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整理番号 新A14:閉塞とダイヤグラムの概念及びその導入

 列車は無事に帝都にたどり着いた。


 本当は帝都の街をゆっくり見て回りたかったエドワードだったが、すぐに折り返しの列車を運転したためにそれは叶わなかった。


 一仕事終えて線路端で黄昏ていると、後ろから声を掛けられた。


「で、さっきのはどういう意味だい?」


 その声の主はアイリーンだった。


「ああ、いや……」


 どう説明したものかと言いあぐねていると、アイリーンは話題を変えた。


「そうそう。君が言っていた発火石への散水、あれを効率的に行う装置を考案したんだけれど、ちょっと見てくれないかい」


「散水装置だって?」


 不思議がるエドワードをアイリーンはその手を引いて鍛冶場まで連れて行った。すると、そこにはスプリンクラーのようなものがあった。


「驚いた。こりゃ本当に散水装置だ」


「もしかして、君の国でもこんなものを使っていたのかい?」


「ああ。しかし、良く作れたもんだな」


 エドワードはほめたつもりでそう言った。しかし、その意に反してアイリーンは不満げだ。


「あーあ、僕の発明だと思ったのに。これも他人に先を越されちゃったか」


「ん? ということは、これは君が造ったのかい」


 エドワードが問いかけると、アイリーンはさも当然かの様に答えた。


「ああそうさ。僕はここの機関士兼、鍛冶士でね。他にも、軽い木工や硝子細工くらいなら余裕で出来ちゃうよ」


「ほう……。そりゃあすごい」


 そう言いながら、エドワードは先日の会話を思い出す。


「そういえば、砂撒き装置も作ったんだったか?」


「ああ! あれも僕が発明した……。と思いたかったんだけれど、もう五十年も前に発明されたものらしいんだ。僕はそれを知らずに再発明したってワケ。まったく、残念だよ」


 アイリーンはそれを残念そうに語る。その様子を見て、エドワードはらんらんと目を輝かせた。


 次の瞬間、エドワードはアイリーンの手を握る。


「ひゃっ! な、なんだいいきなり!」


 アイリーンはびっくりして可愛らしい声を上げた。それを無視してエドワードは鼻息を荒くする。アイリーンの無言の批難も無視して、エドワードはアイリーンに頼み込んだ。


「なあ、作って欲しいものがあるんだ……」










 夕方になり、朝から勤務していた者が終業する時刻になった。まるで日本がそうであったように、大きな鐘の音が辺りに響き、鉄道員達は一斉に帰り支度を始める。


 その中で、ヨステンはエドワードを呼び止めた。


「すまんが、少しいいか?」


 エドワードはヨステンの顔色から、だいたい話の内容を察することができた。


「ああ、構わない。俺も同じ話をしようとしていたところだ。それと、アイリーンも同席させたいのだが、よろしいか?」


 エドワードの言葉に驚きながらも、ヨステンはそれを快諾した。




 驚いたことに、アイリーンは既に、エドワードに頼まれた“ソレ”を完成させていた。


 エドワードはソレを懐に忍ばせながら、ヨステンの向いに腰をかけた。


「今日はいきなりすまなかった。身内の恥まで見せて」


「いや、構わん。ああいったトラブルを見れたのは良かった。ああいうのを解消していくのが、俺の仕事だろう?」


 エドワードの言葉に、ヨステンは深くうなづいた。


「実は、ああいったことは従前から良く起きていたことだ。いわゆる“だろう発車”というもので、信号掛が対向の列車はまだ来ない“だろう”と思って列車を発車させてしまう。すると、途中で詰まってしまう」


「……信号掛は、どうやって信号を判断するんだ?」


「一応、各駅、各信号所間で伝話を繋ぎ、次の駅に進路上に対向列車がいないかどうか確認を取ってから発車させることになっている。だが、対向列車がまだ遠い“だろう”と判断して、見切り発車を行う信号掛は後を絶たない」


 確認不足による不正な信号指示と、それによる事故。エドワードの記憶にも、同じような事故があった。







 常総本線東陸駅。ここは常総本線の終点にほど近い、上下列車が行き違うことができる田舎駅だった。


 事件はこの駅で起こった。

 その夜、駅長はひどく酒に酔っていた。その時、一本の上り列車がやってきた。これを列車Aとする。


 列車Aは通常この駅で下り列車と行き違うことはなく、酔った駅長は「問題なし」として列車を進行させようとした。


 しかし、この日は臨時列車が設定されていた。それは戦争から戻ってきた兵士を満載した軍用列車だ。この列車を列車Bとする。


 列車Bは、この駅で列車Aと行き違いを行う予定だった。当然、当該駅並びに当該駅当務駅長にもそれは通達されていた。


 しかし当務駅長は酩酊状態のままそれを失念し、列車Aを行かせてしまった。


 数分後、列車Aと列車Bは正面衝突。死者十数名を出す大事故となってしまった。




 以後、明治大正昭和と通じて、閉塞の取り扱い不良による事故には枚挙に暇がない。日本国外でも、例えば英国のキンティンスヒル鉄道事故など、数多くの重大事故が存在した。


 エドワードが見た限り、シ=ク本線は見通しのいい路線であった。だから幾分かマシかもしれないが、それでも重大事故になる危険性は高い。


「信号による安全の確保は、鉄道の一丁目一番地だ」


「イッチョメ……。ん? なんだって?」


「ああいや、なんでもない」


 エドワードはその言い回しが伝わらなかったことに若干後悔しつつ、懐から例のソレを出した。


「今日のような事例に、これが役立つのではないかと思っている」


「なんだい、それは」


 ソレは木のわっかがついた鉄の塊だった。しかし、ただの塊ではなく、それぞれ丸、三角、四角のマークがくりぬかれていた。


「これは、俺の国でスタフ、またはタブレットと呼んでいるものだ」


「スタフ?」


「ああそうだ。これを信号として使うんだ」


 ヨステンは腑に落ちない顔をしていた。エドワードはやって見せるのが早いと、そのうちの一つを取り出す。


挿絵(By みてみん)


「例えば、イ、ロ、ハと駅があったとする。この時、イ~ロ間は①、ロ~ハは②とする」


 アイリーンはもうタネがわかったようで、悪戯坊主のような顔を浮かべていた。その顔に気をよくして、エドワードは説明を続ける。


「そして、登場するのがこのスタフだ。それぞれ丸、三角、四角、とくりぬかれている形が違うだろう。今、仮に丸を①、三角を②の区間に割り当てるとする」


「そこまでは理解した。それで?」


「①区間を走行する列車はその都度、丸のスタフを持って運転する。同様に、②区間を走行する列車は三角のスタフを持って運転する。それぞれの区間には、その区間に対応するスタフを持っていないと運転してはいけない、とするんだ」


 そこまで言うと、ヨステンは理解できたようだ。ポンと膝を打って顔を輝かせた。


「なるほど。そして、例えばイ駅から来た列車とハ駅から来た列車が交換する(行き違う)場合には、ロ駅でそれぞれのスタフを交換するんだな?」


「その通り。これを、俺たちの国ではスタフ閉塞、または票券閉塞などと呼んでいる」


 エドワードはこの世界の人間にわかりやすい様に、ところどころ端折りながら説明してやった。すると、ヨステンはなんとかそれを理解できたようだった。


「実際には、これを三種類以上用意してやりくりする。そして、通過列車に対しては、通過しながらでも取り扱うことができるように、スタフまたはタブレットの投げ渡しが行われる。また、二本同方向に対し列車が運転される場合には、先行する列車に『後続する列車が存在する事を証明する書類』を持たせて、後続列車のみがスタフを扱う」


「ああ、だいたい理解できたぞ。要するにこれが交換できればいいんだな?」


「そういうことだ。これを正確に、そして怠惰なく扱うことによって安全は限りなく確保される」


 そう言うと、ヨステンは感心したような顔になった。


「よくもまあ考え付くもんだ」


「俺もそう思うよ。俺の居た国じゃ当たり前のように使っていたが、これをはじめて考え出した奴はどんな奴だったんだろうな」


 スタフ閉塞。昭和期においては急速に日本から姿を消そうとしていたが、まだまだ残るところには残っている。

 当然、エドワードにも扱い経験はあった。


 そしてこれは、鉄道の基礎として、教育で真っ先に習う内容でもあった。


「またこれも、無名鉄道員が造り上げたのか」


「きっと書類を引っ掻き回せば名前の一つぐらい出てくるのかもしれんが、残念ながら俺は知らん。哀しいことだがな」


「まあいい。とにかく、これは早速採用しよう。ああ、アイリーン。ありがとう」


 ヨステンはそれを自分の懐にしまいながら、エドワードの方を向く。


「で、まだあるんだろう?」


 エドワードは思わず笑みがこぼれた。


「わかるかい?」


「ああ。顔に書いてあった」


 そこまで言われて、エドワードは声を上げて笑ってしまった。その言葉通り、エドワードはもう一つの提案を持っていた。


「実は、これが本命だったりするのだが……。時に、この鉄道では列車の管理をどう行っている?」


「ええと、各始発駅を発車する時刻を大まかに決めて、後は流れで……」


「やっぱりな。そうだと思った」


 エドワードはこの方法を否定しない。なぜなら、元の世界でも似たような方式で運転している日本国外の地域や路線は数多くあったからだ。


 実際、大きな大陸を横断したり、国際間を数日かけて結ぶような列車では、こちらの方が理にかなっていることも少なくない。なぜなら、どうせ遅れが雪だるま式に膨れ上がって収拾つかなくなることが目に見えているからだ。


 であれば、飛行機の様に始発終着の時刻だけ大まかに決めてしまう方が理にかなっている。これは特に、米国などで見られる方式だ。


 そんなところにずかずか土足で踏み込んで「日本式」を押し付けるのは間違っている。と、エドワードは思うわけである。が、それでも「世界一時刻に正確」の称号を手に入れた日本の鉄道のイチ機関士としては、一度これを提案してみたかった。


「これを見てくれ」


 エドワードは懐からあるものを取り出した。それは、簡単な折れ線グラフだった。


「これは?」


「ダイヤグラムと呼ばれているものだ」


 縦軸に駅名と距離、横軸に時間がびっしりと書かれている。そしてそのマス目の間を、斜めの線が縦横無尽に駆け巡る。

 日本の鉄道の基本、ダイヤグラムだ。


「この斜め線が列車かい?」


「そうだ。時刻と距離をわかりやすく図表にまとめたんだ。こうすれば、視覚的にどの列車がどう動くのかが追いやすくなる」


「確かにこうすることによって、列車がどこですれ違うのかが一目瞭然になる。とはいえ、目安にはなるが、列車はこの通り動かないかもしれないし……」


 渋い顔をするヨステンに、エドワードはこう言いつのった。


「いや、ちがう。機関士が列車をこの通り動かすんだ」


 その言葉に、ヨステンだけでなくアイリーンまで目を丸くした。


「なんだって? 正気かい?」


「正気さ。俺の国では、一秒単位で正確に、列車をこの通り走らせていた」


「秒単位だって? まさか!」


 アイリーンは、騙されないぞと腕を組んだ。


「本当さ。一秒でも遅れれば、機関士はそれを遅れとして扱う。そして三分遅れれば遅延としてお客に詫び、十五分遅れれば現場長へ報告、三十分遅れれば支配人へ報告、三時間遅れれば政府に報告する義務がある」


「三時間の遅れで政府へ報告だって? おいおい、君の国には呆れるほどせっかちな人間が住んでいるのかい?」


 素っ頓狂な声でそう言われてしまい、エドワードは吹き出しながら肯定した。


「そうだな。我々は皆、病的なほどせっかちかもしれん。だが、これは確実に安全を護ることに繋がる」


 エドワードの目は、真剣だった。


「もし列車が計画通りに動くとしたら? 列車は交換すると事前に予定された場所でその通りに交換を行うだろう。火急列車は予定された場所で前の列車を追い抜くだろう。そうすれば、もう優先列車以外すべての列車を止める、なんて事をしなくて済む」


「ああ、確かにそうだが……」


「それに、このダイヤを売り込むことも出来る」


「売り込むだって?」


「ああ。鉄道にとってダイヤは商品だ。考えてみてくれ。どこからどこへ、確実にこの時間で到着しますと宣言できれば、お客は安心して列車に乗ることができるだろう? 荷主だって同じさ」


「そうか、例えば生鮮品の荷主が、この時間なら腐らずに済むだろうと判断して荷を載せる、なんてこともあるのか。なるほど、本当によく考えられている……」


 すっかり感心してしまったヨステンに、一応の意味を込めてエドワードは釘をさしておく。


「これは万能な方法ではない。例えば、この路線は国際路線だと聞く。となると、他国や他路線で発生した遅れが波及してダイヤが乱れ、ダイヤがロクに役立たない、なんてことも有り得る。我が国ではなんとか力技でこれをねじ伏せたが、もちろんスマートに解決する方法もある」


 エドワードの忠告を聞いて、ヨステンはしばし考えた。


「そっちの国では、うまくやっているんだろう?」


「ああ。今のところは」


 それだけ聞くと、ヨステンは膝を叩いて立ち上がり、ダイヤグラムを受け取った。


「じゃあ、一度やってみよう。もちろん手伝ってくれるよな」


 ヨステンの呼びかけに、エドワードは握手で答えた。しっかりとした手の握りの中に、エドワードはヨステンの誇り高さを感じた。


「しかし、エドワード。君の国はいったいどんなところなんだい? よくもまあ、次々とこんなものを生み出せるもんだ」


 未だ感嘆の声を出しつくさないアイリーンに、エドワードはこう答えた。


「ドジで間抜けで、何を考えているかよくわからないロクでもない国さ。ただ……」


 エドワードの脳裏に、たくさんの記憶がよみがえる。そしてそれが、色褪せて消えた。


「いざ離れてみると、寂しいものだ」


 エドワードは、それだけぽつりと呟いた。

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