整理番号 新A18:シ=ク鉄道線内における連続脱線事故(報告)
「事故原因が分かった?」
エドワードの言葉に、ヨステンは素っ頓狂な声を出した。
「ああ。だが、原因を聞く前にちょっとだけ、無蓋車に荷物を積み込むところを見せてくれ。あと、アイリーンを呼んでくれ」
ヨステンは言われるがままにエドワードの要求に応えた。その要求に応えるために、機関区は上に下にの大騒ぎになった。更に、その話を聞きつけた首脳陣が集まってきて、エドワードの言葉を今か今かと待ちわびていた。
全ての準備が整う頃には、エドワードの周りはさながら推理ショーの様相を呈していた。エドワードはそんな中で、咳ばらいを一つしてゆっくりとその口を開く。
「事故原因について解説いたします。この脱線は、競合脱線と呼ばれるものです」
「競合脱線?」
聞いたことのない言葉に、一同が期待と共に顔をしかめた。エドワードはそれには気を留めず、説明を続ける。
「この競合脱線と言うのは、様々な要因が重なり合って脱線が起きた、という意味です。直線区間で何の前触れもなく脱線をした、という事実から、この結論に至りました」
「まるで言葉遊びだ。そんなことを言うために、我々を集めたのかね」
一人が不快感をあらわにする。エドワードは毅然と言い返した。
「いえ、もちろん違います。これからその様々な原因、というものを解説いたします」
エドワードはそう言うと、手近にあった貨車を指差した。
「あれはこの鉄道で主に使用されている有蓋貨車ですね?」
「ああそうだ。一号有蓋貨車と呼んでいる」
ヨステンが答えた。エドワードは続けて問いかける。
「あの貨車の制限速度は?」
ヨステンはそれを聞かれて目を白黒させた。まるで今までそんなこと考えたこともなかった言わんばかりに。
「体感だけれど、六十キロマイジを超えると、ちょっと怖いかなって思うな」
代わりに、アイリーンが答えた。エドワードはその答えに大きくうなづく。
「この貨車は一段リンク式と呼ばれる構造―――これは私の国での呼び方ですが―――を有しています。私の国では、これを六十五キロマイジの制限で使用しています」
第一の事故発生時、列車は七十キロマイジを出していたとの証言がある。それを思い出した首脳陣の一人がこう口走った。
「なるほど。第一の事故においては速度超過が原因であったわけだ。しかし、それでは第二の事故は防げない」
それを即座に、エドワードは否定して見せた。
「違います。概ね五キロマイジ程度の誤差であれば、通常なら、それはすなわち他に何も問題が無ければ、許容されてしかるべきです。つまり、この事故は速度とはあまり関係がないのです」
「なんだって? じゃあ」
原因はどこに……。首脳陣は一様にそんな顔になる。エドワードは、そのタネを明かした。
「今からお見せします。ミヤ、その貨車の扉を開いてくれ!」
ミヤは言われるままに、用意された貨車の扉を開いた。すると、中から荷物が崩れて落っこちてくる。
ドサドサドサ、とまるで雪崩か土砂崩れかのように、中の荷物があふれてくる。ミヤはそれに巻き込まれそうになって、慌てたアイリーンに間一髪救出された。
「危ないなあまったく、雑に積みよって。それで、君は一体何を言いたいのだね」
「そう! そこなのです」
エドワードはピシッと指をさした。首脳陣たちは、まだ何を言いたいのかがわからないようだ。そんな彼らに、エドワードは易しくかみ砕いて話す。
「このように、貨車には乱雑に荷物が積み込まれています。そして、今まさにこの荷物が崩れました。さて、これがもし、走行中に崩れたら?」
そう言われて、アイリーンはハッとしたような顔を見せた。
「まさか、走行中に荷崩れを起こし、それが原因で脱線を引き起こした、とでも言うのかい?」
「まさに、だ」
エドワードは一呼吸置くと、まだわかっていない者たちに向けてさらに易しく説明を続けた。
「乱雑に荷物を積むことによって、積荷の偏積……。まあつまり、ぐらぐらと不安定な積み方をされた荷物が、走行中にバランスを崩す。すると、その荷物を積んでいる貨車まで一緒にバランスを崩してしまう。そうなったら、もう脱線。こういうことです」
「じゃあ、原因は荷役だというのかね」
荷役とは、荷物の積み下ろしやそれに付帯する作業のことである。エドワードは首を少しだけ縦に振った。
「正確には、これを主因とする様々な現象の積み重ねです。高速度走行や車輛の構造も、直接ではないにしろ原因の一つです。が……」
エドワードは、今度は確信をもって答えた。
「私の国では、この荷役の問題を改善することによって、荷崩れ・偏積による事故の発生件数を極限まで減らすことに成功しました。近い将来、ゼロにすることも可能と考えています」
「荷物の積み下ろし一つでそこまで変わるのか……。盲点だった」
一人が膝を打った。その反応に、エドワードは非常に満足だった。
「荷役を正しく、かつ効率的に行うことは、停車駅での荷扱い時間の短縮や貨車運用の効率化に繋がります。そうすれば、更に効率化した鉄道運営も可能でしょう」
「それは、君のおかげで急増した貨物需要に応えることが出来るのかね?」
その問いにも、エドワードは自信をもって答える。
「もちろん。我が国では、現場の努力で積みあがっていた滞荷を解消した実績があります。我が国のような小さき未開の国でも成し得たのですから、この鉄道に出来ぬはずはないと確信しております」
エドワードの言葉に歓声が上がった。実際、国鉄は現場や外郭団体の努力により荷役の効率化が行われ、劇的な輸送改善を行った事がある。
エドワード生前、その渦中にいた。あの時の希望の光を、開けていく未来への展望を、エドワードの身体はまだ覚えていた。
「当然、貨車の改良や、制限速度の設定も大事です。なぜなら、第一の事故の荷崩れは、高速走行時の振動により誘発されたと考えられるからです」
「なるほど、競合脱線というからには、ひとつの原因をつぶしただけではダメか」
「そうです。全ての原因をつぶさねばなりません。ただ、それには時間がかかります。荷役の改善は、今日の今この瞬間から行えます」
エドワードがそう言った瞬間、事態はもう既に動き出していた。ヨステンはエドワードの言葉が終わらないうちに走り出す。
「おい、荷役の連中を全員集めろ! 作業はいったん中止だ!」
その言葉に呼応するように、首脳陣たちも一斉にその場を飛び出した。
「技術班を呼び集める。直ちに貨車の構造についての緊急会議を行うぞ」
「おい、至急数学者を集めてくれ。設計には彼らの力が必要だ」
矢継ぎ早に指示が飛んでいく。エドワードは思わず舌を巻いた。そんなエドワードに、一人の男が近付いてきた。
「ありがとう、エドワード君。早速取り掛かろう。折角今、我が鉄道は拡大期にあるというのに、変なことでケチが付いたらかなわん」
初老の男が、エドワードにそう言ってウインクした。エドワードはにやりと笑った後、深く頭を下げる。
「どうか、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそだ」