整理番号 新A26(2):スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(再現実験・考察)
水性ガス、というものが存在する。これは石炭と水蒸気を高温下で反応させた際に発生するガスである。
正確には水蒸気改質反応によって、石炭と水蒸気が一酸化炭素と水素へと変貌する。これを地球の化学式であらわすとこうなる。
C + H²O = 2H + CO
ここは地球ではないから確証はないが、しかし実験の結果、発火石の燃焼においても同様の現象を観測できたわけである。
「これは、木炭などでも同じような現象を再現できる。俺の元居た国では、これを使用して木炭バスなんかを作っていた」
「モクタン……バス?」
シグナレスが眉をひそめた。
「ああいや、つまりだ、発生した一酸化炭素と水素で発動機を駆動させるということだ。一酸化炭素は、実は十分な酸素がある場合にはきちんと燃焼する物質で……」
そこまで言って、アイリーンがちんぷんかんぷんだとでも言いたげな顔をしていることに気が付いた。エドワードは咳ばらいを一つすると、気を取り直した。
「ともかくだ。これで燃焼中の発火石に水蒸気又は温水を吹きかければ水蒸気改質反応が起き、何らかの可燃性物質が発生することが証明された」
「それで、それがなんになるんだ?」
レルフの当たり前ともいえるこの質問に、しかしエドワードの歯切れは悪い。
「この事故の原因を、より正確に追求するために行ったもので、半分は私の個人的な興味によるものです。ですので、あまり意味を期待されても困ります。ですが……」
エドワードはひと呼吸おいてから、変な顔をするアリアル卿に向き直った。
「これで、乗務員たちの証言の、その正確性が担保されました」
「どういうことだ?」
エドワードは、ミヤに乗務員の証言の一部を読み上げさせた。ミヤは当該部分を一言一句違わずに覚えており、それをなにも見ずにすらすらと読み上げ始める。
「ダッシー駅を過ぎると、急な下り坂になるので、速度に気を付けて運転していました。すると、いきなり火室から煙が出てきました。驚いて制動を採ろうとしたら、バンバンと爆発が……。ケルトン機関士の証言です。また、ダーダリア機関助士も同じ証言を」
「この二人の証言に共通している箇所。それは爆発の回数だ。また、これは乗客の証言とも合致している。そうだな?」
「はい。被災客車の中程に乗車していたアリッサさんも同じ証言をしています」
ミヤの記憶力に舌を巻きつつ、エドワードは続ける。
「わかりますか? 今回このガス現象が証明されたことによって、この『二回爆発があった』という証言が俄然意味を持ってくるんです」
「どういうことだ?」
「整理しましょう。まず、何らかの原因により、ボイラー内部の水、すなわち缶水の量が減る。すると、ボイラーの温度が異常なレベルまで上昇し、ついにボイラーが耐え切れず圧壊する」
「典型的なボイラー爆発だな」
ヨステンの言葉に、エドワードは頷いた。それを肯定と捉えたヨステンが、疑問を投げかける。
「でもこれじゃあ、爆発は一回だ。それに、ガス現象も関係ない」
そういうヨステンに、エドワードは人差し指を立ててニヤリと笑った。
「ここからさ。第一回目の爆発では、ボイラー部分が吹き飛び、そして大量の水蒸気が燃え盛る発火石に吹き付けられた」
「通常ボイラーは、火室の上を水で満たして蒸気を発生させるのだから、当たり前だな」
「そう。そして、そこでこのガスが発生した。同時に、一回目の爆発によって機関車の前方と客車の連結部が吹き飛ばされている。そして、この衝撃によって、ボイラーから客室への空気の流れも構成された」
そこまで言うと、ヨステンは顔を青くさせた。
「まさか……」
「そのまさかだ。発生した可燃性ガスが空気の流れと共に客室内に流れ込んだ。高温の可燃性ガスは、客室内で酸素と十分に結合し、発火した。これが二回目の爆発」
「バン、バン。なるほど、時間差で二回の爆発があり、そして二回目の爆発は乗客の目の前の空気が爆ぜたわけだから被害も大きくなると……。そんなこと、考えたことも無かった」
ヨステンの言葉に、機関士たちは大きく賛同した。レルフも、アリアル卿も、それは同様だった。
「しかしこれで乗務員二人の証言が、かなり正確である可能性が示されたわけだ」
「そういうことになる。すると俄然、残りの証言も気になってくる」
エドワードはミヤに目くばせする。ミヤはカバンから証言をまとめた紙を取り出し、エドワードに手渡した。
「ありがとう。さて、気になる証言は二つ」
「二つもあるのか?」
ヨステンの言葉を無視して、エドワードは続ける。
「まず一つ。ボイラーの異常を認めてすぐに対処を行おうと思ったが、間に合わなかったという証言」
「そうか、それは確かにおかしいね」
アイリーンは目を輝かせる。そんなアイリーンに、ミヤは問いかけた。
「何がおかしいんですか?」
上目遣いでそう聞いてくるミヤにアイリーンは相好を崩しながら答えた。
「前にも言ったけれども、ボイラーには溶け栓という安全装置が付いていて、もしボイラーが危険な温度に達したら、ボイラーが爆発する前に溶け栓が溶けて煙が出るようになっているんだ」
「はい。それは聞きました。……あれ?」
「そう。溶け栓はボイラーの安全装置。つまり、通常は溶け栓が作動してからボイラー爆発まで、それを阻止するための何らかの対処をする時間的猶予が与えられているはずなんだ」
「アイリーンの言う通りだ。しかし、証言によればそれは存在しなかった」
ヨステンは愕然とした顔になった。
「そんな、溶け栓作動から間髪入れずにボイラー爆発だなんて、そんなことがあり得るのか?」
目を見開くヨステンに、エドワードは深くうなづいた。
「わからない。だが、この証言は非常に興味深いということさ。少なくとも、切り捨てて良いものじゃない」
そんな、とヨステンは放心状態になる。機関士にとって、いや、全ての鉄道員にとって、安全装置が満足に作動しないということは恐怖以外のなにものでもなかった。
「そしてもう一つ。証言によれば、当時機関助士は十分な量の水をボイラーに供給していたと言っている」
「……それは、信頼できる証言なのかい?」
アリアル卿がエドワードの言葉に水を差す。エドワードは瞬時に不快感を顔面であらわにした。
「アンタにとって都合が悪いかもしれんが、これがどれだけ怪しい証言だろうとも、一顧だにせず切り捨てていい証言ではない。もしこれが本当なら、事故の責任の所在は変わってくるからな」
「待ってくれ。十分な量の水をボイラーに注入していたにも関わらず、ボイラー爆発が起きるなんてことが、一体全体有り得るのかい?」
ヨステンはエドワードの言葉に飛び上がって驚いた。だが、エドワードそれに対しまんじりともせず答える。
「まだわからない。だから、この証言をきちんと検証せにゃならんのだ」
エドワードはアリアル卿の目から視線をそらさずそういった。そんなエドワードにアイリーンが茶々を入れる。
「なるほど。全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる……。だっけ?」
「ああ、そうだ」
ともかくだ、とエドワードは咳払いをした。
「明日からは、この二点の調査を行う」
エドワードは、アリアル卿の目をじっと見据えながら、そう宣言した。




