聖霊のピンチ その2
「ポーリンさまはレスタイナ国の聖女であり、さらにおふたりはガズス帝国にある獣人の村の領主ご夫妻でいらっしゃる?」
「はい、そうですわ」
わたしは、ガルセル国の町ソーセルの領主と、冒険者ギルド長に頷いた。
この4人パーティのリーダーはわたしなのだ。
バラールさんに任せようかと思ったけれど、彼は自分にとって聖女という身分が高過ぎるし、どう見てもこの旅で指示を出すのはわたしだろうというので、バラールさんにはリーダー役をお断りされてしまった。
ちなみにセフィードさんはドラゴンの王子なので、単純に身分を考えるとわたしといい勝負なのだし、いつもはリーダーを務めてくれるベテランの冒険者なのだけれど、狩り目的ではない今回の場合だと、コミュ障の彼にリーダーを任せたら話が進まない恐れがある。
というわけで、わたしが適任ということになったのだ。
「そして、こちらの麗しき狼のご婦人は、あのサイリク家の御令嬢でいらっしゃる?」
貴族っぽい褒め言葉をつけられたジェシカさんは、面白そうに言った。
「そうよ。わたしはジェシカ・サイリク。でも、今は『冒険者のジェシカ』よ。もしも気になるならば、冒険者ギルドのデータを見れば、わたしがサイリク家の四女であることは確認できると思います。サイリク家とは特に問題を起こしたわけではないから、その点は安心して頂戴」
「畏れ入ります。そしてさらに、……あの、あなたは、有名な、剣士バラールの本物でいらっしゃると?」
彼にとっても、バラールの存在が1番の驚きらしい。
この虎さんがそんなにも有名だったなんてね。
でも、考えてみたら、軟禁されていた幼い聖女の王女さまを救い出して、手練れの冒険者たちや軍人でも尻込みするような、恐しい魔物の棲む砂漠や森を抜けて、ガズス帝国に亡命して来るほどの実力者なのだ。
「俺は本物だ。剃ってしまったから髭はないがな。ある高貴なお方の命で動いているため、詳しい事情を説明することはできないのだが、俺は今現在もガルセル国王家のために動いている」
「そうでございますか……はあ、もう、なんと申しあげればいいのか……」
犬の獣人らしく、垂れ耳がついている眼鏡のおじさん(ソーセルの領主、クライドさん)は、複雑な表情を浮かべて言った。
「いや、失礼をいたしました。ようこそソーセルへ。皆さまのような素晴らしい方々にお会いできて、このクライド、嬉しゅうございます」
「突然来てしまってごめんなさいね。お騒がせして申し訳ないわ」
「いえいえ、皆さま方のような立派な客人をお迎えできて光栄です。どう歓待すれば良いものか、このようなことに不慣れな田舎者のため不安もございますが、必要なことがございましたらできる限り対応いたします。なにかありましたら、このサードリーに申しつけてください。わたしの甥です」
「こんにちは! 僕はサードリーと申します。このたび、聖女さま御一行さまの担当を務めさせていただきますので、よろしくお願いします!」
芝犬っぽい耳がついた快活な青年が笑顔で言った。
どうやら領主よりも肝が据わっているようだ。
「サードリーさん、こちらこそよろしくお願いしますね」
辺境の町を治めるクライドさんにとっては、わたしたちの来訪は盆と正月とクリスマスとハロウィンが同時に来たようなものなのだろう。
優しそうなクライドさんは、甥っ子を見て目を細めた。きっと可愛がっているのだろう。
少し腰が引けている領主に対して、隣に立つゴリラのおじさん(ソーセルの冒険者ギルド長)は、喜びのあまりかさっきから笑いが止まらない。
「わっはっは、我々はポーリンさまのパーティを心から歓迎するぞ! うむ! なんとも立派なデザルクラーだった! 今は見事にバラバラだが! あれほどの魔物を倒して、それをこの町に寄付してくれるとは! 太っ腹にも程があるな、わっはっは!」
「おほほほ、お役立てくださると嬉しいですわ」
そうなのだ、砂漠に迫られて弱っているこの町の経済を活性化し、町の人たちに元気を取り戻してもらうために、今夜は町中でカニパーティーを開いてもらうことにしたのだ。
先ほどギルド長と一緒に荷車を引いた大勢の人がやってきて、この巨大なデザルクラーをどうやって処理しようかと悩んでいたのだが、その様子を見たセフィードさんが魔物の解体部門の獣人にぼそりと言った。
「どこを断って欲しいのか、言え」
「はい?」
「俺が斬る」
そして有言実行のドラゴンさんは、鋭い爪を出すと職人さんたちの希望する通りにデザルクラーの硬い殻をスパスパと分断し、ソーセル町の人々の口をぽかんと開けさせてから、いつものように「んっ」と一言いうとわたしの隣に戻ってきたのだ。
「わっはっは、それにしても、帝国のSS冒険者の技をこの目で見せてもらえるとは、俺たちも運が良かった! うむ、強い男だ! そして素晴らしい太刀筋! 解体する手間が非常に少なくなり、これで今夜の『カニパーティー』なるものはつつがなく開けるだろう! しかも、美しく分断された殻は質の良い材料となる! 何から何まで世話になるな、わっはっは!」
冒険者ギルド長は腰に両手を当てると、高らかに笑った。
わあ、テンションが高くて元気なおじさんね。
ゴリラさんだからかしら?
そのうち、ウッホウッホって笑い出しそうなご機嫌ぶりだわ。
「この町の冒険者ギルドは、もちろんガズス帝国の冒険者ギルドとも提携している。俺に相談などがあれば、いつでも声をかけてくれ! クライド氏、サードリー氏、聖女さま方のことは任せた! 俺は報告を待つ! ではまた!」
しゅたっ! と手を挙げると、ゴリラのギルド長は去っていった。彼にはわたしたちの目的を詮索する気はなさそうだ。
「それでは、皆さまは領主の館にご移動ください。馬車を用意してありますので、こちらにどうぞ」
今夜は領主館に泊めてもらえるというので、わたしたちはサードリーさんの後に続いて馬車へと向かった。
クライドさんは、わたしたちを迎える準備があるということで急いで領主館に戻り、わたしたちはサードリーさんにこの町の紹介をしてもらいながら、少しゆっくりめに馬車を走らせた。
「町のはずれに、天の祠があります。そして、町を抜けて馬で1日くらいのところに土の祠があります。……どちらも、以前とは違う姿になってしまいましたが……」
領主館を訪問するので、砂漠を越えて来るときについた汚れを落とすため、馬車の中で神さまのご加護をいただき全身を浄化してから、わたしたちは馬車を降りた。
もちろん、同乗していたサードリーさんの身体も浄化の光に包まれ、あらかじめ説明していたのにも関わらず、神さまのお力を目の当たりにした彼はとても驚いていた。
「うわあ、馬のたてがみまでサラサラになっている! これは奇跡的な力ですね! ……聖女さまってすごいんですね……あれ? 僕みたいな者が、聖女さまと一緒の馬車に乗ったりしてよかったのかな?」
「ほほほ」
わたしは浄化に巻き込まれて毛並みもたてがみもサラサラの艶々になった馬を撫でながら、「神さまは馬たちもサードリーさんのことも、いつも見守っていらっしゃるのですよ」と言った。
「僕のことも? ああっ、僕の耳の毛がふわふわになってる!」
彼は自分の犬耳を触って驚き「なんか僕、嬉しくなってきちゃいました!」と叫んだ。
「聖霊の祠が力を失って、砂漠が広がってくるし、心の中に不安があったんです。でも、神さまが見守ってくれているんだって思うと、なんだか胸が温かくなってきます」
「そうですよね。とても大変だったとお聞きしていますわ」
「あ……もしかして聖女さまは、聖霊の祠のことでガルセル国にいらしたのですか?」
わたしは頷き「すべては神さまのお導きですわ」と言った。
「よろしかったら、聖霊の祠について、詳しくお話しくださいませ」
「わかりました。それでは、中へどうぞ」
サードリーさんは真剣な瞳でわたしたちを見つめると「わかることはすべてお話しいたします。どうか、僕たちの聖霊さまを助けてください」と言った。




