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整理番号 新A22:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(手がかり調査)

 列車はとうとう、マーシー線の区間に入った。マーシー線に入ると、路線の雰囲気ががらりと変わり、それにミヤもエドワードも驚かされる。


「驚いたかい?」


 アリアル卿の言葉に、ミヤはコクコクとうなづいた。


「今までの区間はスイザラス鉄道バフロス線。沿線には王侯貴族の邸宅や別荘が立ち並ぶ。しかし、バフロス駅を過ぎると、とたんにそういった屋敷は無くなる」


「なるほど。ここは、地形の縁か」


 エドワードは外を見ながらそう呟いた。


「御明察。ここからは本格的な山岳地帯になる。そして、役目を変えたバフロス線は、その名前もマーシー線へと変える」


 列車は急峻な地形を右に左にと曲がりながら坂をどんどん上っていく。それは、座席に座っていても感じるほどに急な傾斜だった。


「なるほど、マーシー線は山岳地帯か。マーシー線が坂を上りきった先には何がある?」


「人工都市マーシーさ」


 アリアル卿はそう言いながら、一枚の紙を取り出した。その紙はまるでパンフレットのようなもので、マーシーという街について描かれていた。


「魔法医学先進都市、マーシー?」


「実は、ここは数年前まで何もない山岳だった。しかし、ここから採掘できる魔法石が医学に転用可能であることがつい最近判明してね。急いで線路を引いて街を造り、医療物資や魔法石を帝都に向けて輸送しているのさ」


 列車は信号所に停車した。すると、猛スピードで坂を下る貨物列車とすれ違った。


「今のは帝都方面行火急列車、火662列車。最近体調がすぐれない皇后陛下への医療物資を満載した特別列車で、全ての列車に優先して運転される」


「医療品を満載、ね」


 列車はガタガタとまるで房総でもしているのではないかと思うような速度で下っていた。エドワードはなにぶん、貨車の脱線事故を経験したばかりであるので、少しばかりその光景に恐怖を覚えた。


「この鉄道を支配する我がエスパノ家は、本邦最高貴族たるボフォース大公家に連なる、国内最有力貴族の一つだ。我が一族の威信にかけても、医療物資の輸送は恙なくそして迅速に行う。その為の最重要路線が、ここマーシー線だ」


「事故はそのマーシー線で起きた、と」


 エドワードが皮肉の様に言うと、アリアル卿は至って真剣な顔で首肯した。


「そう。だから問題なんだ。もうすぐ事故現場を通る。どうか、この事故を解決してほしい」


 列車は開けた高原地帯を、ゆっくり上りながら走る。前を走る機関車から、息を切るような音が響く。何だ坂、こんな坂、そう喘いでいるような音を出しながら着実に坂を上る。


 がしかし、急にその音が聞こえなくなり、列車は速度を落とす。


「事故現場だ。ここはまだ、復旧がまだでね」


 列車は実にゆっくりと、現場付近を通過しようとする。見ると、客車や機関車の残骸が未だ据え置かれていた。


「高山地帯で、片付けるすべがないんだ。一応土に埋めて見えなくするつもりらしいが、それもできるかどうか」


 アリアル卿の言葉を、エドワードは鼻で吹き飛ばした。


「フン。現場保存が成されていることは喜ばしい。早速、現場に向かおう。もうすぐ駅かい?」


「ああ。この現場を抜けたらもうすぐだ」


 列車はアリアル卿の言葉通りに、ダーシー駅に到着した。




 ダーシー駅で列車を降りると、高山特有の澄んだ空気が身を包んだ。


―――こんなところは、日本と変わらないんだな。八ヶ岳と同じ空気だ―――


 すがすがしい空気を胸いっぱいに吸い込んでいると、汽車の甲高い汽笛の音がした。


 見ると、今しがた乗ってきた列車とすれ違う列車が駅を発車したところだった。


 その列車は、機関車の後ろに数両の客車と貨車をつなげた、普通の列車だった。が、ある一点が大きく他の列車と異なっていた。エドワードは、その異変にすぐに気が付く。


「どうしてバッキ運転なんだ?」


「バッキ運転?」


 耳慣れない言葉にミヤが首をかしげる。


「先頭に機関車がいるだろう?」


「はい。先頭に機関車がいて、後ろの車輛をけん引している。普通の姿ですよね?」


「だが見てみろ。その先頭の機関車は、アタマをケツに向けてるぜ」


挿絵(By みてみん)


 機関車には、エンドというものがある。蒸気機関車においては、先頭の丸くなっている方が1エンドで、機関士がいる方が2エンドだ。

 通常、列車において機関車は、1エンドを先頭に向け2エンドを後ろの客車と連結する。

 だがしかし、バッキ運転においてはそれが逆になるのである。


「よくあることだろう。気にすることか?」


 そしてこれは、アリアル卿が言うようによくあることである。それはエドワードも認めていた。


 普通、蒸気機関車は折り返しの際に、転車台というものを使って一エンドが必ず進行方向を向くように整えられる。だが、その転車台が無い場合は、バッキ運転にならざるを得ない。


 だが、これはあくまでも「仕方がない」ことであり、積極的に行うべきことではない、とエドワードはそう考える。事実、日本国鉄も同様の見解で、バッキ運転は日本国内において急速に廃止されている。


「あの、バッキ運転? だと、何がいけないんですか?」


 ミヤの当たり前ともいえる問いに、アリアル卿は簡単に答えた。


「機関車は、バック運転することを考慮に入れて設計されていない。だから、バックすると脱線したり、あとは発火石と水を積んだ燃料車が邪魔で視界が悪かったりするんだ。更ににこの燃料車が厄介で、構造上バック運転が殆ど出来ない」


 燃料車は日本でいう所の炭水車だ。うず高く積まれた燃料が邪魔で、大抵は後部を満足を見ることができないし、足回りが貧弱なため、こちらを先頭にすると躓いて脱線を起こす。


「だが、わが鉄道の機関車は、バッキ運転でも安定するように設計されている。そして今回の事故には関係ないさ。さあ、現場へ行こう」


 アリアル卿はそういって笑った。だが、エドワードの目は、バッキ運転で走る列車に注がれていた。


 まるで、それに「なにか」があると言わんばかりに。

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