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整理番号 新A27:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(事故背景)

「君のクソ度胸は嫌いじゃないよ。アリアル卿相手によくやるね」


 実験装置の片づけをしながら、アイリーンがそんなことを言ってきた。


「なに、昔からウエと闘うのは得意でね。それに、お偉い様の体裁の為に、現場の鉄道員を犠牲にするようなやり方は、どうしたって許せない」


「エドワードは、彼がスイザラス鉄道の体裁を保つために、事故の責任を現場の機関士に押し付けようとしている、と考えているのかな?」


 アイリーンの言葉に、エドワードは首が取れんばかりに頷いた。


「ああそうだ。俺の元居た国じゃ、あんな連中だらけだった。そして、俺はそんな連中とずっと闘ってきたんだ。今さら引けるかよ」


 エドワードの脳裏には、数々の事故が思い浮かぶ。国鉄上層部に、国会議員に、マスコミに、そして国民に、ありとあらゆる者どもが、現場に責任を押し付けようとしてきた。

 今更、異界の貴族など怖くもない。エドワードは心の中でそう豪語する。


 そんなエドワードに、アイリーンは手をひらひらさせておどけた様子をみせた。それは暗に、その態度についての再考を求めているようでもあった。


「君はアリアル・エスパノをきちんと把握できているかい?」


 彼女はそんな言い方をしてきた。しかし、エドワードに彼についての情報を与えたのは、彼女だ。


 逆に言えばそれ以外の情報は、シグナレスの星占い的な示唆を除けば、持ち合わせていない。そのことをアイリーンに伝えると、彼女は微妙な顔になる。


「彼は権力者だよ。そうっぽくは見えないけれど、彼は紛れもなく権力者だ」


「そんなことはわかっている。だから闘うんじゃないか」


 エドワードの反論にアイリーンは静かに首を振る。


「いいや、君はわかっていない。彼は、行く行くはこの国の趨勢を握ることになるかもしれない一人なんだ」


「そりゃあどういう意味だ」


 アイリーンの顔は相変わらず苦虫を噛みつぶしたような顔だ。


「アリアル・エスパノ。わかっていると思うけれど、相手はエスパノ公爵家だ」


「それなら、レルフのおっさんだってだって公爵だ」


 エドワードはそう言って胸を張った。だがアイリーンは首を縦には振らない。


「エスパノ家はボフォース大公家の分家。彼らの源流は降下した王族や外戚だよ。だから、制度上の立場を超えた権力がある」


 君が相手にしているのは、この国の権力だ。アイリーンはそう言い切った。


「てやんでい。それで負けたら、江戸の人間の名折れよ」


「江戸?」


「ああいや」


 エドワードは笑いながらごまかした。



「話を戻すと、アリアル卿はかなりの権力者ということさ」


 アリアルはエスパノ家の次期当主と目されている人物。さらに、国王の隠し子説が出るほどに王族との関わりも深い。と、アイリーンは言う。


「しかし家柄の七光りというわけだろう」


 エドワードはアリアルを侮る表情を見せた。その鼻先に、アイリーンはつんと人差し指を当てる。


「それがね、彼は家柄だけが評価されてるわけじゃないんだ。その容姿や実力も、大いに評価されている」


「そんなやり手なのか」


「彼の手腕はなかなかのものだそうだよ。あまり侮らない方がいい」


 にわかには信じがたい。エドワードはそう思った。


「彼に待つある噂はたくさんある。そのうち、三割は女性関係、二割は出自について。残りの五割は、彼の功績についてさ。もう、何が言いたいのかは理解してくれたかな?」


 それはつまり、家柄がかすむほどに彼の功績が輝かしいということを示している。そしてそれは、かなり驚異的だった。


「僕は一応、警告はしておくよ」


「ああ、礼を言おう。だが、私は停まらんよ。私の役目は、真実の探求だ」


 それを聞いてなお、エドワードの眼はまっすぐだった。



「そうそう、アリアルだけれども」


 アイリーンは話を戻す。


「彼は生まれてこの方、女に困ったことがないそうだ」


 アイリーンはからかうような笑みでそう言った。


「へえ。そんなにハンサムなのかい」


「ま、一年に数人のペースで女を泣かせているらしい、という噂だからね。それでもなお女が寄ってたかるんだから、相当なんじゃないかい」


 そう言われてアリアルの顔を思い浮かべる。確かに悪い顔ではないかもしれないが、それにしても気障な笑い方がどうしても鼻につく。


「女はあんなのがお気に入りかい」


 アイリーンに問いかけると、彼女は苦笑いで答えた。


「人それぞれじゃないかな」


 それは言外に”僕は苦手”と言っているようでもあったが、エドワードは聞かないことにしておいた。


「しかし、女を選び放題というのはどんな感覚なんだろうね。君も男としてはうらやましいんじゃないか」


 アイリーンは冗談めかしてそう言った。


 しかしその言葉にエドワードは表情を曇らせた。アイリーンは心配して顔を覗き込むが、エドワードはその顔にぽつりと呟く。


「……いや、俺が愛した女は、生涯アイツただ一人さ」


 その顔は、いつになく寂しそうだった。

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