最後の戦い その1
わたしたちは王都の上空を強い魔物が棲むという森の方向に飛んだ。
王宮の方角から突然現れたドラゴンに、ガルセル国の人たちは驚いていたが、3つの聖霊の祠から立ち昇った光がわたしたちを取り巻いてくれたので、どうやら味方だと認識してもらえたようだ。空に向かって祈っている人もちらほらと見られた。
「セフィードさん、あそこに魔物の群れが来てるみたい。ブレスを使うから、先に戦いに来た人たちを後ろに下げたいの。まずはあっちに向かって頂戴ね」
『わかった』
前方に、土ぼこりのようなものが見えたので、わたしはセフィードさんに指示を出す。このドラゴンさんは力が強すぎるので、精神的にも物理的にも制御する人物が必要なのだ。うっかり味方までブレスで丸焼きにしてしまったら、デリケートなセフィードさんは号泣しながら火山の噴火口に飛び込んでしまいかねない。それだけならまだしも、錯乱状態になって辺り一面を火の海に……などなど、恐ろしい事態を引き起こすこともあり得るのだ。
大きすぎる力を持つというのも考えものである。
さて、マンドラゴラの叫び声に刺激された魔物の群れが森から出て、広い草原を踏み荒らしながら王都に向かって突進している。
ガルセル国の王都は騒然としている。
まあ、突然神殿が崩れて巨大な光の木が生えて、王宮やその周りが光の実で埋め尽くされたかと思ったら、魔物の大暴走が始まったのだから、当然である。
さらにその上空に巨大な白いドラゴンまで現れてしまったのだから、それはもう大騒ぎだろう。
わたしは武装した獣人の皆さんに向かって、声を張り上げた。
「こんにちはああああああーっ! わたしは豊穣の聖女ポーリンと申しますううううううーっ! 国王陛下の許可をもらってええええええーっ、助太刀に参りましたああああああーっ!」
身体のぽっちゃりは消えたけれど、わたしの声は大きくてよく通るのだ。
ドラゴンの背に座って笑顔で手を振るわたしを見て、ガルセル国の人たちは驚いていたが、その中にいた女性がわたしに向かって手を振り返した。
「ポーリンさまああああああーっ! ご無事でしたかああああああーっ!」
「聖女ポーリンさまああああああーっ! あんたはなにをやってんだああああああーっ!」
ジェシカさんと、剣士バラールだ。
ふたりとも、早いわね。
あと、バラールはさまをつけたり『あんた』って言ったり、敬意があるんだかないんだかわからないわ。
「3つの祠は解放したからああああああーっ! あとは魔物を倒すだけよおおおおおおーっ!」
わたしはもう一度大きく手を振ると「わたしたちに任せてええええええーっ、皆さんはここで待機していてくださいねえええええええーっ!」と冒険者同士で使う『待て』の合図をした。
すると、ジェシカさんや剣士バラールをはじめ、下にいたほとんどの人が『了解』の合図を返してくれたので、わたしたちは安心して魔物の群れの方に向かった。
魔物には知性がない。そして、その本能はひたすら殺戮することにある。
別の魔物同士で戦うこともあるが、ほとんどはその敵意は人間に向けられる。そして、消化器官が機能していないため、人を食べることはしない。
だから、グラスムタンの存在はとても異質だ。
彼の本体はマンドラゴラだったのか、それとも人間だったのか……突然変異した、別のなにかだったのか。あとでガルセル国の人たちと充分に検証を行う必要がある。
だが、今は目の前の魔物をなんとかしなければ。
群れといっても統率されているわけではないので、まずは身体が小さくて走るのが速い魔物たちが前面に出ている。ハイエナっぽい魔物や、鳥や虫などの空を飛ぶ魔物だ。
わたしたちは空中でホバリングしながら、抑え目にしたドラゴンブレス(全力で出すと、それこそ一面が焼け野原となり、土地がガラス化してしまうのだ)が届く範囲に先発の魔物たちが到達するのを待つ。
わたしは、その中にたいして美味しい魔物は入っていないことを確認してから、セフィードさんに合図を出した。
「今よ、焼いちゃって!」
ドラゴンの口が開き、そこから閃光が放たれた。世界一凶悪な攻撃と呼ばれるドラゴンブレスだ。非常に高温で遠くまで到達するこのレーザー状の光は全てを貫いて焼き払ってしまう。
というわけで、陸も空も魔物のほとんどが一瞬で灰となり、地面には魔石だけが転がっている。あとでみんなに拾ってもらい、王宮の修理や食糧不足の対策など、ガルセル国の復興に使ってもらおうと思う。
さて、その次に現れるのは、突進するのが得意な比較的大きな魔物たちである。
わたしはどんな魔物が現れたのかと確認して、思わず叫び声をあげた。
「大変だわ! セフィードさん、あれは絶対に焼き払ってはダメな魔物よ! ああ、どうしましょう、こんなことって……」
『どうしたんだ?』
「あれは、あれは……スリーテールビルの群れなのよ!」
そう、もっのすごく美味しい、日本の有名な国産牛以上に美味しい肉を持つスリーテールビルが、頭の3つの房と3本の尻尾をなびかせながら、こちらに向かって駆けてくるのだ!
わたしは心の中で(ヘイ、美味しいお肉、カモン! カモンマイミート!)と喜びの声をあげた。
「でも困ったわ。ブレスで焼いたら灰になってしまうし、かといってガルセル国の人たちにあんなにたくさんのスリーテールビルと戦わせるわけにはいかないわ。一匹でも倒すのが難しい、強い魔物だもの」
ああ、どうしたらいいの?
神さま、ポーリンを助けて!
わたしの願いは聞き届けられた。
背後から強い気が感じられ、振り向くと神さまの光がわたしを呼んでいた。
「セフィードさん、あそこへ行って頂戴」
『ああ』
身体を翻すと、ドラゴンは後方で待つ武装した戦士たちの群れの方へと飛んだ。
さっと人が後ずさったそこには、強く輝く大盾を持ったバラールさんが、困り顔でわたしを待っていた。
「この盾を、聖女ポーリンが使うかと思って持ってきておいたんだ。なんか、闘神の加護のある俺しか持てなかったんだが……それよりも、眩しいから、なんとかしてくれ」
「あ、そういえば、バラールさんの大剣もゼキアグルさまの加護付きだったわね。ありがとう」
わたしはドラゴンから飛び降りると、バラールさんから大盾を受け取った。
「あんな女の子が、巨大な盾を軽々と持っているぞ!」
周りから驚きの声があがる。
「頼もしいな、闘神の聖女だったのか」
「あれ、さっきは豊穣の聖女って言ってなかったか?」
「そういえば、そんな気もする」
おほほほ、わたしは自給自足の聖女なのです。
「皆さん、美味しい美味しい、最高に美味しいお肉のスリーテールビルが現れましたの」
「な、なんだと⁉︎」
「スリーテールビルが、群れとなって現れたのか? ああ、王都はおしまいだ……」
「そうですわ、スリーテールビルが群れとなって現れたのです! 皆さん、速やかに牛肉パーティーの準備を行ってお待ちくださいね!」
「ははは、我々は牛に蹂躙されてしまうのか……」
「おい待て、みんな落ち着け! 勘違いするな! ポーリン、じゃなくて聖女さま」
剣士バラールが口を挟み「聖女ポーリンよ、俺たちと聖女の考えが真逆になって、おそろしくかけ離れているのがわかるか? なんとかしてくれないか?」と言い、再び声を張った。
「みんな、よく聞け! お前たちは、スリーテールビルに食い殺されると『勘違い』しているだろう!」
「……勘違いではない!」
「スリーテールビルの群れに襲われたら、俺たちの力ではどうにもできないだろうが!」
「聖女さまだって、慌ててこちらに逃げてきたではないか!」
わあわあと声があがる。
「あらやだ、本当だわ。皆さん勘違いなさっているわね」
わたしはひとつため息をついてから、闘神ゼキアグルさまの大盾を天にかざしながら言った。
「バラールさんの言う通りですわ! 皆さんは勘違いしています。いいですか、わたしたちがスリーテールビルを美味しく食べるのですよ! そのための準備をお願いします! さあ、ひとっ走り、牛を狩りに行ってきますからね、急いで準備なさい!」
わたしはドラゴンさんに駆け寄るとひらりと飛び乗り「さあ、楽しい牛狩りに出発よ!」とかけ声をかけた。




