整理番号 新A16:シ=ク鉄道線内における連続脱線事故(検分)
脱線事故。それは、軌道の上を走る鉄道にとって、絶対にあってはならない事故である。
この事故発生の一報は、エドワードの心をとても寒からしめた。
まさに安全が、損なわれたということなのであるから。
現場に到着したエドワードはまず、その現場の“平凡さ”に驚いた。
―――平坦な直線区間。それも、なんの障害物も見通し不良も存在しない……―――
脱線の原因は多岐に渡るが、通常重大事故として挙げられる事故の殆どは、(その場が強風・悪天候・土砂流入などがない限り)おおよそは曲線区間で、それも速度超過によるものであると言える。
これらは乗り上がり脱線、滑り上がり脱線、飛び上がり脱線と呼ばれるものであったり、又はそれら総合の結果であったりするのであるが、今回の事故はその様な原因に拠るものであるとは到底考えられなかった。
なぜなら、事故発生現場を含め、至近に曲線区が存在しないからである。
このことからエドワードは、もうすでに脱線原因の目星を付け始めていた。
―――この事故は、恐らくアレだ。だがしかし、その直接の原因が何かは検証が必要だ……―――
今のエドワードには、証拠はおろか事故の記録すらなく、ただただ目の前に現場が横たわっているだけ。エドワードは整理された情報からではなく、この残骸の中から真実を探し出さなければならない。それに気が付いた時、エドワードはちょっとだけめまいがする思いだった。
さて、エドワードはいつものように、すなわち国鉄機関士であった時の様に、胸ポケットからメモと万年筆を取り出そうとする。そこで、自らがもう違う存在に生まれ変わっていたことを思い出した。
「ああ、やってしまった。馬鹿か俺は……」
ペチン! と自分のおでこを平手打ちすると、エドワードの背後からいけません! という声がする。エドワードは驚いて振り返ると、そこにはミヤが荷物を抱えて立っていた。
「自分の頭を叩くと、馬鹿になると聞きました。エドワード様は馬鹿ではありませんし、馬鹿になってもいけません……」
ミヤは力なくそう答えた。そして、その手に持っている荷物をエドワードに押し付ける。
「これは?」
「メモとペンです。クリス様がこれを持っていけと」
その荷物はひとまとめにされた筆記用具だった。きっと慌てたエドワードが何も持たずに出かけて行ったのを不憫に思い持たせたのだろう。
エドワードは礼を言って受け取ったが、ふと考えなおしてその筆記用具をミヤに返した。
「ミヤ、字は書けるか?」
ミヤは戸惑う表情を魅せながら、小さくうなづいた。
「ならヨシ。今から俺が言うことを、ミヤは書き取ってくれ」
ミヤの返事も聞かず、エドワードは現場の調査を始める。ミヤは、その後ろを百面相の表情を見せながらついて行った。
最初に脱線したと思われたのは、有蓋車だった。
有蓋車とは国鉄で最もポピュラーな貨車の一つだ。まるで小屋に車輪を付けたような形をしており、古い有蓋車はそのまま倉庫として使われることもある。
まさに、鉄道原初の時代からある由緒正しき貨車だ。
その貨車は普通、屋根を付けて守らねばならないもの、すなわち小荷物だとか紙であるとか、ともかく水濡れや砂埃、風などを避けたいものが積まれていることが常だった。
事故に遭った有蓋車は大きく変形しており、中の荷物が散乱していた。荷物はどうやら箱詰めされた何某かであるようで、たまに箱が壊れて中の物が露出しているところもある。
エドワードはその様な情景を逐一、言語化してミヤに伝える。ミヤはそれを一言一句書き取っていった。
それにしても、とエドワードは思う。
―――やはり、速度の出しすぎが原因であろうか―――
エドワードが伝授した方式に拠れば運転速度は劇的に増大する。それが事故の遠因もしくは直接の原因であるとしか、エドワードには思えなかった。
しかし、エドワードの肌感覚から言えば、エドワードが出した速度は早くも何ともなかった。
エドワードは常総本線において、特急荒潮号を運転したことがある。特急荒潮号は北方地方に対する速達列車であり高速化に対する要求は大きかった。が、エドワードが荒潮号を運転していた時代ではまだ蒸気機関車が必要な区間が多く、仕方なしに蒸気機関車での運転となった経緯がある。
エドワードは当時最速の蒸気機関車を用いて運転を行ったが、それでもゆったりとした速度でしか運転できなかった。
エドワードが当地で出した最高速度は、その時の速度よりも明らかに低速であった。
だが、当地においてはそれでも高速と判断されてしまうほどに、未だ高速化が成されていない世界なのであろう。ということにエドワードは今頃気が付いたのである。
―――安全を確保するつもりが、却って安全性を損なってしまった―――
その事実が、エドワードを焦らせた。
次に、機関士に聴取を行った。機関士は以下の様に語った。
「ミノルバ手前の緩いカーブを抜けると、そこから全力運転にするんだ。すると、ハハット駅通過直後の上り坂に余力を持って対応できるから。速度計を見ていないからわからないが、ミノルバ駅通過時点で相当な速度が出ていたと思う。この区間は速度が出せるから、いつも助士と最高記録を狙って(速度を)出してしまうんだ」
(具体的にいつもどのくらいの速度を出すか聞かれて)
「六十キロマイジぐらい、いつも平気で出すよ。前までは四十キロマイジもなかなか出せなかったから、ついつい出してしまったんだ。もしかしたら、七十キロマイジくらい出ていたかもしれない」
ここでいう「キロマイジ」とは、エドワードの感覚からしてだいたい日本でいう「~キロメートル毎時」とほぼ同じであると考えてよさそうだった。
さて、ここで問題になってくるのは、貨車の構造だ。
貨車の足回り、すなわち車輪とその回りに関しては、エドワードもよく見慣れているものだった。
「一段リンク式の足回り……戦前のワムとほぼ同構造だ。制限速度は六十五キロ程度……」
エドワードの脳内に事故原因が浮かんでは消える。どの事故原因も、直接の原因であるとは断定できなかった。何しろ、情報もその蓄積も浅い世界の事である。
判断に要する情報が圧倒的に少なかった。
頭を悩ませているうちに、ヨステンがやってきた。そして、後ろの列車が詰まっているからと、早々に現場を片付けてしまった。
現場保存が大事とはいえ、輸送を支障してまでの現場保存は逆に新たな危険を喚起する恐れがある。これには、エドワードも渋々ながら同意せざるを得なかった。
結局、エドワードは何もつかめないまま、その場を後にした。




