整理番号 新A21:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(事前調査)
【事故概況】
スイザラス鉄道マーシー線第22+9列車は、いつも通り順調に終点のバフロスに向けて走行していた。
列車は先頭から順に、特2型機関車、客車三両、貨車二両の編成で、そのうち特2型機関車はバッキ運転と呼ばれる、本来の先頭を後部に向けた(つまり、機関車の先頭が後ろの客車と連結した状態)で運転を行っていた。
列車はマーシー駅を出発してから数十分後、ダッシー駅を通過し長い下り坂に差し掛かった。
機関士と機関助士は、急な下り勾配をゆっくりと注意深く運転している。すると、いきなり火室から煙が噴き出した。
機関助士は慌てて列車を緊急停止させようとしたが、間に合わず。機関車は轟音を立てて爆発した。
その爆発は後部の客車までもを粉々に破壊し、多くの乗客を負傷させ、死に至らしめた。
負傷者、太陽暦447年第62日目時点で55人、死亡者は32人。
王令査問会は、機関士と機関助士を業務上の過失により臣民に被害を負わせた疑いで逮捕した。これは王令(基軸)第211号(裁定その30)に依拠する。
エドワードは記録役のミヤを連れてスイザラス鉄道へとやってきた。
「これから事故現場に向かってもらう。事故の概要はここに記された通りだ」
スイザラス鉄道の列車に揺られながらエドワードはその書類に目を通していたが、ふと目線を上げると外の車窓を眺め出した。
「なにか、気になることでも?」
「いや……」
エドワードは車窓に映る鉄道の姿が気になった。沿線の雰囲気はなんだか、少し暗いような気がした。
―――鉄道員はみな身なりが良いし、その制服を着崩したりして荒廃している雰囲気もない。だが……―――
列車は大きな信号所に入線し、停車した。列車の周囲を鉄道員が駆け回る。
―――目が死んでる。あれは、ダメだ―――
エドワードはここでシグナレスの言葉の意味を思い出した。
―――この鉄道が気に入らない、とはこういう意味か。確かに、気に食わんな―――
鉄道院の顔は、みな押しなべて暗く、そしてなにかに追われているようだった。
エドワードは決めつけるようなことはしたくなかったが、だがそれでもここに原因の一端を見てしまうのはとても避けられたことではなかった。
そして特に、エドワードは職場の雰囲気というものにとても篤い感心がある。
「エドワード君。今までの調査では、事故原因はボイラー爆発ということになっている」
物思いにふけるエドワードの意識を、アリアル卿は半ば強引に引き戻した。エドワードは渋々といった表情で、彼に応える。
「証拠は?」
「状況から見て、間違いないというのが調査部の見解だ」
微妙にかみ合わない会話に嫌気がさしてエドワードは考えることをやめる。だが、その隣でミヤがふと声を上げた。
「あの、ボイラー爆発って、なんですか?」
ミヤのそのあどけない声に毒気を抜かれたエドワードは、丁寧に答えてやることにした。
「蒸気機関車はボイラー内で炎を燃やし、水を温め、そして蒸気をつくるだろう。この時に何らかの原因、例えば強度不足とか、蒸気圧が高まりすぎたとかの状況が発生すると、その蒸気圧によって機関車の構造が破壊され、爆発のような現象を起こすことがある。これがボイラー爆発だ」
「そんなことが起きるん、ですか?」
ミヤはつぶらな瞳をエドワードに向けて、不思議そうな顔で首をかしげた。それがエドワードにとっては可愛らしくて、ついつい頭をなでながら笑顔になってしまう。
「ああそうだ。君が元々扱っていたのは温水用だし、今までの状況から見てボイラー爆発に至るようなことはまずなかっただろうから知らないとは思うがね。だが、これはかなり身近にある危険だよ」
エドワードの言葉を、アリアル卿が引き継いだ。
「例えば、蒸気圧が高まりすぎたことによる爆発。これは、例えば機関車の安全弁が故障などすることによって発生する場合がある。また、機関車の構造が設計や想定より脆かった場合にも、発生しうる」
「卿の言う通り。また、例えばボイラーの空焚き、つまり温めるべき水が存在しない状態で炎を燃やしてしまうと、これが原因で熱によりボイラーが損壊、そして爆発ということが良く発生する」
「ええ!? ボイラーが融けちゃうんですか?」
「そうだ。それを防ぐために、ボイラーには溶け栓というものがあって、その危険を知らせるようになっている」
「溶け栓……?」
ミヤは話についていけないようで、頭の上にハテナを多数浮かべながら首を右に左にかしげていた。エドワードがどうしたものかと思っていると、列車はちょうど機関区の隣で停車した。
「ああ、あれを見てみろ」
エドワードは窓を開け、ある一点を指差した。それは鍛冶場だった。鍛冶士たちが、なにやら鋳物を作っていた。
「あれが溶け栓だ。あそこでああやって、溶け栓を作っているんだ。あれを、ボイラーの火室の天井に開けてある穴に差し込む。そして、栓はボイラーよりも溶けやすい金属で作られているから、危ない温度に近づくと先に溶け栓だけ融けてしまうんだ」
「なるほど、だから溶け栓、ですね」
エドワードの説明に、ミヤはやっと笑顔を見せた。それに満足しながらエドワードは外を見続ていると、ある異変に気が付いた。
―――なんだ? 鍛冶士たちがなにやら詰められているが……―――
溶け栓を造っていた鍛冶士たちが、なにやら男たちに詰め寄られ、叱責されているようだった。エドワードは、それを目敏く見咎めた。
―――やはりこの鉄道、雰囲気が悪いぞ。こんなにも見てくれが綺麗なのに―――
一度は治めかけた違和感が、急速に喉の入り口まで戻ってくるのを感じた。あの様子には何かがある。例え、この事故と関係が無かろうと、なにかがある。
エドワードの過去の記憶が、彼自身にそう語りかけていた。そして彼自身も、事故の予感を感じ取っている。
―――なんだ、この予感は。まるでどこかで……―――
だが、それが思い出せなかった。それをただ歯がゆく思うエドワードを乗せて、列車は更に進む。




