整理番号 新A19:シ=ク鉄道線内における連続脱線事故(再発防止)
エドワードの提言で、荷役の質は急激に向上した。その中でエドワードが一番驚いたのは、彼らが自主的にパレット式の荷役を考案したことである。
パレット輸送というのは、荷物をパレットと呼ばれる台に載せて管理し扱うというものでエドワードのいた昭和五十年代においてもかなり新しい思想の一つだった。
エドワードがそれについて一言ふたこと助言をくれてやるだけで、彼らは勝手に荷役の質を改善させていった。エドワードはやはり、なにかを変えるのは現場の力であると確信した。
それ以上にエドワードを驚かせ、そして困惑させたのは、制限速度標識の設置についてである。彼らはエドワードになにを言われるでもなく、自らその概念を作り出し、線路へと設置した。
制限速度標識の作成はアイリーンが担当した。その標識には発光石と呼ばれる魔法石が埋め込まれていて、夜間でもよく視認できるように工夫がなされている。
更に、標識に風車のようなものを取り付け、風による回転で自動で標識を掃除してくれるほか、風車の回転により一部の発光石が隠されたり露出したりを繰り返すことであたかも点滅しているかのように見えるように設計されていた。
風車を発光する標識に取り付けて掃除を行うことは、例えば高速道路の標識などで行われていることであるが、鉄道への使用例は聞いたことが無かった。
また、その回転を利用して点滅効果を得ようという考え方は、電子制御に慣れてしまった日本人にはとうてい考え出せないものだった。
点滅は確かに意識を集中させる効果があるもので、機関士は否が応でもそれに注意せざるを得ない。
「アイリーンはとんでもないアイデアマンだ。日本に居たら、今頃新幹線でも創っていそうだな」
エドワードはそれを見て、ただただ嘆息することしかできなかった。
エドワードはいつも通り機関区に顔を出した。機関区の面々はますます彼に好意的に接してくれるようになり、会話や接触も増えた。
だが、それに反比例して、エドワードが頼られることと言うのも減っていった。
「この鉄道の人間は優秀が過ぎる。俺の出る幕がもう終わっちまった」
エドワードは一人そんなことをぼやき始めた。それを聞いていたアイリーンが、思わず吹き出す。
「全部君の功績だろうに。もっと誇ったらどうだい?」
「馬鹿言いなさい。私の知識と経験の範疇を、もうすでに超えているよ」
エドワードが教えたことは、基礎の基礎である。シク鉄の面々は、たったそれだけで飛躍的に進歩した。それどころか、エドワードにとってもうすでに口出しできるレベルを超えているようにすら思う。
だが、エドワードはそこに一つの満足感を感じつつあった。まるで、男庭が一人前の機関士として育ち切ったときのような、そんな感慨がエドワードの中にはあった。
そして、エドワードの中には、一つの望みのようなものが顔を出し始めた。それは、件の事故を解決したときに感じた、もう一つの達成感だ。
「なあ、君はどうしたいんだい?」
「簡単なことだ。もっと安全な世の中にしたい」
エドワードは考えるよりも先に、口から言葉がポロリと零れた。そのことに少々驚いたが、だがそれは他ならぬエドワード自身の本心だった。
「ああ、そうだ。もっともっと、事故を解明し安全を追求したい。それが、それがきっと……」
「それがきっと?」
エドワードはそこまで言って、声を詰まらせた。エドワードは、それが妻を弔い、贖罪することになると答えようとした。だが、本当にそうなのか、エドワードの中で強烈な葛藤と後悔が自身を苛んだ。
知らず知らずのうちに表情を強張らせるエドワードの頬を、アイリーンはふいにつねると、そのままぐにぐにと弄び始めた。
「てやんでい! なにすんだ!」
批難の表情を見せるエドワードの目を、アイリーンはまっすぐに見据えた。
「そんな表情しないでよって。あなたは悪い人じゃない。だから、きっと間違ってないよ」
「何をいきなり……」
いつもは見せないアイリーンの真剣な表情にたじろいでいると、アイリーンはそのまま相好を崩してニコッと笑った。
「なんとかなるさ。何とかならなかったら、僕が手伝うからさ」
その瞳は、なにかを察している目だった。そして、彼女の表情は、それを受け入れてくれていた。エドワードは、自分がいつの間にかに握りこぶしを作っていることに気が付いた。
「ああ、その時は頼むよ」
エドワードは、笑ってそう答えた。