっと、つまりどういうことでしょう?」
ミヤの声に、エドワードが答えた。
「すなわち、ボイラー内が危険温度にまで達したのにも関わらず、溶け栓が溶けないように細工されていた。そのせいで、爆発と溶け栓の作動がほぼ同時だったわけだ」
「通常、溶け栓はボイラーを構成する金属よりもっともっと低い温度で融解するように設計されているからね。ボイラーの金属とほぼ同時に溶けたんじゃぁ、溶け栓の意味がない」
「然り。機関助士が、それが危険温度である、空焚きであると認識してから、何らかの措置を講じるまでの十分な時間が必要だからな」
人間の反応速度は約0.2秒。そしてそこから、実際に行動を起こすまでの時間を併せると、実際には数秒以上、安全を考えるなら分単位の時間が必要である。
もし、その時間が得られなかったとしたら。溶け栓は何の役にもたたなかったということである。
「しかし、これではなぜ事故が起きたかの説明にはならない。なぜならば、機関助士がきちんと水面計を確認して水量を調整していれば防げた事態だからだ」
なぜ安全装置が働かなかったのか、の説明はついた。しかし、なぜ安全装置が動作しなければならないような状況に陥ったのかという疑問が残る。
そこに至り、アイリーンはなるほどと相槌を打った。
「それが最後の謎に繋がるんだね?」
その言葉に、エドワードは首肯した。




