神殿と最後の祠 その3
やっと最後の祠の前にたどり着いた。
この風の祠に光の実を納めて祈りを捧げれば、聖霊の力がガルセル国に満ちるはずである。
金のスプーンを握りしめたわたしは、壁の穴からの光しかない暗い祠の前の地面に跪き、固い土をカレースプーンで掘り返す。小さくても神さまが貸してくださった特別な道具なので、掘り返された土は栄養いっぱいのふわふわした良い土に変わっていく。
「まあ、土の色が変わりましたわ」
好奇心いっぱいの王族たちも壁に開けた穴をくぐり抜けて、祠の前に集まってきている。そして、シャーリーちゃんのすぐ上のお姉ちゃんらしき王女が、食い入るようにわたしの手元を見ている。
「固い土のままでは、植物は育たないのです。肥料や腐葉土……落ち葉を腐らせて発酵させたものを混ぜ込み、栄養のある良い土にすること、充分な水をかけること、そしてお日さまの光を浴びることで、すくすくと育つことができるのです」
「……ここでは光と水が、足りませんわね」
「その通りですわ」
「ちょっとお待ちくださいな」
丸い耳をした、たぶんリスの獣人である王女さまはととととっと可愛らしい足音をたてて部屋に戻り、手に水差しを持って戻ってきた。
「聖女ポーリン、これをお使いになって」
「ありがとうございます、殿下。助かりますわ」
神さまのご加護があるけれど、すでに解放したふたつの祠と違ってここには太陽の光が届かない。土もカラカラだ。なので、水があるととても助かる。
わたしは光を放つ小さな種を植えると、水差しの水をかけて祈った。
「どうか芽が出て育ちますように」
風の祠はとても濃い悪しき気で覆われた上、上に建物を建てられてしまっている。
そのため、神さまのお恵みがかなり届きにくい状態だ。
「あっ、芽が出ましたわ」
子リスちゃんが可愛らしく手を叩いて、発芽を喜んでくれたけれど、双葉が開いたところで成長が止まってしまう。
なんとかひとつでも光の実がなってくれないと、わたしの使命は達成できない。
「神さま、どうぞわたしの力をお使いくださいませ。そして、このガルセル国を以前のように国民の皆さまが健やかに楽しく暮らせる国に戻るように、お導きください」
ぎゅっと目をつぶって祈ると、わたしの身体が光に包まれた。
「まあっ、聖女さま!」
「聖なる光をお纏いになられている……」
「なんて神々しいお姿なのでしょう」
ガルセル国の王家の皆さんは、光り輝くわたしの姿に感銘を受けているけれど。
(も……燃えているわ! わたしの脂肪が燃えている! ああ、身体が熱いわ……)
体脂肪がめっちゃ燃焼中であった。
「見て、芽が、光っているわ」
わたしの身体から光の実に向けて体脂肪エネルギーが発射されて、それまで慎ましやかだった芽がぶるんと震えると、そのまま30センチくらいまで急激に伸びて花を咲かせ、ぽんと小さな実をつけた。
「よかったわ、なんとか実がなりました」
わたしは光の実に手を差し伸べて、ぽとりと落ちるそれを受け止めた。
「これを祠に……」
「お前たち、いったいなにをしでかしたのだ!」
地の底を這いずるようなざりっとした声がした。
部屋の方を見ると、開けた穴からひとりの男が出てきた。
「こんな穴を開けおって……むっ、それはまさか、光の実? すべて枯れ果て腐るように仕向けた光の実が、なぜ残っているのだ?」
その後ろから「どうやって開けたんだ?」「あっ、肉屋の女の子だ。わかった、骨で削ったんだよ」などと言いながら、兵士たちもわらわらと穴をくぐって続いた。
「……ねえ、あの黒いローブを着ている人は、もしかして、悪い人? 神殿の親玉?」
「はい、あの男は神官長を名乗るグラスムタンという人物です」
国王が答えてくれた。
「ええっ、あれが? 黒幕のグラスムタンなの?」
わたしは驚きの声をあげた。
「どんな迫力のある男かと思っていたら、パッとしないおじさんじゃないの!」
それは、中肉中背でちょっとお腹が出た、くたびれた中年のおじさんだったのだ。しかも、頭のてっぺんが……あれは宗教的なヘアスタイルなのだろうか? 教科書に載っていたフランシスコ・ザビエルのイラストにそっくりな感じで、頭に皿を乗せたような感じのハ……毛髪が1部休憩中の様子なのである。
「うおおおい! パッとしなくて悪かったな!」
グラスムタンは、聖職者らしくない唸り声をあげた。
「兵士は人違いで拉致してしまったと言っていたが、やはりお前が天の祠と土の祠に余計なことをした愚か者だったかっておい! 娘! 話を聞け!」
わたしは怒鳴るおじさんを無視して、風の祠に光の実をおさめた。
「おい、よせ!」
「近寄るな!」
国王がこちらにこようとするグラスムタンを制して言った。
「グラスムタンよ、これまでだ!」
「聖女さまがいらしたからには、もうこれ以上お前の好きにはさせないぞ」
「そうですわ、観念なさい」
王子や王女、そして王妃もわたしを守るように立ちはだかる。
わたしは祠に祈りを捧げた。
「聖霊さま、光の実でございます。どうぞお力を取り戻しくださいませ」
しかし、辺りに満ちている邪悪な気が風の祠に襲いかかる。風の祠からはそれに抗うように光が放たれたが、光の実を育てる余裕がない。
「ふはははははは、無駄無駄、無駄だあああーっ! 聖女とやら、小賢しい真似をしても、もうこの国には我の力を跳ね除ける能力は残っていない! 残念だったな、丸々と太った醜い豚のような娘よ。おとなしく肉を食っていればよいものを、余計な真似を……」
「丸々と太った醜い豚ですって? おだまり、冴えないおっさん!」
わたしがダンッと足を踏み鳴らすと、地面が割れて、グラスムタンを飲み込もうとした。
「うわあっ!」
「わたしは豊穣の聖女ポーリンよ! この身についた体脂肪は、豊かさの印。それを誹るような真似は、神さまが許しませんわよ、ええ!」
わたしは地割れから這い出すグラスムタンをきっと睨みつけると、風の祠にしがみついた。
「どうぞわたしの、聖女ポーリンの力を遠慮なくお使いください! そして、光の実を育てて悪しきものを浄化してしまってくださいませ!」
すると、わたしの身体からものすごい勢いでなにかが抜き取られ、それと同時に祠が振動し始めた。
「ぐぬぬぬうっ、小癪な小娘め……な、なに!?」
四つん這いになったおっさんことグラスムタンが、口を大きく開けた。
「光の実が、そだ、そだ、育っているのかそれはいったいなにが起きているのだうわああああーっ!」
そう、わたしがこの身に貯めていたぽっちゃりを、遠慮なくすべて使ったため、光の実がすごいことになっていた。芽が出て根が生え、茎が育ち、太く太く育って、あっという間に1メートルを越えた。そして、この地下の空間は繁る葉と蔓とでいっぱいになり、わたしたちは蔓に絡まれていった。
そう、わたしと王族はしなやかな蔓で編まれた籠のような空間に心地よく収まり、グラスムタンと洗脳されていた兵士たちは脚を縛られて逆さまに吊られているのだ。
光の木は神殿を突き破り、石でできた建物をバラバラに壊していく。籠におさまったわたしたちは、エレベーターに乗ったように天高く登り、グラスムタンたちは逆バンジージャンプ状態になって悲鳴をあげている。
「おほほほ、力を取り戻した聖霊さまのお力は、素晴らしいものですわね……どうかなさいましたか?」
わたしは、同じ籠に入っている王族たちが、驚愕の表情でこちらを見ていることに気づいた。
「聖女、ポーリン、さまで、いらっしゃる……のですよね?」
子リスの王女が言った。
「ええ、そうですわよ」
「なんだか急にちっちゃくなられましたが……お身体の方は大丈夫ですか?」
「ちっちゃく……あら、本当ね!」
わたしは自分の腕を見て驚いた。
ほっそ! 手首、ほっそ!
こんなに細い手首を見るのは、孤児院にいた時以来だわ。
うわあ、聖女服がブカブカじゃない。伸びきっていたウエストのゴムがでろんってなっちゃってるわ。
どうやらわたしは、4ぽっちゃりから0ぽっちゃりになったようである。
わたしは咳払いをひとつしてから言った。
「大丈夫、わたしは健康ですわ。わたしの身体には、このような緊急事態に対処するために、神さまのお力が蓄えられていたのです。おかげで悪しき気に満ちた地下でも、ほらこの通り、光の木がすくすくと育つことができました」
「そうだったのですか! ありがとう聖女ポーリン。今までお貯めになった聖なる力を、我々ガルセル国のために放出してくださったことを、深く深く感謝いたします」
「ありがとうございます!」
「聖女さま、本当にありがとうございます!」
国王に続いて王家のメンバーがわたしに向かって頭を下げてしまったので、わたしは「いいえ、どうぞ頭をお上げくださいませ」と慌てた。
美味しいものを散々食べて身体についてしまった体脂肪なのよ。
本当は、そんなにすごいものじゃないの。
それに……またすぐに蓄えられると思うのよね、うふふ。
ガルセル国には美味しいものがたくさんありそうなんだもの。
通気性の良い籠の中で、気持ちよく風に吹かれているわたしたちの耳に、禍々しい声が聞こえた。
「このままで済むと思うなよ……この国を起点に、世界全体を手に入れようという我の計画の邪魔をしたことを、後悔するがいい……まずはガルセル国を、滅ぼしてやろう」
「グラスムタン、なにを物騒なことを言っているの? いい加減に観念なさい……グラスムタン?」
わたしが蔓の隙間から下を見ると、逆さになったグラスムタンが服の中からなにかを取り出すのが見えた。
「全てを道連れにしてやる! わははははははは」
彼は血走った目をして、取り出したなにかを握りつぶした。
「ぐわあああああああ!」
黒い炎に包まれたグラスムタンは、蔓を引きちぎり、下に落ちていった。
「まあ、自死してしまったの? ……あれは……グラスムタン?」
地面に激突するはずのグラスムタンの身体から、どす黒い根が生えて、地面に突き刺さる。毛髪が不足していた頭からは、代わりに数枚の葉が生えて大きくなっていった。
そして、その葉の下には牙が生えた大きな口ができていた。
「頭に口が? あの姿は……見覚えがあるわ」
口がニヤリと笑い、凄まじい絶叫を放った。
『GYEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!』
「きゃあっ」
「耳が!」
わたしたちは耳を押さえてうずくまった。
(あれは伝説の悪しき植物、マンドラゴラ! グラスムタンは恨みのあまり、危険なマンドラゴラに姿を変えてしまったのね)




