聖霊のピンチ その5
聖女ポーリンは、
みんなの愛と体脂肪を受け取って、
これからもがんばります♡
寄進してくださった皆さま、
ありがとうございました^ - ^
『ポーリン……聖女ポーリン……』
わたしの名を呼ぶか細い声が、頭の中に響く。
『ありがとう、聖女ポーリン』
「どなたですか?」
なんとなく、天の祠の聖霊とは違うような気がして、わたしは尋ねた。
『土の……聖霊です。天の祠が解放されて……こちらにも少し、力を分けてくださって……でも、あまり時間が……危険な状況なのです……』
聖霊は、馬で1日走ったところにあるという土の祠からわたしを呼んでいるようで、距離があるためか声がかなりかすれている。そして、こちらの祠も危機的状況らしい。
『聖女ポーリン……あなただけが頼りなのです……」
「わかりました。それでは今すぐに参りますわ」
「ダメだ、ポーリン!」
「きゃっ」
土の祠の聖霊に返事をし、立ち上がろうとするわたしを、セフィードさんがむぎゅっと抱きしめて止めた。そして彼は、切羽詰まった口調で横になったままのわたしに言った。
「こんな身体では無理だ! こんなにも弱々しくなってしまったポーリンを、次の祠に行かせるわけにはいかない」
「え? 弱々しい?」
わたしはまだ全然ぽっちゃり度が高い自分の手を見て「これのどこが弱々しいのかしら?」と首をひねった。間違いない、まだ3ぽっちゃりのぷくぷくした手である。
しゅっとした長いセフィードさんの指と比べると、むちむちして白くて、パンだねをこねたらものすごく美味しくできそうなふくよかさだ。ちなみに、実際にパン作りは得意で、ふんわり膨らんだ美味しいパンはディラさんにも「こんな美味しいパンは、奥方さまじゃなくっちゃ焼けないよ、あたしもがんばってるんだけど、悔しいけど、かんっぺきに負けだよ、ヒューヒュー、パンごねクイーン!」と絶賛されている。
せっかくの美形さんなのに、苦しげに眉間に皺を寄せているセフィードさんに、わたしは言った。
「ねえ、よく見て頂戴。この手はわたしの目には全然弱々しく見えないんだけど。今すぐパンだねをこねまくって、焼きたてのロールパンを町で売り出せるくらいに元気よ。朝のロールパンって美味しいわよね、フレッシュなバターと甘酸っぱいジャムをつけるとより一層……いいえ、朝食について考えている場合ではないわ。心配かけて申し訳ないけれど、それでもわたしは行かなくてはならないの」
しかしセフィードさんは、目に涙を溜めてわたしを睨んだ。
「そんなことは俺が許さないからな! なぜポーリンばかりこんな目に遭わなければならないんだ! ポーリンを行かせるくらいなら、俺が代わりに行く。ポーリンは町で待ってて。いいか?」
……なんなの、この駄々っ子ドラゴンさん。
うるうるした瞳が可愛すぎて辛いんですけど。
「うーん、困ったわね。確かにセフィードさんはとてもタフだけど、聖霊さまが最後の力を振り絞って、変な気と戦っている祠の近くの空間は、神さまにご加護いただいているわたししか入れないと思うし……あなたでは次の炎の実を育てることもできないでしょう?」
するとセフィードさんは、涙をこぼしながら「ならば……聖女を、やめてくれ」とわたしに懇願した。
「ポーリンのようなか弱い女の子には、こんなに辛い仕事は似合わない。だから、もう……これだけ皆のために働いたら充分だろう。たくさん人助けをしたんだから、聖女を引退して欲しい。そして、これからは『神に祝福されし村』の奥方として、穏やかに暮らしてくれ」
「セフィードさんったら。それはできませんよ」
わたしは笑って、心配症のドラゴンさんの鼻を摘んだ。
「ありがとう。親身になってもらえて嬉しいわ。でもね、聖女としてのお仕事はわたしの大切な使命なの。セフィードさんに心配をかけて申し訳ないけれど、聖女を辞めるつもりはないわ。これからも皆を救うために力を貸して頂戴。ね?」
「ポーリン……」
その時、わたしのお腹が盛大に鳴った。
「あら困ったわ、朝ごはんがまだだから、お腹に催促されちゃったみたい」
シリアスなムードが台無しである。
わたしがうふふと笑うと。
『あの、聖女ポーリン……お取り込み中……ですが』
わたしたちの会話を聞いて、ちょっとハラハラしていたらしい聖霊さまが、小さく声をかけてきた。
『土の祠のある場所の近くでは、とても美味しいピグルールという魔物が狩れるのですよ。そして…祠に来る途中に、美味しいニンニクと黒胡椒が生えている場所と……味の良い岩塩が採れる場所も……あったりするのですが……』
「なんですって?」
耳寄りの美味しいもの情報が土の祠の聖霊からもたらされ、わたしは真剣な表情になる。
「聖霊さま、ピグルールは豚に似た魔物で、その滋養に満ちたお肉は黒豚よりもジューシーで美味しく、脂肪はさらりとした口溶けと最高の風味を誇るという、豚の中の豚ではなくって?」
『豊穣の聖女ポーリンよ、その通りです……さらに、食後のデザートにピッタリな、甘くて美味しいスモモのなる木もございます。……ちょっと離れた森には木がたくさん倒れて乾燥しているので、ピグルールを焼くための薪になさるのにぴったりですよ……」
「大変だわ、セフィードさん、ピグルールがわたしを呼んでいるの! すぐに向かいましょう!」
「うわあっ」
わたしが腹筋の力で起き上がると、その勢いでセフィードさんが倒れてしまった。
「セフィードさん、土の祠の近くにピグルールがいるんですって!」
「え? ポーリンはこんなにやつれて見えるのに、この俺を一撃で倒したのか? SS冒険者で無敵と言われるこの俺を?」
わたしは遠い目をするセフィードさんの肩をつかみ、揺すりながら言った。
「だから、やつれてないのよ。この通り、わたしがまだまだ元気なのがわかったでしょ? ねえセフィードさん、土の祠に向かいがてらピグルールを一頭狩って、朝ごはんがわりに食べることにしますからね」
「お、おう、わかった」
まつ毛に涙の水滴をつけたセフィードさんは、ぱちぱちと瞬きをした。
「ピグルールか。確かにその魔物はかなり美味しいと評判らしい……え? ポーリンは今、聖霊のお告げでそれを聞いたのか? 美味しい魔物の情報を?」
「ええ。さらに、美味しい調味料や食後のデザートの情報もくださったわ。ほら、時間がもったいないから早く行きましょうよ。豚のガーリック焼きを早く食べたいわ!」
「聖霊め……ポーリンのことを知り尽くしているな」
そう言って、セフィードさんはため息をつき、立ち上がるとわたしを抱き上げた。
馬で1日の距離も、セフィードさんが飛んだらあっという間なのだ。
と、そこへ、天の祠の変化を知ったのか、バラールさんとジェシカさん、それに領主のクライドさんと甥っ子のサードリーさんもやってきた。
「ポーリンさま、やはりあなたさまのお力でしたか! 町の周りを囲むように空の木が勢いよく茂って広がり、砂漠はたちまち草原と化しました」
「そうなのですね、よかったですわ」
「はい、本当にありがとうございま……す?」
深くお辞儀をしたクライドさんの語尾がおかしくなる。彼はぱっと頭を上げると、わたしを見て目を見開いた。
「聖女ポーリンさま、ですよね?」
「はい」
「……なんだか、横方向に小さくなられなように見えるのですが、わたしの勘違いでしょうか」
「勘違いではない」
わたしを抱き上げたままのセフィードさんが、重々しく言った。
「ポーリンは我が身を犠牲にして祈りを捧げ、祠の力を取り戻したんだ」
我が体脂肪を犠牲にしたので、全然惜しくございませんが。
「な、なんと!」
「さすがは聖女さま、そんなことができるなんてすごいです!」
クライドさんとサードリーさんが、感動の面持ちで言った。
「……なるほど、これは聖女ポーリンさまじゃないとできないことだな。我が国の聖女さまでは……消え去ってしまいそうだ」
細いシャーリーちゃんの体型を思い出したのか、バラールさんが深く頷いた。
「腹の肉は伊達ではなかったということか」
ふんふん、どうせわたしはぽっちゃり聖女よ!
と、それどころじゃないわ。
朝ごはんを食べに……こほん、土の祠の聖霊さまをお助けに馳せ参じなくては!
「それでは皆さま、わたしたちはこのまま土の祠に行って参ります。また後ほど!」
わたしが宣言すると、セフィードさんは翼をはためかせて飛び上がった。
「いざ、ピグルールの……土の祠へ!」
「……ポーリンは絶対、聖霊にいいように使われていると思う……」
ぶつぶつ言いながらも、頼りになるドラゴンさんは速度を上げて土の祠へと向かってくれるのであった




