神殿と最後の祠 その2
これで、光の実の種は手に入った。
あとは、これを土に埋めて育てて、実がなったら祠にお供えして……って、地下の部屋に監禁されてる今、かなりの無理がある。
「聖女ポーリンどの、祠への道はこの通り、閉ざされているのだが……」
国王の顔にも『これは詰んだ』と書かれていたけれど。
「大丈夫ですわ。神さまのお力をお借りして、道を作れば良いのです」
そう、わたしはレスタイナ国の聖女。
神さまのお力を借りれば、軍艦をぐしゃっと潰してお魚の遊び場にしたり、次元の隙間にいらないモノを放り込んで無かったことにしたりできる物騒なお姉さま方と一緒に育った、豊穣の聖女。
得意なことは、神さまへの無茶振りである!
「この壁を耕したいと思いますので、豊穣の神さま、聖女ポーリンのお願いをどうかお聞き届けくださいませ!」
「た、耕すのですか? 石の壁を?」
「はい、耕しますわ……」
わたしは右手を天に向けて伸ばす。
「どうぞ、神さま……って、あら、これでは愛用のクワがいただけないかしら」
いつものように、眩しい光が天から降り注ぐ……はずが、悪しき気で遮られた地下には、ちょろちょろとしかご加護が届かないようである。
でも、これも想定済みなのだ。
「ならば神さま、ポーリンの持つ力もお使いくださいませ! 遠慮なく、ごっそりと!」
すると、わたしの身体から再びエネルギーが引き抜かれ、わたしの手には金色に光るクワ……ではなく、カレースプーンが握られていた。
わたしは1ぽっちゃりを消費して、スプーンを手に入れたのだ。
え、スプーン?
嘘でしょ⁉︎
「スプーン?」
「スプーンですわ」
「スプーンだな」
わたしの手に現れた、神々しい光を放つスプーンを見て、ガルセル国の王族たちは驚きで目を見張っているが、わたしは別の意味で驚いた。
神さまがわたしにお優しいのはわかる。
元気なぽっちゃりさんの体脂肪を減らすのは、豊穣の神さまとして断腸の思いなのだろう。
けれど、スプーンひとつで、どうしろと?
スプーンは耕す道具じゃないから、壁を崩すことはできない。
そうね、スプーンとは……食べ物をすくう食器よね。
しばらく考えてから、わたしは祠のある方の壁に向かった。
「……神さまのご加護がある聖なるスプーンならば、なんとかなるはずよ。そうね、例えばこの壁は、きっと、チーズ……そうよ、よく熟れて柔らかくなった、とろとろのチーズなんだわ。だから、スプーンですくえるはずよ」
そう呟いて、わたしはスプーンを壁に刺した。
見事に刺さった。
柔らかなナチュラルチーズに刺さるように、くにゃんという気持ちの良い手応えで壁にスプーンが刺さった。
「なんと、スプーンが壁に刺さっている!」
スプーンの力で、石すらチーズ状にしてしまったのだ。さすがは神さまのスプーンである。
「チーズ、チーズ、これは柔らかなチーズ」
わたしは歌うように呟きながら壁をすくい取って、掘り進んでいく。そして、ガルセル国の王族と一緒に異変に気づいた。
「壁をまるでチーズをえぐるように易々と……うん? この匂いは? 聖女ポーリン、ちょっとそれを見せてくれないか?」
キラキラ光るスプーンですくったチーズを、王子が摘んだ。
「これは……本物のチーズだ! 聖女ポーリンどのが削った壁が、よく熟成した最上のチーズになっているぞ」
「まあ、なんということでしょう。ということは……」
いい匂いに耐えられなくなったわたしは、スプーン上の壁だったものをひと口食べてみる。
「ああ、なんという美味しさ! これは、まさに白カビチーズ! しかも、中までしっかりと熟成して、トロトロの食べごろになっているわ。まったりとして香り高く、充分な熟成で旨みの塊となっているから、ワインを飲みながら食べたら口の中にパラダイスが広がるし、茹でたブロッコリーや人参、グリーンアスパラなどの新鮮野菜や、ぷりぷりの茹でソーセージにたっぷりと絡めて食べるチーズフォンデュにも最適だわね」
白カビチーズとは、ブリーやカマンベールなどの名前で日本でもよく見かける、初心者にも食べやすいチーズである。あまり熟してしまうときつい匂いが出てしまうが、このチーズは中心がやっと柔らかくなるくらいの程よい熟し加減で止められている。
さすがは豊穣の神さま、やることが完璧すぎるわ!
ポーリンはどこまでもついていきます!
神さまのスプーンは、とんでもない力を持っていた。
まさか、石を本物のチーズに変えてくださるなんて思わなかったわ。
錬金術では石を金に変えることができるらしいけれど、チーズに変えることなんて、神さま以外にはできない素晴らしい御技ね!
「うふふふ、柔らかくて、蕩けるような、風味豊かな、チーズ、チーズ、チーズ、美味しいチーズ」
笑顔で呟きながら、わたしがスプーンで壁の穴を掘り、大きくしていく。柔らかなチーズがどんどんすくい取られて、良い香りを放つ。こんなにも上質なチーズを落としたらもったいないということで、王子が大きな皿を差し出した。そこにチーズを乗せて、炙り肉の横に積んでいく。
「こっちは確かに石の壁なのに……なんという神の奇跡だ!」
国王が壁に触って、石であることを確認している。
「さすがは豊穣の聖女、我らの想像が及ばないほどの力を持っているな……それにしても、たまらなく良い香りだ」
「父上、こちらに差し入れのワインがあります」
「うむ、そんな場合ではないとわかってはいるが……」
「なんと、チーズを乗せるのによいバゲットもあったりします」
「おおおっ、これはもしや、神のお導きなのだろうか?」
男性たちは、チーズとワインを前にそわそわしている。
王女たちも、壁をこんこんと叩いて感心している。
「こっちはちゃんと石よ。すごいわね、レスタイナ国の聖女さまって」
「壁をチーズにしてしまうなんて、まるで楽しいお伽噺みたいだわ」
「うふふ、そうね。シャーリーはチーズが大好きだから、食べさせてあげたかったわ」
「こんな夢のような出来事を見たら、喜んだでしょうね」
ちゃんとネズミちゃんのことも気にかける、優しいお姉さんたちである。
そんなこんなでせっせと壁をくり抜き、とうとうちょっぴり太めの女の子も(わたしよ! 『ちょっとだけ』太めなの!)楽に通れるくらいの大きさの穴ができた。
「ふう……それでは、風の祠に……あら?」
聖霊のお使いである光が現れて、わたしの行手を塞ぐように高速で飛び回ってから、炙り肉とチーズが置かれたテーブルの上に停止した。
「もしかして、それを食べてから行けとおっしゃるの?」
光は、その通りだと言わんばかりに点滅する。
「なるほど。この先には、なるべく力を蓄えておかなければならないような、大変なことが待ち受けているということなのですね」
その言葉を聞いて、チーズに浮かれていた室内に緊張が走ったので、わたしは笑顔で言った。
「それでは、少々休憩して、お昼ごはんをいただきましょうか?」
というわけで。
最高に美味しいピグルールの炙り肉を金のスプーンで切り分け(武器になるからという理由でこの部屋にナイフがなかったためだ)スライスしたパンに蕩けるチーズを乗せて、ワインを飲みながらの楽しいおやつタイムが始まった。
「んまああああ、なんて美味しいお肉でしょう!」
王妃さまが「これほどの美味は、わたくしたちでもなかなかいただけませんわ。はしたないけれど、お腹いっぱいに食べてしまいそうよ」と言って、頬を赤く染めた。
ちなみに王女さまたちは若さもあって、はしたないとかまったく考えずに「美味しいわ!」「ほっぺたが落ちそう!」ときゃっきゃしながら食べまくっている。ほっぺたが膨らんでいるのが可愛らしい。
「なんという美味!」
「美味しいだろうと思っていましたが、やっぱり美味しい! 最高のチーズですね」
「そして、このニンニク風味の炙り肉の美味さときたら……手が止まりません」
「ワインがあって本当によかった……」
男子は飲み会をしているようだ。
「おほほほ、お肉をお待ちしてよかったですわ」
わたしは、みるみるなくなっていく骨つき肉を見て(セフィードさんにつかまらずお肉を掴んで正解だったみたいね)と思った。酷い目には遭わされていないとはいえ、監禁されているので、彼らは充分な食事をとっていなかったのだろう。
「これは……」
食べるのを止めた国王は、不思議そうな表情で自分の手を開いたり閉じたりした。
「力が湧いてくるぞ。なにが起きたのだ?」
「わたしもです、父上。身体中に力が漲ています!」
「……わたしもです」
そして女性たちは、なぜか頬を押さえて「どうしたのかしら、お肌がぷりぷりするわ!」「ええ、すべすべの艶々になっていますわ。手触りがいつもと違うのよ!」「あらまあ、お母さま、気になさっていた目元の小じわが消えてます!」「なんですって? 鏡、鏡!」と叫んでいる。
「これはもしや……」
「はい。神さまのご加護のある食べ物を頂いたため、身体が活性化されたのだと思いますわ」
「なんという……」
王族たちは、神さまのお力を身をもって感じて、その偉大さに絶句した。
美味しいチーズパンを山ほど、そして骨つき炙り肉を丸々ひとつ食べたわたし(だってね、ポーリンにはこれから大仕事が待っているんだもん、エネルギーが必要なのよ! 決して食いしん坊だからじゃないわ!)は、ナイフの代わりをしてくれた金のスプーンを持つと「さて、続きに取り掛かりましょう」と言った。
そして(お腹がぽんぽんだけど、さっき開けた穴、通れるかしら?)とちょっと不安になるのであった。




