整理番号 新A23:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(現場)
改めて見ると、現場は凄惨そのものだった。
破壊しつくされた客車が、その場に転がっていた。特に、爆発を最も近くで受けた先頭の客車は、完全に黒焦げになって異臭までただよっている。
ミヤは思わず、鼻をふさいだ。それぐらいに、現場は無残な状況だ。
機関車は、もっと悲惨な状態だった。機関車の先頭部分がまるで皮をむいたバナナのようにひしゃげていて、事故の衝撃のすさまじさを思わせた。
「すごい、ですね」
ミヤは思わずそういった。
「この機関車は、勾配を上り更に平地での高速性能を担保するため、過熱式という新機構を採用している」
「発生した蒸気を更に熱することによって、より強力な蒸気圧、ひいては出力を得る方式だ。俺の国では主流だった」
そういいながら、吹き飛んだ機関車の構造を見て回る。それは、まるでエドワードが見てきた機関車の構造と酷似しており、そして特段の問題があるようには思えなかった。
「たしか、証言では……」
「機関助士がボイラーからの煙を発見し非常ブレーキを取ろうとしたところで爆発、とある」
「ボイラーからの煙というのは、溶け栓が溶けたことによるものだ。なぜ溶け栓が溶けたかというと、それはボイラーが空焚きになったから。つまり、この事故は……」
エドワードの言葉を、アリアル卿は奪った。
「機関助士のミスによる、ボイラー空焚きが原因」
そういったアリアル卿を、エドワードはじろりと睨んだ。
「それが、事故調査担当の見解で?」
「そうだ。事故調査を担当した、王令執行院運輸部の見解だ」
そう答えたアリアル卿にエドワードは詰め寄った。
「で、アリアル卿。閣下は私に何を望むのかい?」
鋭い眼光がアリアル卿を突き刺す。だが、アリアル卿はたじろぐこともせず、平然と答えた。
「単刀直入に言おう。私はこの報告に疑義がある」
「ほう、疑義」
エドワードはおうむ返しにそう問い質した。
「私は、これは単なるボイラー爆発事故ではないと考えている。そして、君がこの間やって見せたように、この事故の裏には私たちの知らない『なにか』が潜んでいるのではないかと睨んでいる」
アリアル卿の言葉を真剣に聞いていたエドワードは、アリアル卿に先を促す。
「なにか、そう思ったきっかけのようなものは?」
「いや、それはない。強いていうなれば、私のカンのようなものだ」
エドワードは急に表情を険しくさせた。
「それはつまり、報告書の内容がこの鉄道にとって都合の悪いものであるから、違う結果が欲しい、そういうことか?」
エドワードそう吐き捨てた。ミヤは突然のエドワードの暴言に慌てるが、エドワードはそれに構ういとまもなく次々と罵倒を始める。
「残念だが、俺はそういった都合で真実を曲げたりしない。俺は元居た国でも散々ウエと喧嘩しながらそうやって安全を護ってきた。たとえ舞台がこの国になろうが、そんなこと俺には関係ない」
エドワードのその言葉を、アリアル卿はただ黙って聞いていた。エドワードはそれが気に入らず、たたみかける。
「おおよそ、このマーシー線にケチがつくのが気に入らないから、未知の事象による事故であったことにして解決を図る三段だろう。だが、私は真実を言う。そのシナリオ通りに、私が事を運ぶと思うなよ」
エドワードの啖呵に、アリアル卿は不敵な笑みを見せた。そして、一言だけ言い放った。
「私が欲しいのは、真実だ」
エドワードは早速、事故の調査に着手した。爆発した機関車から破壊された客車まで、全てを見て回る。
「あれだけ甚大な爆発であったにも関わらず、機関士・機関助士に目立った被害が出なかったことは奇蹟に近い」
エドワードは被害を調べ終えてそう呟いた。
エドワードはミヤを連れて、今度は事故が発生したその場へと向かった。なにぶん、汽車は事故が発生してからすぐ停止したわけではなく、発生場所から残骸の場所まで相当の距離を移動したと思われたからだ。
エドワードは他の交通に注意しながら線路端をマーシー方面に歩く。すると、事故が発生したであろう場所はすぐに見つかった。
そこだけ、線路端の雑草が焼け焦げていたからだ。
「ここで爆発が起こったのですね。そして、草花が焼かれてしまった」
ミヤが哀しそうな声を出す。その瞬間、エドワードはある違和感を覚えた。
―――待てよ? 通常、ボイラー爆発事故は水蒸気爆発であることが多い。今回の事故も同様であると仮定したとき、この草花は吹き出た水蒸気により焼かれたことになる。しかし……―――
草花は背が低い雑草で、そして焼かれていないものは青々と茂っていた。
―――生きている草花を焼き枯らすほどの熱や火力を、果たして漏洩した水蒸気は得ることが出来るのか?―――
水蒸気は水と違い、摂氏一〇〇度を上回ることができる。だが、そうだとしても水蒸気爆発として周囲にまき散らされた水蒸気が、草花を焦がす”だけ”ということに、エドワードは強く違和感を覚えた。
―――それだけの爆発なら、もう少し破片などの残留物があってもおかしくない。なぜ、燃え痕だけなのだ―――
エドワードは少し考えてから、アリアル卿を問い質した。
「閣下、負傷者や犠牲者は、どのような被害を受けたんだ?」
「……被害者によりバラバラだ」
「バラバラ? なら、その内訳を正確に知りたい」
エドワードはアリアル卿の言葉に、違和感をさらに強めていく。
「ああ、確か、先頭付近の乗客は破片などが刺さっていて、そして後部の乗客は酷い熱傷を負っていた」
「先頭の乗客に火傷は?」
「もちろんあった。それどころか、その車輛の一番後ろにいた乗客までの全ての客に、重度の火傷があった」
アリアル卿にそういわれて、エドワードは考え込んだ。
―――普通、水蒸気爆発事故なら、吹き出る蒸気の熱より飛んでくる破片の方が重大だ。だいたい、蒸気圧に吹き飛ばされて四方八方に飛び散った部材が凶器になる。しかし……―――
エドワードは運転台にあまり被害が無いことを思い出した。
―――爆発の被害は運転台付近にはなく、運転台の反対側に集中している。そして、乗客は破片よりむしろ熱傷により被害を受けている―――
エドワードは、その様な事故に一つだけ、心当たりがあった。
「ミヤ、一度帰ろう」
エドワードはミヤの手を引いた。
「エドワード君、なにか掴めたかね」
そう問いかけるアリアル卿に、不承不承という表情で、エドワードは打ち明けた。
「……この事故、ただのボイラー爆発事故ではないかもしれない」
エドワードの言葉に、アリアル卿は一切の反応を示さなかった。会った時から変わらない、不自然なクールフェイスを崩さず、エドワードに続きを促した。
「当務機関士、機関助士との面会を希望する。また、出来れば被害者とも。それと……」
エドワードはひとつ、言い淀んだ。だが、しばらくして意を決した。
「簡単な模擬実験を行う。立ち会ってくれ」
エドワードはいったん、屋敷に帰った。すると、屋敷にはアイリーンがいた。
「やあ、エドワード」
さも当然のように話しかけてきたアイリーンに少し驚きながら、エドワードは微笑み返す。
「こんなところで、どうしたんだ?」
そう聞くと、アイリーンはからかうような笑みを見せた。
「今日は君が機関区に来ないから、様子を見に来たんだ。心配したが、どうやらミヤちゃんと逢引きだったらしいね」
それを聞いて、ミヤは顔を赤らめた。当のエドワードは、大きくため息をつく。
「てやんでい。そんなわけがなかろうよ」
「いいっていいって。それより、昨日の面倒ごとの続きなんだろう? どうだったかい」
アイリーンにそう問われて、エドワードは本当の要件を思い出した。
「そうだ。明日、お前さんの力を借りようと思っていたんだ。なあ、明日からしばらく、予定空けられるかい?」
そう言われて、今度はアイリーンが驚く番だった。
「びっくりしたなぁ。まさか、君の方からそんなことを言ってくるなんて。でも、急に言われても調整が難しいよ。今からヨステン区長に話を付けるのは、現実的じゃないだろうしね」
そう言われて、エドワードは屋敷の方を見た。すると、丁度シグナレスがエドワードを迎えにやってきたところだった。
「ああ、丁度いいところに居た! シグナレス、明日、彼女を借りたい! ヨステンに話を付けてもらえんか」
「あら、デートかしら? でもダメよ。そういうのはきちんと仕事が休みの日に……」
「違う違う! 調査の件で彼女の力を借りたいんだ!」
そう言うと、ミヤが少し残念そうな顔をした。
「あの……。エドワード様、私では、お力に、なりませんでしたか……」
そうか細い声で問いかけるミヤに、エドワードは首を振った。
「違う。君は詳細をよく記録してくれた。それだけじゃなく、今日は君に良い着眼も貰ったしね。君のおかげで大助かりだ。だが、それとこれとは違う」
そういいながらアイリーンの方を向き直る。
「事故調査に、実験が必要になった。明日……いや、明後日に実験を行いたい」
「そういうことなら、私からヨステンに掛け合ってみるわ」
シグナレスは二つ返事でそれを受け入れてくれた。だが、当のアイリーンは固まっていた。
「実……験……?」
「そうだ。君に実験道具を制作してもらいたい。詳細は後で伝えるから」
「まあ、いいけれども」
アイリーンは釈然としない顔をしていた。だが、エドワードがこう言うと、アイリーンは急に相好を崩した。
「君にしか頼めないんだ。頼むよ」
その一言で、アイリーンは自信を持った笑みになる。
「まっかせといてくれよな! 僕は、機関士兼女工のアイリーンさ!」
翌日。被害者と事故を起こした機関士、機関助士との面会が叶った。
エドワードとミヤはそれに立ち会い、様々な証言を得た。
その中でエドワードは、一つの結論めいたものを生み出しつつある。
そしてそれは、証拠という栄養を蓄えながら、徐々に徐々に結実しようとしていた。




