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TRPGの自キャラに転生したけど、それよりも義妹が不利な特徴ガン積みでヤバかった

作者: 藤崎

あらすじから転載


ハンドアウト(主人公:ラグナ用)

コネクション:レトゥア(義妹) 関係:庇護

キミは、TRPGの自作キャラクターとなって転生した。

本来なら神話級のレベルで完成するキャラなのに1レベルで転生してしまい、スキル構成が壊滅的だったが些細なことだ。

問題は、五歳の時に引き取られた義妹のレトゥア。

ステータスを確認したところ、キミとは違うシステムで作成されており……不利な特徴を通常の三倍以上も取得していたのだ。

幼い彼女に過酷な運命を背負わせたことも、その美学のない取得振りも許せない。

キミは、彼女を守護まもることを誓った。

●Opening Phase


(自作のTRPGキャラに、生まれ変わっていたとは……)


 一歳の誕生日。

 衝撃の事実に気付いたのは、目の前にキャラクターシートが浮かんでいたからであった。


 外界の音が感じられない。まるで時が止まったかのようだ。

 そんな異常事態には目もくれず、僕は麻で編まれたゆりかごに横たわったまま内容を確認する。


 名前は、今生のそれであるラグナ。

 使う当てもなく病床でデータだけ組んだキャラであるからして、そこに不思議はない。もちろん転生したこと自体は不思議だが、今それを言っても仕方ないだろう。


 自キャラだと確信したのは、そのクラス構成とスキル。


 メインクラスは、ファイター。基本の前衛職。

 サポートクラスは、サモナー。いわゆる、召喚師。


 もしかしたら、魔法戦士をやりたかったのかと推測する人もいるかもしれない。申し訳ない、外れだ。

 多少かじった人間なら、MPが欲しくてサモナーを噛ませたのかと言うかもしれない。残念ながら、それは旧版のセオリーだ。


 僕はこのキャラ――ラグナをパーティの防衛役。いわゆるタンクとして作成したのだ。


 それも、神話クラスの20レベルでプレイすることを前提に。





 サモナーは、モンスターを一時的に召喚して魔法攻撃をするクラス。だが、バリエーションのひとつにダメージを軽減するスキルがある。

 もちろん、ダメージ減少なら本職はクレリック。しかし、《サモン:グレータースライム》は範囲に対して有効ということで差別化が図られていた。

 加えれば、クレリックの《バリア》と効果が重複するという利点もある。


 そして、ウォリアーとしてのスキルも防御特化。

 他人をかばう《カバーアップ》と、その距離を伸ばす《レンジドカバー》しか取得していない。


 なぜか?


 繰り返しになるが、ラグナは20レベルで完成する前提で作成したキャラだからだ。低レベルでの使い勝手なんて、考慮の外。


「そして、今の僕は1レベル……」


 実のところ、一番の問題はそのレベルにあった。


 ロマンキャラというか、変わった構成で組むのはゲーマーの宿痾ではあるが……。

 それが現実になると、死活問題だ。


 できることは、他のキャラをかばうことと、自分の防御力を上げることだけ。

 攻撃手段は素殴りのみ。役立たずとまではいかなくとも、お荷物であることは間違いない。


 とはいえ、救いはある。


 レベルアップとは別に、経験点を支払って取得する『フェイト』という特殊な背景データがある。

 キャラシーのその欄には、見たことがない名前が入っていた。


 《運命神の口づけ》


 効果は、誕生日を迎える毎に1レベルアップ。代わりに、自ら経験点を消費してレベルアップはできないというもの。

 なるほど。誕生日に覚醒したのはこれが原因だったのか。


 この祝福に感謝するか、不自由とみるか。そこはいろいろあるだろうが、僕としては非常にありがたい。《サモン:グレータースライム》と《カバーアップ》と《レンジドカバー》しかスキルがないのに、どうやってレベルアップすればいいんだ。


 それに、経験点にはレベルアップ以外の使い道がいくつかある。


 クラスに依らない一般スキルを、たくさん取得することができそうだ。

 フレーバーのスキルをたくさん集められると思うと、今からワクワクする。


 先ほど言った背景データ、『フェイト』の取得もだ。必要な経験点は多いが、その中には《天使の加護》という他のクラスのスキルも取れるデータもある。思わず、頬が緩んだ。


 むしろ、ファイター直系の二次職であるナイトに十歳でなれるのだろうか?

 そんな心配をしてしまう。


 それに、計画ではサモナーは5レベル……五歳までのこと。その後、クラスチェンジの予定だ。

 サモナー以外のスキルも低レベル時は防御系で固めていたが、それは生存性が高いということでもある。


 よっぽどのことがない限り、大丈夫だろう。


 しかし、僕はまだ理解していなかった。

 本当に不遇なのは、僕ではなかったってことに。


 そのとき、奇しくも節目の五歳になっていた。



●Middle Phase Scene01



「ラッくん、今日からこの子があなたの妹よ?」

「おかあさん、子供をひろってきてはダメです」

「違うわよ。レトゥアちゃんはちゃんと預かってきたんですから。合法よ」

「客かんてきなしょう言が、たりません」


 僕に論破されてなぜか嬉しそうにする、一児の母とは思えないほど若々しい母さんはさておき。


 僕が視線を向けると、レトゥアという女の子は母さんの手から逃れ、居間のテーブルと椅子の陰に隠れてしまった。


 歳は、三歳ぐらいだろうか? 僕よりも、ひとつかふたつ下といったところ。

 まず目を引くのは、こっちでは久々に見た黒髪。それでいて、日本でもそうは見なかった艶やかさ。

 前髪が長く目が隠れてしまっているが、そんな状態でも将来美人になるなということが分かってしまう。


 ただ、それとは別に表情というか……雰囲気は暗い。

 人見知りというのもあるのだろうけど、どうもそれだけじゃなさそうだ。


 きゅっと唇を引き結び、なにかに怯えているように見える。


 ともあれ、そのままにはしておけない。


 僕は相応の覚悟を持って、一歩近付く。 

 

「見ない……で。来ない……で。話かけない……で……くだ……さい」


 しかし、あっさり拒絶されてしまった。

 呆然と、身内から見ても美人な母さんを見上げる。


「おかあさん、やはりゆうかいを……?」

「違うのよ? ただ、レトゥアちゃんは哀しいことがあって不安になっているだけなの」


 その補足で、大体察することができた。

 我が家に父親がいないことも、あえて触れなかった僕だ。その程度の洞察は余裕である。


「大じょうぶ。これからは、お兄ちゃんがこわいことからまもるから」

「あっ……」


 しかし、レトゥアは哀しげな表情を浮かべた。


「おじいちゃん……と。おばあちゃん……も、そう言ってた……のに……」

「そっか。約そくを守れなかったふたりは、きらい?」

「そんなことない!」

「じゃあ、ぼくも約そくをさせてほしいな」


 精一杯の笑顔を作って、椅子に隠れるレトゥアへと手を伸ばす。


「お兄ちゃんは、妹を守るってきまっているんだ」

「おにいちゃん……?」


 自分と同じ年頃の子供がいて、安心したのか。

 それとも寂しかったのか。


 真っ暗な部屋に差し込んだか細い光を求めるように、おずおずと手を伸ばし――引っ込めた。


「うん。お兄ちゃんだよ」


 レトゥアの小さくて白い手を、僕は迷いなくつかみ取った。


 その瞬間、いつかのようにキャラクターシートが出現し時間が止まる。


 ……あ、忘れていた。


 自分のはいつでも見れるのだけど、他人には触れないといけない。そして、初めて触れた人のキャラクターシートは強制的に表示される。そういう仕様だったのだ。


 ちなみに、母さんに覚醒してから初めて触れたときもキャラクターシートは出てきている。

 二次職にはなってないけど、10レベルオーバーのウィザードでびっくりした。


 でも、レトゥアのキャラクターシートは僕とも母さんとも違っていた。


 些細なバージョンの違いなんてものじゃない。

 これは、そう。ゲームシステムそのものが違う……?


 僕はクラス・レベル制のゲーム。一方、義妹……レトゥアは作成ポイントを消費するスキル・ポイント制のシステムだった。


 ゲーム上有利になる特徴を購入するだけでなく、不利になるマイナス特徴を取得してポイントを増やせるのだ。

 懐かしいな。不利な特徴を、限界まで取って遊んだっけ。


 その思考に誘導されるように不利な特徴を見ると、まず飛び込んできたのは《宿敵》。この獲得作成ポイントからすると、強力な敵もしくは集団が毎回高確率で現れることになる。


(……は?)


 続けて、《発作》。緊張状態になると発作で苦しみ行動できなくなる。

 NPCのキャラ付け以外で、取っているところを初めて見た。


 さらに、《不運》。悪いことが起こったら、必ずこの不利な特徴の所有者に降りかかる。


 とどめに、《血友病》。怪我が治りにくいというか、結果的に食らうダメージが増える……誰が取るんだって、マイナス特徴。


 でも、これはまだマシなほうだった。


 最後に、《死の運命》。

 そのままずばり、一定期間内に死ぬという運命を現す不利な特徴。この獲得作成ポイントからすると、死期は二ヶ月以内らしい。


(二ヶ月? なんだそれ、なんだよそれは)


 どれもこれも強烈な。強烈すぎる不利な特徴。

 まるで、ルールブックをめくりながらゲームに支障が出るものばかりチョイスしたかのようだ。


 目が見えない不利な特徴を取ったけど、ソナー感覚があるから問題ないよねとか。

 前衛系だから残忍なサディストでも、逆にキャラが立つよねとか。


 そういう遊び心が、なにひとつ感じられなかった。 


(悪意しかない)


 僕の心に、ふつふつと怒りが湧いてくる。


 上限の5倍以上の不利な特徴を持って生まれるとか、この小さな義妹がなにをしたっていうんだ。


 既に不幸に見舞われているっていうのに、まだ過酷な運命はまだ始まったばかり。不条理極まりない。


 一体、それだけの作成ポイントをなんに使っているのか。

 苛立ちを持て余しつつ、キャラクターシートの別の位置に視線を滑らせる。


(アリシアン基本パック?)


 アリシアンは、過去に滅び去った古代種のひとつだったはず。

 そうか。僕たちとシステムが違うのはそういう……。


 それは能力がいくつかパッケージ化されたもので、簡単に言うと超能力に長けた種族だった。しかも、とびっきり。

 最も有名な古代種であるネフィリムは魔法文明を築いたが、こちらはより精神的な存在だったようだ。


 もっとも、レトゥアは幼いため能力値が低い。そのため、超能力を扱う技能レベルは低いのだけど……。


 それでこの不利な特徴ガン積みって、意味ないじゃないか!


 思わず、キャラクターシートを叩き付けていた。


 その瞬間、フラッシュバックのようにいくつかの映像が直接頭に流れ込んできた。


 篝火が焚かれた祭壇。

 仮面の男。

 明かりで照らされているはずなのに、影がない。

 祭壇の中心に横たわるレトゥア。

 その胸へ吸い込まれていく、奇妙にねじくれた。螺旋状のナイフ。


 ――そして。


(……あっ)


 唐突に、フラッシュバックは終わった。

 気付いた時には、もう遅い。時間が動き出す。


 目の前には不思議そうな表情で僕と手をつないだままのレトゥアと、ぐっと親指を立てる母さんがいた。


「ラッくん、お母さんは信じていたわよ」

「おかあさんは、年れい相おうの落ちつきをもって」

「嬉しいときは、嬉しいって言わないと。幸せが逃げちゃうのよ」


 そのポジティブさゆえに、レトゥアを引き取ることを決めたのか。

 そこは尊敬していいかもしれない――と、考えた刹那。


 遠くから、半鐘の音が聞こえてきた。


「あらら、害獣が出たみたいね」

「害じゅう……」


 違う。この鳴らしかたは、モンスターの襲撃だ。


 モンスターの襲撃……?

 このタイミングで?


 まさか、レトゥアの《宿敵》じゃ!?


「お母さん、ちょっと様子を見てくるわ。家から出ないように……って、ラッくんがいるから平気よね」


 ひだまりのような笑顔を浮かべ、母さんはマジックアイテムの杖を持って飛び出していった。《フライト》の呪文で、本当に空を飛んでいく。


 あとには、僕と泣きそうな表情のレトゥアが残される。


「レトゥアが……来たから、また……なの……?」


 途端に呼吸が荒くなり、顔が真っ赤になった。足が震えて倒れそうになる。


 あ、まずい。倒れて怪我したら大変だ。いや、ここで《発作》が重なったら。


「そんなことはないよ」


 子供だから許されるだろう。

 そんな打算込みで、義妹になったばかりの少女をぎゅっと抱きしめた。


 小さく、華奢で。今にも折れてしまいそう。

 それでも、彼女の震えは止まらない。こんなに小さいのに、不安だろうに。でも、泣くのを必死にこらえている。


 ここは地球じゃない。日本じゃない。今まで生きてきて、そんな甘い世界じゃないのは分かっている。

 でも、こんな子が不幸になるのは許容できない。絶対に間違っている。


「おかあさんは、あれで強いから。なんの心配もないよ」

「でも、おじいちゃん……も、おばあちゃん……も。もどってこなく……て」

「今度こそ、大じょうぶだよ。そのために、その二人がレトゥアをここにつれて来てくれたんだ」

「おにい……ちゃん……おかあ……さん……」


 背中をゆっくりと撫でていると、荒い呼吸が徐々に収まっていった。

 やがて眠るように安らかになっていく。 


 落ち着いた……かな?


 勝手に引き合いに出してしまい罪悪感に苛まれるが、レトゥアのためだ。おじいさんとおばあさんも、許してくれるだろう。


 そして、僕はこれからに思いを馳せる。


 レトゥアが来た途端に、モンスターの襲撃だ。《不運》と《宿敵》と《死の運命》。それが重なっているのは間違いない。


 二ヶ月以内なんて悠長なことは言っていられない。もはや、一刻の猶予もないと考えるべきだ。

 母さんが戻ってきたら詳しい話を聞いて、《死の運命》の原因を探らないと。


 影のない仮面の男。それで、なにか分かればいいんだけど……。


 だが、それはあまりにも早計だった。


「ひっ」

「レトゥア?」


 突然悲鳴を上げたレトゥアを訝しみつつ、僕は背後を振り返る。


 そっちには、窓。といってもガラスなんてない。戸板が開けられフリーパスになった窓。


 その向こうに、腐った死体がいた。


「ゾンビがどうして!」


 どうやって、母さんから逃れた?

 分からない。分からないが、やるべきことは分かっている。


「《サモン:グレータースライム》」


 窓どころか、壁一面をも塞ぐ巨大なスライム。その写し身が現界した。


 今にも侵入しようと手を伸ばしたゾンビは、ゼリー状の巨躯に弾き返される。ダメージを減少させるだけでなく、現実(・・)ではこんなこともできるのだ。


 だが、頼りになるプリン体な緑色は一瞬で消えてしまう。窓は再び、無防備に。


 それでも、時間は稼げた。


「やっぱり、レトゥアが……レトゥアが……」

「なにがあったのかは分からないけど、それはちがうよ。悪いのは、おそってきたほうだから。レトゥアは、なにも悪くない」

「でも……」

「でもじゃない!」


 僕が初めて上げた大声に、黒髪の向こうの目が、大きく見開かれる。レトゥアはこの年ですでに美人としか言いようのない相貌が歪んでいた。

 罪悪感で胸が締め付けられそうになるけど、謝るのは後だ。


「だとしても、誰も死ななければ問題ない」


 誰も殺させやしない。少なくともレトゥアの目の前では。

 レトゥアが隠れていた椅子。僕の身長に比べて大きなそれを持ち上げ、盾の代わりにする。


「うわっ。おにいちゃん、すごい……ね……」

「きたえているから」


 それ以上のことは言えず、僕は椅子を構えて《ミスラルスタンス》を取った。

 魔力マナの薄い膜が僕を包み、物理攻撃と魔法攻撃への防御力が上昇する。


 ゾンビの一体ぐらい、毒にさえ気をつければ……。


「おにい……ちゃん……。おおかみも、一緒……だよ……」

「それで、おかあさんから逃れたわけか」


 窓から窓から這入ってきたのは、ゾンビだけではなかった。一緒に、ウルフゾンビまでいた。今は別々だけど、ここに来るまで騎乗してきたんだろう。

 その嫌悪感しか催さない姿よりも、悪臭に思わず顔をしかめる。


 なるほどね……ふざけるなッッ!


 この理不尽な状況を作り出したなにかがここにいたら、僕はみっともなくもわめき散らしていただろう。

 それくらい、怒りは強い。


「レトゥア、おかあさんを呼んできて」

「や――」

「グッガアァッッ!」


 義妹が答えるよりも先に、ウルフゾンビが飛びかかってきた。

 僕ではなく、レトゥアに。


 考えるよりも先に、体が自然に動いていた。


「僕の妹にさわらないで」


 椅子の背を直角にして突き出し、なんとかウルフゾンビの突進を防いだ。

 肉ではなく木を食む羽目になったアンデッドは、間合いを維持しながら威嚇のうなり声を上げる。


「けがは、ない?」

「うん……。ありが……と……」


 良かった。

 咄嗟に《カバーアップ》できて、ほっとする。


 その間隙を縫うように、今度はゾンビが腐った汁をまき散らしながら迫る。

 あまりの悪臭に、対処が遅れた。


「グギグガガガガッッ」

「あっ……ぐ……」


 椅子は間に合わず、《ミスラルスタンス》の防御も貫かれ。ゾンビの鈎爪が首筋に突き刺さった。防御力の欠片もない、ただの服では残念ながら当然の結果。


「おにい……ちゃん……血が……」

「かすり傷だよ」


 嘘だ。爪は僕の首と鎖骨の間にがっつり食い込んでいた。

 衝撃が、傷口を通して全身へと伝わっていく。

 

 悲鳴をあげてしまいたい。

 すべてを投げ出してしまいたい。


 でも、これをレトゥアが受けたら? 《血友病》も関係ない。死んでしまう。


 許せない。

 ……投げ出せるはずがない!


「レトゥア、心配いらないか……らッ」

「グギィ」


 椅子でゾンビの鼻面を殴りつけると、反射的に後ずさる。


 なんとか追い払えたが、じくじくと痛む。毒をもらったようだ。負傷よりも、こっちのほうが痛い。体から力が抜け、それでいて吐き気が止まらない。


 痛い。気持ち悪い。

 痛い。気持ち悪い。

 痛い。気持ち悪い。


 足から力が抜ける。

 目がかすむ。

 椅子を取り落としそうになる。


 可愛い妹の前でなかったら、この時点で終わりだった。


「ギャッ、アンウンンッッ」


 かすむ視界の向こうから、入れ替わるようにウルフゾンビが飛びかかってきた。


「《サモン:グレータースライム》」


 レトゥアを背にかばいながら、痛みをこらえてグレータースライムを召喚。

 再び攻撃をいなしたが……相手の戦意は旺盛。


 それでいて、さっきまでのように簡単に飛びかかってこず、間合いを計るようにじりじりと近寄ってくる。


 ただのゾンビじゃないのか……?


「やだ……。おにい……ちゃん……やだ、よ……」

「大丈夫だよ。一緒だから」


 いや、気にするな。あっちの思惑はともかく慎重になってくれるのはありがたい。

 僕たちは居間を離れ、少しずつ玄関のほうへと移動していく。


 泣きじゃくる妹をあやしながらでは、距離を取れない。でも、お陰で攻撃がレトゥアへ向いていることは気付かれていなかった。


 今度は、ゾンビが動く。


「来い! 僕が相手だ!」

「グッガガガァ」


 挑発するが、僕を無視する。《不運》のせいにしても、露骨すぎる。

 素通りしようとするゾンビの爪に立ちはだかり、《カバーアップ》でレトゥアへの攻撃をかばう。


 魔力の後押しで体が僕の意図以上に動き、割り込みに成功した。椅子の座面でゾンビの爪が滑り、今度は肩に突き刺さった。正確には、肩で受けた。


 鮮血が飛び散るものの、レトゥアは僕の背中に顔を埋めて見ていない。《発作》も、抑えられているようだ。


 なんていい娘なんだ。僕が声を出さなければ、それで済むじゃないか。最高だ。


 それに、毒だけだ。感染してゾンビになるなんてことはない。それは、一般スキルの《モンスター・ノウリッジ》が教えてくれる。


 不幸中の幸いというやつだろう。


 ゾンビ主従の攻撃は、当然これで終わらない。ゾンビの体を踏み台に、ウルフゾンビは天井すれすれを跳んでレトゥアへと迫った。


 たまらず、魔法で対処。


「《サモン:グレータースライム》」


 ウルフゾンビの顔がスライムの壁に弾かれるが、それで相手にダメージは入ったりしない。 


 無傷で切り抜けられたが……くっ。やはり、魔力の消費が大きい。


 恐らく、《サモン:グレータースライム》はあと一回。《カバーアップ》なら三回ってところだろうか。レトゥアが一緒にいるので《レンジドカバー》が死にスキルと化しているのは、魔力の温存もできているので痛し痒しだ。


 唯一の救いは、ゾンビどもが慎重に様子を見てくれていること。


「やっぱり……だめ……だよ。レトゥアをおいて、にげ……て。おにいちゃんひとり……なら……」

「嫌だ」


 僕がきっぱりと否定すると、服を掴んでいるレトゥアの体が強ばるのが分かった。


「レトゥアが死ぬなんて、絶対に認められない」

「なんで……どうして……もう、レトゥアはだれも……」

「それとも、死にたい?」

「え……?」


 思ってもいない。

 少なくとも、俺から聞かれるとは思わなかっただろう問いに硬直する。


「レトゥアは……レトゥアは……」


 それでも答えを絞り出し、僕の背中にぎゅっとしがみついた。


「レトゥア……こわい……よ。しんじゃうのやだ……よ」

「やっと、本音が聞けた」


 小さな体を精一杯広げて、ゾンビとウルフゾンビへ向かっていった。


 最初からやることは決まっていた。

 でも、はっきりと聞けるとモチベーションが上がる。


「グルルウゥガアァァッ」

「ギアァァッッ」


 再び攻撃を受け、椅子はもう使い物にならなくなった。


 体で受けるしかないのだが、《ミスラルスタンス》だけでは足りない。

 魔力の防御を貫かれ、服がぼろぼろになる。

 血が飛び散り、肉がえぐられた。


 痛い。


 痛いけど、他人が傷つくよりも遥かにマシ(・・)だ。


 それに、勝算はちゃんとある。


「《サモン:グレータースライム》」

「おにい……ちゃん……? なん……で……?」


 最後の《サモン:グレータースライム》は、誰もいない。なにもない戸板が開いた窓へ。


 これがゲームだったら、ゲームマスターを困らせていたに間違いない。優等生なプレイヤーだった僕が、絶対に取らない行動。


 現実(・・)に放たれたグレータースライムは無理やり入り込まされた窓を壊し、壁をぶち抜いて消滅した。


 ここはゲームの世界そのものではない。

 同時に、僕がTRPGのキャラであるのは間違いないわけで。


「《スペルブランチ》」


 であれば、仲間を頼るのは当たり前の話。


「《ブレイズボルト》!」


 さすが母さん。

 きっちり間に合わせてくれた。


 杖の先から飛び出したのは、分枝化したバスケットボール大の炎の弾丸。それがふたつ、破壊した壁を通ってゾンビとウルフゾンビに大穴を開けた。


 そこからさらに炎が燃え広がっていき――燃え尽きた。


 それで、おしまい。


 ゾンビ主従は魔力へ還元され、牙と爪というドロップ品を残して消え去った。


 うん。薪割りの役に立つと思って、オブジェクトへのダメージが増える一般スキル《スクラップ》を取得しておいて良かったよ。


 現実とゲームの合わせ技で、新しい義妹を守れた。

 自分で自分をほめてあげたい。


「うちの可愛い子供たちに、なんてことするの!」


 怒り心頭。

 憤懣やるかたないという母さんが、《フライト》の呪文で飛行して部屋に飛び込んできた。


 それを見届けると、僕はへなへなとその場に崩れ落ちる。

 体だけじゃない。心も守る戦いは、僕を相当消耗させていた。


「レトゥア、怪我はない? ああ、ラッくん。ごめんね、ごめんね。早くポーションを飲んで」


 母さんが蓋を開けたポーションを、そのまま口に突っ込まれる。

 文句を言いたいところだけど、急速に癒えていく痛みにの前には些細なことだった。続けて解毒のポーションまで突っ込まれたのには、閉口するしかなかったけど。


 だからだろう。反応がとげとげしくなってしまったのは。


「ごめんね。でも、よく頑張ったわ。さすが私の自慢の息子よ」

「今日は、おさけぬきです」

「そんな!?」


 絶望。

 そうとしか表現できない母さんの悲鳴。


 僕にぴったりとくっついていたレトゥアが、びっくりした顔をし……。


「うふ、あはははははは」


 ……そして、本当に心の底から笑った。


 その真に迫った演技があったからこそ、レトゥアは笑った。救われた。

 

 道化になってくれた母さんには、感謝――


「……ラッくん、どうしてもだめ?」

「少しだけなら」


 ――させて欲しかったなぁ。


 問題はなにひとつ解決していない。


 だけど、確実に前進はした。


 だから、この日からレトゥアが僕から離れようとせず。母さんからだいぶ恨みを買うことになってしまうのだけど……。


 それは、些細なことだと思う。

ラグナ

カバーリングと、遠距離カバーと、物理/魔法防御力アップと、ダメージ減少しかできない前衛。

前衛だけど、防御対象の後衛と同じエンゲージにいるので前には出ない。前衛とは(哲学)。

1ラウンド(1分間)に1回、素殴りで攻撃できる。

メジャーアクションで使える特技がないからね。仕方がないね。


レトゥア

不利な特徴で200CP稼いでる(計算し直したら、200CP越えてました)。

1ラウンド(1分間)に59回、敵の心臓をサイコキネシスで潰せる。

1ターン1秒だからね。仕方がないね。


個人的には書いていて、とてもとてもとても楽しかったです。

さすがにマニアックすぎるので連載にはならないと思いますが、要望や反響が大きかったら続きを書きたいですね。


05/30追記

活動報告に、軽い(けどマニアックな)解説を掲載しました。

よろしければ、下記もあわせて読んでみてください。


https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/332069/blogkey/2577167/

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[一言] シリアス、シリアス、シリアス、最後ちょっとギャグ。 よし、これで勝てる。 や、フツーに面白かったです。 TRPGは支持層が薄いでしょうが、その分熱いんじゃないかと。 お、なんか上手いこと言…
[良い点] いや、ガープスと妖魔夜行の経験がある身としては 十分面白いので続きが見たい。
[一言] よかった…悪臭-10cpがして放火魔-5cpの癖のある妹は居なかったんだ
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