神殿と最後の祠 その1
わたしは、まず最初に挨拶をと思い「皆さまごきげんよう。わたしは……」と言いかけて、口をつぐんだ。
聖女らしく上品に振る舞うには、骨つき肉が邪魔だったのだ。
「すみませんが、このとても美味しいピグルールの炙り肉を置く場所がありますか?」
「そうね、ずっとそんな大きな肉を持っていたら、あなたのようなお嬢さんの腕が疲れてしまうわね」
頭にネズミの耳がついた、おそらくシャーリーちゃんのお母さんでこの国の王妃らしい女性が、テーブルの上を片付けて、大きなトレーを用意してくれた。
ちなみに、ネズミの耳が付いているのはこの女性だけで、他のメンバー(国王らしい男性と、王子さまが3人に王女さまが4人)の耳の形はバラバラである。おそらく獣人同士の混血が進んでいるのだろう。どの種族の獣人が生まれてくるのかわからないから、妊娠した時の楽しみになるのだろうとわたしは思った。
「さあ、こちらに置くとよろしくてよ」
「畏れ入ります」
わたしは微笑んでお礼を言い、トレーの上に2つの肉を置いた。そして、王女さまのひとりが親切に用意してくれたお手拭きで、肉汁のついた手を拭った。
「ありがとうございました」
「耳が目立たないところを見ると、トカゲ族のお嬢さんなのかしら? あなたはきちんとした礼儀作法を身につけていらっしゃるのね。最近のお肉屋さんは、マナーのお勉強もされているみたいだわね」
「どうでしょうか? 確かに、礼儀作法を学ぶことは、どのような職業に就く時にも役に立つと思いますが……あ、わたしは肉屋ではありませんのよ」
その言葉を聞いて、ロイヤルファミリーの皆さんが一斉にトレーの巨大肉とわたしを見比べたので吹き出しそうになってしまった。
わたしは腹筋にぐっと力を入れると、聖女服のスカート部分を美しい仕草で摘んで、正式な礼をした。
「申し遅れましたが、わたしはレスタイナ国の豊穣の聖女にして、ガズス帝国にある『神に祝福されし村』の領主と婚約しております、ポーリンと申します」
「聖女さまですって?」
「レスタイナ国の聖女? 力のある聖女として有名なレスタイナ国の聖女さまが、なぜガズス帝国に……」
わたしは部屋にいる人たちをぐるりと見回した。
「皆さまは、ガルセル国の王家の方々でいらっしゃいますわよね?」
「ああ、そうだが……わたしが国王だ」
「大まかな事情は存じておりますわ、国王陛下。わたしがここに来たのは、こちらの国の聖女でいらっしゃる、第五王女のシャーリーさまの口より、聖霊さまのお告げについてのお話をお聞きしたからですわ」
「シャーリー! シャーリーは無事なの?」
「はい、王妃陛下。シャーリーさまは、わたしが住む『神に祝福されし村』で、大変元気に過ごしていらっしゃいますわ」
「よかったわ、シャーリーが無事で、本当によかった……」
王妃と王女たちは抱き合って泣き出し、王子たちも目をこすっている。
「聖女ポーリンどの、ありがとう。ポーリンどのと聖霊さまに、心よりの礼を申し上げる」
目を潤ませた国王は、威厳のある姿でわたしに感謝を伝えた。
「畏れ入ります、陛下。シャーリーさまとは仲良くさせていただきましたが、まだお小さいのに本当に立派な王女殿下ですわね。ガルセル国内がこのような事態になっていることをシャーリーさまが身をもってお伝えくださらなかったら、他国の者は誰も知らないままでしたわ」
「……そうか。うむ、娘を褒めてもらって大変嬉しい……あれは、聖女としての重圧も背負って、いつもがんばる、がんばりすぎる王女なのだ」
国王は、父親としての素顔を見せて言った。
「今は安全な場所にいるのだな。安心した」
「ありがとうございます、聖女ポーリンさま」
涙を上品にハンカチで押さえながら、王妃も頭を下げた。
「どうしましょう、今のわたくしたちはポーリンさまをここから逃がす力も方法もないのです。シャーリーを助けてくださった恩人なのに……」
「王妃陛下、どうぞご心配なく。実はわたしは、ガズス帝国の冒険者としての仕事もしていて、多少の荒事にも慣れておりますのよ。今回、シャーリーさまとガズス帝国に亡命していらした『剣士バラール』と、この国の貴族で手練れの冒険者であるジェシカ・サイリクさん、そしてガズス帝国のSSクラス冒険者にして、『神に祝福されし村』の領主であるセフィードさんとパーティを組み、聖霊の祠を解放するためにこちらに参りましたの」
わたしは驚く王族たちに、聖霊の導きでこの国にやってきて、すでにふたつの祠を解放していることを説明した。
「なんという……」
シャーリーちゃんとバラールさんがどんなに大変な思いをして砂漠と魔物の山を越えてきたのかということ、そして王族が軟禁されている間に祠がさびれ、国の砂漠化が進み、たくさんの村が砂に飲み込まれたことを話すと、彼らは衝撃を受けた。しかし、これは国を治める者として知っておかなければならないことなのだ。
聖女もそうだけれど、皆に敬ってもらう立場に立つということは、重い責任と重圧も背負わなければならないということなのである。
時には、自分の家族や自分の命よりも、国民を優先させなければならない。
シャーリーちゃんは、まだ幼いけれど、このことをしっかりとわかって務めを果たす、賢くて立派な女の子なのである。
「突然衝撃的なお話をして、申し訳ございません。しかし、ことは一刻を争う状態なのです。ここは、風の祠の上に作られた建物なのですか?」
「そうだ。シャーリーが秘密の抜け穴を通って王宮から出たということで、我々はこの『神殿』と称する建物に移され、監禁されているのだ」
「グラスムタン、という人物が、神官長を名乗っている訳ですか?」
「うむ」
「先ほどわたしをここに連れてきた兵士たちは、獣人でしたわ。なぜグラスムタンの手先となってしまったのですか?」
「それはおそらく、洗脳だと思われます」
王子のひとりが答えた。
「グラスムタンは悪しき技で、聖霊が我が国に禍をもたらしていると皆を言いくるめているらしいのです。そして、我々王族がガルセル国の国民の力を吸い取り、利用していると。荒唐無稽な話なのですが、祠の力を封じ、王都を邪悪な気で覆い、人々に幻を見せているようなのです。グラスムタンは最初に我々も洗脳しようとしたのですが、聖霊の護りのおかげでそれは避けられました。そのかわりに、この通り悪者にされて監禁されている訳です」
「そうですか」
この、重くてゼリーみたいな気持ちの悪い気が、兵士たちの心を操っているらしい。
わたしが聖女だとグラスムタンに気づかれないうちに、風の祠の解放を行う必要がありそうだ。
「ちなみに、風の祠はどちらに?」
「元々地下に作られた祠なので、この壁の向こう側にあるはずです」
王子が石でできた壁を叩いた。
「しかし、入り口はこの通り、塞がれた状態です」
「……光る実、光の実、というものに心当たりのある方はいらっしゃいますか?」
「光の実は、以前は祠を囲むように生えていて、地下を明るく照らす植物の実でしたが……」
「今はすべて、枯れ果ててしまったと思います」
「そうですか」
祠の上にこんな建物を建てられて、邪悪な気で包まれたら、光の実も育たなくなってしまうだろう。けれど、聖霊のお告げがあったということは、どこかに光の実が残っているはずだ。
「うーん……」
わたしは唸りながら、向こうに風の祠があるはずの壁に手を当てて「風の聖霊さま、聖女ポーリンがここまで参りましたわ。光の実がどこかに残されているならば、どうぞお教えくださいませ」と呼びかけた。
すると、壁をすり抜けるようにして、小さな光が部屋に入ってきた。
「わあ、なんだ?」
「この光は……もしや、聖霊のお使いなのか?」
光は部屋の中を飛び回り、王妃の胸の前で止まった。
「王妃陛下、畏れながら、そこになにかお持ちでございますか?」
「ここには、シャーリーに貰ったペンダントが……」
「それですわ! それをお貸しくださいな」
わたしは王妃からペンダントを受け取る。よく見ると、裏蓋が開くような作りになっていたので、爪を引っ掛けて持ち上げた。
「あった、これだわ!」
そこには、ほんのりと光を放つ、小さな種が一粒入っていた。




